ドクターからの健康アドバイス

掲載2  腸内細菌と疾患(1):メタボリックシンドローム

1. メタボリックシンドローム

今回から腸内細菌と疾患の関連についてご紹介させていただくにあたり、まずは腸内細菌ブームに火をつけた「メタボリックシンドローム」に焦点を当てたいと思います。
メタボリックシンドロームとは「Metabolic = 代謝の」疾患の総称で、糖尿病や肥満などが代表的な疾患としてあげられます。糖尿病は、血糖を下げるインスリンが生まれながらに出ない先天性の「1型糖尿病」と、生活習慣によってインスリンに対する感受性やインスリンの分泌が落ちたりする後天性の「2型糖尿病」に分かれます。太った人は糖尿病になるケースが多いですが、これは肥満になるとインスリンの感受性や分泌が落ちるためで、2型糖尿病の中でも特に「肥満性糖尿病」として分類されています。
2006年に米国のGordon教授らの研究グループが、肥満マウスの腸内細菌をやせマウスに移植すると、やせマウスが太り出すという衝撃的な結果を報告したことをきっかけに、その後腸内細菌とメタボリックシンドロームに関する研究が相次いで報告されはじめました(図1)。飽食の現代において、「ヤセる」効果のあるものは社会の興味を強く引きつけるため、腸内細菌次第でメタボになるかどうか決まるという事実は、現在の腸内細菌ブームの火付け役となりました。

図1. Gordon教授らの実験

2. デブ菌とヤセ菌とは?

Gordon教授らは上述の研究において、肥満マウスの腸内にはFirmicutes(ファーミキューテス)門細菌が多く、逆にBacteroidetes(バクテロイデス)門細菌が少ないことに気がつき、この現象がヒトでも確認できることを報告しています。寄生虫研究を専門とし、腸内細菌関連の著書も多数執筆されている故・藤田紘一郎先生は、著書の中でこのファーミキューテス門細菌を「デブ菌」、バクテロイデス門細菌を「ヤセ菌」と呼称し、我々にわかりやすく伝えてくださっています(図2)。

図2. デブ菌とやせ菌

第1回で解説した通り、門レベルというのは生物分類の中でもだいぶ上位に位置するため、実際には同じ道場の門下にキャラクターの違う門下生(菌)がたくさん存在します(図3)。つまりは、ファーミキューテス門の中にもヤセ菌はいますし、バクテロイデス門の中にもヤセ菌でないものもいます。つまり、「ファーミキューテス門はデブ菌たちが多く所属している集団」、「バクテロイデス門はヤセ菌たちが多く所属している集団」と捉えていただければというところです(※1)。

※1: そのため何事も例外はあるもので、Firmicutes/Bacteroidetes比(デブ/ヤセ比)が必ずしも肥満の程度を反映しないといった例も最近報告されています(肥満の指標であるBMIとF/B比の相関性に統計学的な有意性が認められなかった例)。
例外を1つも認めないとしてしまうと、一般性をもったわかりやすい説明がしづらいため、ここではデブ菌とヤセ菌について、多数派の結果を反映した記述とさせていただいています。

 

図1. 腸内細菌と門のイメージ

3. ヤセ菌のつくる「タンサ」の効果

デブ菌は、宿主(ヒトやマウス)が栄養を吸収しやすくするはたらきをもっていることがわかりました。一方、ヤセ菌は逆に宿主が食べたものをエネルギーに変換しやすくするはたらきがあることがわかりました。
ヤセ菌の門下生たちの中には、炭水化物をもとにして、宿主がエネルギー代謝を亢進しやすくするような物質を出しており、それが上の見出しにもある「タンサ」になります。「アンサーは~」のくだりで某ヨーグルトのCMにもなっている「タンサ」ですが、これらは「短鎖」脂肪酸の略称です。主に食酢の原料になっている「酢酸」や、酢酸と似た構造をもつ「プロピオン酸」や「酪酸」が該当します。特にこれらの中で、代謝を上げる効果が高いのが「酢酸」と「プロピオン酸」であり、バクテロイデス門下生たちの中には酢酸とプロピオン酸を作る能力が高い菌が多くみられます。
少し専門的な話になりますが、酢酸やプロピオン酸はGPR41やGPR43といった短鎖脂肪酸受容体に結合することで、体重増加抑制、食欲抑制、耐糖能改善、インスリン感受性亢進などの効果を示し、メタボリックシンドロームを総合的に改善する作用をもっています。ちなみに、このGPRを介した抗メタボ作用に関する研究は日本が精力的に進めており、京都大学の木村郁夫教授らの研究グループがその先陣を切っています。

4. 菌体成分によるメタボ改善効果

Bacteroidetes門以外の菌による抗メタボリックシンドローム作用も報告されており、その代表的なものとしてVerrucomicrobia門の門下生であるAkkermansia muciniphila(アッカーマンシア菌)があげられます。少々残念なことに、日本人の中でこの菌をもつ人の割合は全体の1/4~1/5程度と、菌を持っている人のほうが少数派なのですが、この菌は先ほどのタンサを作る力に加え、Amuc1100とよばれる菌がもつタンパク質がインスリン抵抗性を改善し(=インスリンを効きやすくし)、糖尿病を改善する作用が報告されています(図4)。
こういった菌は、仮にお腹の中で菌が死んで「タンサ」をつくれなくなっても、菌そのものが抗メタボリックシンドローム作用を発揮するため、必ずしも生菌としてでなく、死菌として外から摂取しても保健効果が見込めるわけです。
死菌による健康効果の例として、色々な種類の乳酸菌飲料が身近ではないでしょうか。最近は、眠りの質を高める作用を持つ細菌株が見出されるなど、商品によっては一時期手に入りにくくなるほどヒットしています。しかしスーパーで陳列されているのをみますと、ヨーグルトと違い、一部の乳酸菌飲料は昔から常温で売られています。あれは、中の乳酸菌が一度殺菌されてから出荷されているため、常温で販売できるわけです。菌が死んでいても我々のカラダに作用を示すということは、乳酸菌の菌体成分がなんらかのメカニズムを介して効いている可能性が高いということになります(もちろん、菌が死ぬ前に睡眠の質を改善するような未知の物質を分泌している、なんていう可能性を100%否定できるわけではないのですが)。
ちなみに先ほどのアッカーマンシア菌ですが、どうもポリフェノールを好むようで、ポリフェノールを摂取すると腸内のアッカーマンシア菌が増えたというエビデンスが多く報告されています(あるいはポリフェノールを摂取した人の腸内に発生する”何か”が好きなのかもですが)。普段からポリフェノールを摂取する機会の多い人にはアッカーマンシア菌が検出されやすいのかもしれませんね。

図4. 腸内細菌による抗メタボリックシンドローム効果のイメージ

 

[参考文献]
1. Ley RE, et al. Nature, 444: 1022–1023. 2006
2. Kimura I, et al. Nat Commun, 4:1829. 2013
3. Plovier H, et al. Nat Med 23:107–113. 2017

ドクタープロフィール

富山県立大学工学部医薬品工学科
バイオ医薬品工学講座 准教授
古澤 之裕 (ふるさわ ゆきひろ)

経歴

  • 富山県立大学工学部医薬品工学科バイオ医薬品工学講座准教授
  • 東京大学医科学研究所 特任助教、慶応義塾大学薬学部 助教、富山県立大学工学部 講師を経て、2020年より現職。
  • 腸内細菌を介した免疫機能の調節機構の研究を進め、Nature誌論文掲載。
  • 近年も「第7回バイオインダストリー奨励賞」「第21回杉田玄白賞・奨励賞」など数々の賞を受ける。
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