掲載3 腸内細菌と疾患(2):腸の病気
1. 腸内細菌と炎症性腸疾患
前回のコラムでは、腸内細菌とメタボリックシンドロームについて紹介させていただきました。今回は、腸内細菌と免疫についてお話したいと思います。
腸管には1000種、40兆個(※諸説あり)もの細菌が棲息しているとされ、私たちを作っている細胞の数が約37兆個であることを考えると、実に同数もの「異物」がカラダの中に存在していることになります。
私たちの体に備わっている免疫系は、外から入ってきた異物を排除するためにはたらきます。そのため、「異物」である腸内細菌も排除されてしかるべきなのですが、ふだんは腸内細菌に対して過剰な反応をせず、宿主である私たちと腸内細菌との「相利共生関係」が成立しています。(※お互いに利益があるから「相利共生」という表現をとっており、片側だけの利益の場合「片利共生」あるいは「寄生」とよびます。私もずいぶん親のスネをかじった「片利共生」でした)。
この状態では、いわゆるヒトと腸内細菌との同盟関係が成立しているわけですが、いったんこの同盟が崩れると(原因は様々ですが)、免疫系と腸内細菌とのケンカが勃発します。このとき免疫系は、異物である腸内細菌を排除しようとしますが、過剰な応答が起こる場合があり、私たち自身の正常組織も攻撃してしまいます。
近年増加している炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病 ※1)の患者さんの体内では、この免疫系の暴走による腸管組織の異常がしばしば見受けられます。炎症性腸疾患患者の腸内細菌叢を調べた研究では、短鎖脂肪酸の1つである「酪酸」を産生する酪酸産生菌(例:Faecalibacterium属、Eubacterium属細菌など)が低下していることがわかりました。
以前私が理化学研究所在籍時に携わった動物実験において、酪酸は腸内細菌への過剰な免疫応答を抑制する「制御性T細胞」を誘導することがわかっています(図1)。ヒトでは大腸組織の検体を採取するのが難しいため、酪酸による制御性T細胞誘導の直接的な検証は行われていませんが、健常人に比べて炎症性腸疾患患者では糞便中の酪酸が低下していることから、少なくとも酪酸産生菌や酪酸はヒトの腸内でも免疫調節作用を担っていると考えられています。
最近では腸だけでなく、腸内細菌が全身の免疫を制御していることも明らかになってきました。次回のコラムでは、図中にある腸内細菌とアレルギーおよび自己免疫疾患との関わりについて紹介したく思います。
図1. 酪酸産生菌による免疫疾患の発症抑制
※1 炎症性腸疾患は広義には薬剤性腸炎や感染性腸炎を含みますが、狭義には潰瘍性大腸炎とクローン病のみのことを指し、後者のほうが一般的に用いられています。安倍元総理大臣も罹患していたことで知られる潰瘍性大腸炎は、大腸局所に病変を呈するのに対し、クローン病は小腸も含む消化管全体に炎症がみられるのが特徴です。炎症性腸疾患の原因は遺伝要因や環境要因がありますが、特に環境要因が強いとされています。たとえば発展途上国では炎症性腸疾患が少ないのですが、発展途上国の(遺伝的バックグランドをもつ)人が先進国に移住すると発症率が高まることが知られており、遺伝子よりも食生活が強い発症要因であると考えられています。しかしその原因は単一でなく複合的であると考えられており、いまだ疾患発症メカニズムの解明に至っていません。その治療も原因を取り除く根治療法でなく、症状を和らげる対症療法が施されているのが現状です。
2. 腸内細菌と過敏性腸症候群
過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome: IBS)は、腹痛や便秘・下痢などを慢性的に繰り返す病気で、腸管の運動が亢進していることを特徴とします。自律神経失調・心理的要因が発症のもととなる、いわゆるメンタルが主な発症の原因になる疾患といわれていますが、腸内細菌にも特徴的な異常がみられるケースが多々あります。
本来腸内細菌は大腸に多くが棲息し、小腸はその1/100程度しか存在していないはずなのですが、IBS患者の多くでは、小腸で腸内細菌が異常増殖してしまっているSIBO (Small Intestinal Bacterial Overgrowth syndrome)という現象が認められています。
実際、アメリカの研究データでは70%以上のIBS患者でSIBOが認められたという報告もあります。IBS患者の全員がSIBOを併発しているわけではありませんが、頻度が極めて高いという事実から、IBSの原因として自律神経や精神的なものだけでなく、腸内環境の乱れが大きく関わっていることが伺えます。
SIBOに対しては、腸内細菌の餌となるようなもの(食物繊維に代表される発酵性の糖質)を与えない、いわゆる兵糧攻めを行う栄養療法がとられています。また積極的に敵を攻める手法もとられており、小腸内の腸内細菌を減らす抗生物質が処方されることもあります。
私自身、ふだんから食物繊維をよく摂るよう心がけているのですが、ガスが出過ぎてお腹が張る時があります。そんなときは食物繊維の摂り過ぎかな?と感じ、少し摂取を減らすようにしています。食物繊維がカラダによい作用をもっているのはもちろんなのですが、「過ぎたるは及ばざるがごとし」であり、何事もほどほどがよいということを実感します。そんなとき、過不足のない調和の取れた状態を良しとする、先人の「中庸」という言葉が頭に思い浮かびます。
図2. 過敏性腸症候群(IBS)でみられる小腸内細菌叢異常(SIBO)と治療方針
[参考文献]
1. Yamada T et al. EBioMedicine, 48: 513-525. 2019
2. Furusawa, Y et al. Nature, 504(7480): 446-450. 2013
3. Ghoshal UC et al. Gut Liver, 11(2): 196-208. 2017
4. Pimentel M et al. Am J Gastroenterol, 115(2): 165-178. 2020