掲載5 腸内細菌と疾患(4):がん
がん(悪性腫瘍または悪性新生物ともよばれる)は、日本人の死因の第1位となる疾患であり、日本人の2人に1人はがんにかかり、3人に1人はがんで死亡しています。腫瘍は自身の細胞が自律的に異常増殖することで発生しますが、その中でも生体に及ぼす影響が重篤なもの(増殖速度、浸潤性*1、転移能*2などから判断)を悪性腫瘍と分類します。つまり、がんは元々正常な細胞ですが、DNAに傷が入り遺伝子に変異が起こることで、悪性腫瘍としての形質を獲得します。
*1浸潤:周囲の正常組織に染み込むように広がること。悪性腫瘍では浸潤能が高い
*2転移:血流などによって原発巣(がんが最初にできたところ)から移動し、別の場所に病巣(転移巣)をつくる
がん化のきっかけとして、物理的なものだと放射線や紫外線、化学的なものだとタバコに含まれるタールなどの発がん性物質がありますが、最近では細菌のもつタンパク質や細菌由来の代謝物が発がんにつながることがわかってきました。本稿ではこれまでに得られている腸内細菌とがんに関する知見を紹介いたします。
1. ピロリ菌と胃がん
腸内細菌とがんについて紹介する前に、まず体内に存在する菌と発がんに関して古くから得られている知見を紹介いたします。それは我々にとっても馴染みのある名前の「ピロリ菌」です。正式名称はHelicobacter pylori(ヘリコバクター・ピロリ)であり、幼少期にヘリコプターのような名前だなと覚えた記憶があります。ピロリは可愛らしい音の名前ですが、ご存知の通り人に悪さをする胃潰瘍の原因菌であり、現在は検査で見つかったら3種の薬剤(2種の抗生物質と胃酸分泌を抑える薬)で即座に除菌するのが定番となっています。このピロリ菌ですが、全世界の胃がん患者の80%、日本においては胃がん患者の98%がピロリ菌を原因としていると考えられています。現在では、ピロリ菌感染がなぜ発がんにつながるかが解明されてきており、ピロリ菌がもっているCagAと呼ばれるタンパク質が、細胞の異常増殖を引き起こしてしまうことが報告されています。
2. お口の中の「歯周病菌」が大腸がんの発症にかかわる!?
大腸は腸管のなかで最も多く腸内細菌が棲息する部位ですが、意外にも大腸がんの発症にはお口の中の歯周病菌が関わっていることが示されています。口腔内で歯周病の原因菌として知られるFusobacterium nucleatum(フソバクテリウム・ヌクレアタム)については、2012年よりヒトの大腸がんとの相関が報告され、さらにマウスモデルを用いて大腸がん発症との因果関係が明らかにされました。フソバクテリウムによる大腸がん発症メカニズムとして、ピロリ菌の時と同様、フソバクテリウムがもつ特有のタンパク質(FadA)が腸管の細胞の異常増殖を引き起こすことが明らかにされています。
歯周病を放置しておくと、フソバクテリウムが口から大腸に移行してしまい、大腸がんを引き起こすことから、普段から口の中を清潔にしておくと腸にもよいことがわかりますね。
図1. 細菌によるがん発症のしくみ
3. 腸内細菌を調べると大腸がんが予測できる!?
近年、日本の谷内田真一教授(現・大阪大)、山田拓司准教授(東京工業大学)らの研究グループが、616名の臨床検体を調べたところ、大腸がんのステージ別に特徴的な菌が見えてきたとの報告がなされました。大腸がんは多段階発がんのモデルとしてもよく知られており、単なるポリープ(腺腫)の状態から、組織内に浸潤していった粘膜内がん、さらには比較的早期のがん(Stage I/II)、進行がん(Stage III/IV)へと進んでいきます。
この研究によると、先ほどのフソバクテリウムは、これまでの報告と合致し、粘膜内がんの病期から増加し、病気の進行とともにさらに増加していました。一方、非常に興味深いことに、多発ポリープや粘膜内がん(=かなり初期のほうのがん)の病期でのみ上昇している細菌がおり、その細菌としてAtopobium parvulum(アトポビウム・パルブルム)やActinomyces odontolyticus(アクチノマイセス・オドントリティカス)が同定されました。つまり、これらの細菌がいるかいないか調べることで、自覚症状がほぼ無いような状態の初期の大腸がんを発見できる可能性があります。
疾患の診断基準となるような指標はバイオマーカーとよばれ、特にカラダを傷つけずに検体を採取できる(非侵襲的な)ものが望ましいです。腸内細菌ならヒトが排泄した糞便を使って検査ができますから、これらの菌の有無を調べることは、大腸がんリスクの予測に有用なバイオマーカーとしての利用が期待できます。
この研究の他のトピックスとして、以前腸内細菌代謝産物として紹介した「酪酸」を産生する菌として、Lachnospira multipara(ラクノスピラ・マルチパラ)やEubacterium eligens(ユウバクテリウム・エリゲンス)が、粘膜内がんの病期から進行大腸がんに至るまで減少していることが報告されました。酪酸はずいぶん以前(1990年代)から、大腸がん細胞を殺す作用をもつことが報告されており、大腸がん患者での酪酸産生菌の減少はもっともな結果となっています。
図2. 大腸がんの段階と腸内細菌
4. 腸内細菌が一次胆汁酸をDCAに変えて肝がんを発症させる
細菌のもつタンパク質以外にも、細菌が作り出す代謝物が発がんに関与することも示されています。腸内細菌が作り出したもの(代謝物)は、腸から吸収されて全身に作用することがありますが、その前に肝臓にいったん集まる性質をもちます。その後一部は胆汁とともに腸に排出され、再び腸から肝臓に入るという「腸肝循環」というサイクルを介するため、代謝物が長期に肝臓に影響をもたらします。腸内細菌代謝物であるデオキシコール酸(DCA)は、腸肝循環によって肝臓に蓄積する物質ですが、このDCAが肝臓の細胞中のDNAに傷をつけることをきっかけとして、発がんを促進することが示されました。実際、DCAの産生を抑えるオリゴ糖の投与により肝がんの発症リスクが抑えられたこと、腸内細菌を除去したマウスにDCAを投与すると肝がんの発症率が高まることが報告されています。このDCAは、肥満に伴って増加する腸内細菌が産生することがわかっています。実際、肥満モデルマウスや、長期にわたって肝臓に脂肪が蓄積することでおこる非アルコール性脂肪性肝炎では、肝がんの発症リスクが高まることが知られています。コレステロール値を下げすぎるとかえって寿命が縮まるといわれていることから、いたずらに脂質を悪者にするわけではありませんが、過剰な脂質は腸内細菌からも肝臓に悪影響を及ぼしそうですね。
ちなみに先ほど紹介した大腸がんについても、多発ポリープ(腺腫)を有する患者でDCAが腸管内に多いことが報告されており、大腸がんの進行にもDCAをはじめとする胆汁酸の代謝物が関わっている可能性が示されています。
[参考文献]
1. Higashi H et al. Science, 295: 683-6. 2002
2. Hayashi T et al. Cell Host Microbe, 12: 20-33. 2012
3. Shang F et al. World J Gastrointest Oncol, 10: 71-81. 2018
4. Yachida S. et al. Nat Med, 25: 968-976, 2019
5. Yoshimoto S. et al. Nature, 499: 97-101, 2013