掲載1 腸内細菌の概要
腸内細菌とは?
ヒトの腸内には1000種、40兆個もの細菌が生息しており(※1)、多種多様な腸内細菌がひしめきあっている様は花畑(フローラ)にも例えられます。ヒトが約37兆5000億個の体細胞から構成されていることを考えると、数の上では同程度の細胞がヒト体内に存在していることになります。そのため、ヒトは自身の体細胞と多数の細菌から構成される超個体(Superorganism)とも呼ばれます。
※1: 100兆個と説明している文献もあり、種類と数については諸説ありますが、ヒト体細胞と同数以上という認識は共通しています。
腸内細菌の分類と名称
近年の腸活ブームから、乳酸菌やビフィズス菌といった腸内細菌の名称を雑誌等でよく目にするようになりました。腸内細菌と健康に関するコラムを連載するにあたり、ここでは腸内細菌の呼称について一度整理をしておきたいと思います。
腸内細菌を対象とした文献では、腸内細菌はリンネの分類(リンネ式階層分類体系)と呼ばれる分類方法に基づいて、門レベルから種レベル、さらには種の下層に相当する株レベルで記載されています(図1)。では「ビフィズス菌」はどこに該当するかというと、実はこの分類でいう「ビフィズス菌属」に該当します。ビフィズス菌属の中には、某社のヨーグルトに含まれるロンガム(Bifidobacterium longum ※2)という種や、子供でよく検出されるインファンティス(B. infantis. ※3)という種があります。さらに、ロンガム菌の中には、胃酸に強いBB-21という株が存在します。多少雑な表現になりますが、日本人という「種」の中に、とても野球の才能のある某メジャーリーガーの選手という「株」がいると考えていただくとわかりやすいと思います。
では「乳酸菌」は?というと、これは菌の機能を元にした呼称で、乳酸を作り出す菌の総称であり、「乳酸菌属」というものがあるわけではありません。乳酸菌に分類される属としては、ラクトバチルス属、ラクトコッカス属、ストレプトコッカス属があり、某社のヨーグルトには製造のためにLactobacillus bulgaricusやStreptococcus thermophilusといった「種」が用いられています。また近年ではインフルエンザ感染症に効果を示すとして、Lactobacillus bulgaricus という「種」の中からみつかったOLL1073-R1という「株」を含むヨーグルトが販売されています。
※2: なぜ名前が斜めになっているのか?と疑問に思ったことがある人もいるかもしれませんが、属名以降はイタリック体にして表記するという国際ルールがあるためです。
※3: 属名が繰り返された場合、省略することがあります。(この場合 Bifidobacterium infantis -> B. infantis)
しかし困ったことにBacteroides属もBacillus属もイニシャル”B”なので、略称”B”属の菌が複数出てくる場合は、混同を避けるためにあえて省略しないようにすることもあります。

図1. 生物分類の階層構造に基づいた腸内細菌の分類例
腸内細菌の血液型:エンテロタイプとは?
個々人の腸内細菌には血液型のような型があり、エンテロタイプと呼ばれています。2011年にNature誌で提唱された際は、ヒトのエンテロタイプは3つの属(B型:Bacteroides属が多い, P型: Prevotella属が多い, R型:Ruminococcus属が多い)に分類されることが報告されました。その後2017年には、ヒトエンテロタイプは4つの型(B1型Bacteroides1型、B2型:Bacteroides2型、P型:Prevotella型、R型:Ruminococcus型)に分類されることが判明しました。
近年ではさらに研究が進み、京都大学や摂南大学のグループにより、日本人のエンテロタイプは下記の5つに分類されることが報告されています(図2)。

図2. 日本人の5つのエンテロタイプ
このうち、タイプAを特徴づけるRuminococcuceaeのみ生物分類の「科」であり、「属」の名称ではないことが、前述の3もしくは4種分類のエンテロタイプとは異なる点に注意してください(Faecalibacterium属はRuminococcuceae科の細菌ですので、ここで言うRuminococcuceae科はFaecalibacterium属以外の細菌からなります)。
これらのエンテロタイプは日々の食生活を反映しているのですが、興味深いのは疾患リスクとの関連です。Prevotella属やFaecalibacterium属が多いタイプは疾患のリスクが低いことがわかり、これは次回以降のコラムで紹介する「短鎖脂肪酸」という腸内細菌代謝物が関与している可能性が高いと考えられています。ビフィズス菌は善玉菌としてよく紹介されますが、ビフィズス菌の多いタイプDでは、意外にも疾患のリスクが高いことがわかっています。腸内細菌はさまざまな種が混在している「多様性」が重要とされているため、多すぎるビフィズス菌はかえって悪影響をおよぼすのかもしれません(ビフィズス菌はタイプDほどではないですが、タイプBやEにも存在しているため、なにごとも「ほどほど」がよい?と感じさせられるような結果です)。
食事を変えることで、腸内細菌叢は1週間後ぐらいから変化するという報告もあり、日々の食生活を変えることで改善できるのがありがたいところです。また、現在の自身の腸内細菌が気になる方は、現在多くの企業が手がけている腸内フローラ検査サービス(例:Flora Scan等)を利用するのも1つの手です。一方、そこまで手間やコストをかけずに、自身の腸の状態を知りたいという方も多いかと思われます。そこで、日々の便の性状をチェックすることで、現在の腸内細菌叢の様子を伺い知るという方法もあります(「9000人を調べてわかった腸のすごい世界」國澤純・著 70ページ参照)。
次回のコラムでは、今回説明した分類学ベースの腸内細菌の呼称に基づいて、腸内細菌と疾患に関する報告について紹介していきたいと思います。
[参考文献]
- Arumugam M, et al. Enterotypes of the human gut microbiome. Nature 2011, 473, 174–180.
- Vandeputte D, et al. Quantitative microbiome profiling links gut community variation to microbial load. Nature 2017, 551, 507–511.
- Takagi T, et al. Typing of the Gut Microbiota Community in Japanese Subjects. Microorganisms 2022, 10, 664