掲載7 腸内細菌と疾患(6):心血管系疾患
1. 心血管疾患は日本人の死因第2位
悪性腫瘍のところでは、がんが日本人の死因の第1位を占めていると紹介しましたが、では第2位は?というと、心血管疾患がそれにあたります。心臓に栄養を送る動脈(冠動脈)に不具合が生じて起こる狭心症や心筋梗塞を、心血管疾患と呼んでいます。血管が詰まることで障害や死につながる大きな病気として、他にも脳卒中(脳梗塞やくも膜下出血)があり、これらはまとめて循環器病とも呼ばれます。脳卒中も日本人の死因の4位を占めており、血管に関連する病気は死因の上位を占めていることになります。
これらは動脈硬化、血栓、高血圧を原因として発症する病気ですが、近年腸内細菌との関連がどんどん明らかになってきており、こんなところでも腸内細菌が活躍(?)しているようです。本日は、血管系にまつわる病気と腸内細菌の関連性について、現在までに得られている知見を紹介いたします。
2. 腸内細菌と動脈硬化
先に述べた通り、動脈硬化は血管が固くなり弾力性がなくなることで、血管内が狭くなり、血栓による詰まりが生じやすくなる状態です。この動脈硬化については、他の研究に先んじて、腸内細菌との関連が明らかにされました。
2011年のNature誌に掲載された有名な研究があります。この研究では、心筋梗塞などの動脈硬化を原因とする病気を呈した患者と健常人の血液を採取し、中に含まれる物質を比べたところ、「トリメチルアミン-N-オキシド」(長いので、以下TMAOと略)が患者群の血液で増加していることがわかりました。TMAOは、食餌由来のコリンやカルニチン(赤身肉に多く含まれている)が、腸内細菌のもつ酵素によりトリメチルアミンとなり、それが肝臓の酵素で酸化されることで生じる物質です(図1)。TMAOは動脈硬化や血栓の形成を促進する作用があることがわかっており、臨床研究でもTMAOが高いほど動脈硬化による病気が発生しやすいことや、心不全の予後不良をおこしやすいことが報告されています。
ちなみにですが、貧乏県立大学教員の私は赤身の牛肉が高くてなかなか買えず、単価の安い鶏胸肉(赤肉に対して白肉とよばれます)を主なタンパク源としております。このエビデンスを見たときに「鶏肉生活はおサイフだけでなく、カラダにも優しかったのでは?」とふと頭をよぎりました。しかしながらよくよく考えてみると、コリンやカルニチンは卵や乳製品にも含まれており、さらに私は普段からタンパク質不足による虚弱(フレイル)対策にと、卵や牛乳を意識してたくさん摂取するようにしていました。年齢を重ねるとともに心血管障害のリスクが高まりますので、乳製品や卵はほどほどにして、食生活を野菜中心にシフトしたほうがよいだろうと反省した次第です(最近は涼しくなってきたので、野菜と舞茸をたくさん入れた鶏鍋にしています)。
話はもとに戻りまして、臨床研究の例としては、2022年に報告された956人の被験者を対象とした臨床研究があります。この研究では、TMAOの前駆体であるトリメチルリジンの血中濃度が高い場合、心血管疾患による死亡や再入院のリスクが高いことが示されました。また他の研究では、冠動脈に狭窄(狭くなり圧迫されてる状態)がみられる患者でTMAOが高いと、死亡リスクが4倍高まることが示されています。
TMAOに関しては2011年の報告以来、日本語の総説や多くの書籍でも紹介されているため、より専門的な内容にご興味のある方はぜひそれらをご参照いただければと思います。
[参考文献]
1. Wang Z. Nature, 2011
2. Nesci A. Int J Mol Sci, 2023
図1. 腸内細菌を介したTMAOの産生と心血管疾患
3. 腸内細菌と高血圧
高血圧の状態が続くと血管の壁が厚く、固くなり、上に示した動脈硬化の状態を作り出します。よく塩分の取りすぎが高血圧の原因といわれており、約30%の高血圧症が高塩分食に起因するとの見方もあります。塩分をとると、血液の元である水分が体内に蓄積し、結果として血液量が増加するため、「塩分の取りすぎ=高血圧」というのは全くの正解なのですが、実は塩分が腸内細菌叢を変化させ、それが高血圧に関わっている可能性が示されました。
あるラットを用いた研究で、高塩分食をラットに食べさせると、血圧の上昇とともに腸内細菌叢が変化することがわかりました。これだけだと現象論なのですが、その後マウスを用いた研究で、高塩分食を摂取させたマウスの腸内細菌叢を無菌マウスに移植すると、通常マウス由来の腸内細菌叢を移植したマウスよりも高血圧になりやすいことが明らかにされました。さらにヒトに関するエビデンスがあり、145名の高血圧患者を対象とした介入研究によると、低塩分食を患者に摂取させた場合、腸内細菌由来の代謝物である短鎖脂肪酸が増加し、血圧の低下と血管状態の改善がみられたそうです(後述しますが、短鎖脂肪酸には血圧低下作用があることが報告されています)。
ヒトにおいて、塩分摂取がいずれの腸内細菌を介して血圧上昇に関与するかはまだ明確にされていませんが、マウスを用いた実験では、高塩分食が特定のLactobacillus属細菌を低下させることや、このLactobacillus属細菌の補充が塩分過多による高血圧マウスの血圧を低下させることが報告されています(図2)。残念ながら、このLactobacillus属細菌はマウスに固有の乳酸菌であり、私の手持ちのデータを使って調べてみた限りでは、ヒト糞便中での検出が認められませんでした。
ヒトには塩分摂取により増減する別の腸内細菌がいるため、もしかするとそれらの腸内細菌のうち、いずれかが血圧の調節に関与している可能性が考えられます。日本の高血圧患者は全体として4300万人程度(およそ3人に1人)と言われており、腸内細菌を介した血圧のコントロールについて、今後の研究の進展が期待されるところです。
ちなみになのですが、先ほど出てきたTMAOも直接的ではないですが、血圧を上昇させるアンジオテンシンIIというカラダの中にある物質の作用を強めることで、高血圧(収縮期と拡張期の双方)にかかわることが示されています。
[参考文献]
1. Gao K et al. Gut Microbes, 2024
2. Wilck et al. Nature, 2017
3. Ferguson et al. JCI Insight, 2019
図2. 塩分摂取による腸内環境の変化と血圧上昇の関係
4. こんなところにも「短鎖脂肪酸」
さきほどサラッと登場しましたが、毎度おなじみの短鎖脂肪酸については、血圧のコントロールにも関与するというエビデンスが得られています。高血圧を自然発症するラットに対して短鎖脂肪酸を飲水投与した研究では、短鎖脂肪酸の介入によりラットの血圧上昇を抑えるというデータが報告されました。この短鎖脂肪酸が生理活性を示す機序の1つに、以前少し紹介したGPCRという短鎖脂肪酸受容体を介することがわかっています。
短鎖脂肪酸は、GPCRのうち41,43,109番(GPR41,43,109Aという名称がついています)に結合することで様々な生理効果を発揮します。ある研究において、これらの受容体を欠損したマウスでは、短鎖脂肪酸による降圧作用が認められなくなったことから、短鎖脂肪酸はGPRを介して血圧を低下させる作用を示すことが証明されました。
ヒトにおいても、高血圧患者を対象とした臨床研究により、血中の短鎖脂肪酸の量と高血圧の程度には負の相関がみられています。またいくつかのコホート研究のメタ解析を行った研究では、腸内細菌バランス失調(ディスバイオーシス)をおこしている炎症性腸疾患(IBD)患者では、心血管障害の発症リスクが上昇することが示されています。IBD患者では短鎖脂肪酸産生菌であるEubacterium属やFaecalibacterium prautnitziiが減少しており、心血管疾患の発症にも腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸が関与することが示されています。
さて、このエビデンスをうまく活用して、高血圧を含む心血管疾患の対策はできないものでしょうか?マウスを用いた実験では、食物繊維を多く含む食餌の摂取が、腸内細菌叢による短鎖脂肪酸の産生を増やし、高血圧や心疾患に対する予防効果を示すことが報告されています。さらにヒトを対象とした介入試験でも、繊維を多く含むオートブラン(オーツ麦外皮)を高血圧患者が摂取すると、血圧(24時間モニタリングによる)が低下し、降圧薬の使用量が減ったというデータが得られています。
以上のことから、(すべての高血圧や心血管リスクをもつ患者にあてはまるかはわかりかねますが)、血圧が気になる方で日常的に繊維が不足している場合には、食物繊維の補充が血圧にもよい効果を示す可能性があります。むしろふだん不摂生で繊維が不足している方ほど、効果が現れやすいかもしれません。
他にも血圧に関連する腸内細菌の代謝物として、胆汁酸や硫化水素などが報告されていますが、話が複雑になってくるため、一旦このあたりで本テーマは締めさせていただきますが、そう遠くない将来、腸内細菌をうまく活用し、生活習慣病を予防できるような社会がやってくることを願っています。
[参考文献]
1. Onyszkiewicz M et al. Pflugers Arch Eur J Physiol, 2019
2. Kaye DM et al. Circulation, 2020
3. Marques FZ et al. Circuration, 2017
4. Xue Y, et al. Nutr Metab Cardiovasc Dis, 2021