ドクターからの健康アドバイス

掲載6  腸内細菌と疾患(5):脳機能

1. 腸と脳はつながっている

腸内細菌が脳機能にまで影響を与えることが注目されていますが、もともと脳と腸は迷走神経を介してつながっています。脳と腸の関係性は「脳腸相関」とよばれ、身近な例を挙げますと、脳から腸の向きの信号でしたら、不安なことがあるとお腹が痛くなることがあげられますし、腸から脳の向きの信号であれば、便意なんかが代表的です。これまで、腸内細菌が腸以外の部位にも影響を与えることを紹介してきましたが、近年ではこの脳腸相関に腸内細菌が関わっていることがわかってきました。
昔、腸内細菌をもたない無菌マウスを観察していると、普段ケンカをしないタイプのマウスであるにもかかわらず、やたらと取っ組み合いをしているなと不思議に感じていました。その後の研究で、まだ若い時期の無菌マウスに腸内細菌を定着させると、視床下部からのホルモン分泌がおだやかになり、ケンカっ早いマウスが落ち着きをみせることが示され、腸内細菌が脳の発達に関わっていることが提唱されました。
脳腸相関については、まだヒトでは完全な因果関係の立証にまで至っていない知見もありますが、今回は腸内細菌と脳神経疾患に関する研究報告を紹介したいと思います。

 

2. 腸内細菌と認知症

認知症は、「記憶」「学習」「判断」「計画」などの脳の認知機能が後天的な脳障害によって持続的に低下する疾患の総称であり、その原因により、アルツハイマー型、レビー小体型、血管性認知症などにわけられます。特にこのなかで最も多いのがアルツハイマー型であり、脳内に異常タンパクであるアミロイドベータが蓄積することを特徴とします。アルツハイマー型認知症が全体の約半数を占めているため、ここではアルツハイマーと腸内細菌に関する知見を紹介します。
アルツハイマーと関連が深いとされているのが、腸の漏れといわれる「リーキーガット」です。アルツハイマー患者の脳では炎症がおこっていますが、その炎症のもととなっている物質は、一部の腸内細菌の細胞壁に埋め込まれています。リーキーガット症候群では、この炎症物質が体内へと流れ込み、カラダのいろいろな箇所で炎症をおこします。
動物実験では、この炎症物質を体内(脳ではない)に投与すると、脳の海馬にベータアミロイドが蓄積されたほか、実際の患者の血中では健常者と比べて3倍以上高い炎症物質が検出されていることから、リーキーガットがアルツハイマーのリスク因子であると考えられています(図1)。
つい最近、日本の順天堂大学の研究グループにより、アルツハイマー病患者と健常者の腸内細菌の比較が行われました。それによると、アルツハイマー患者群では、Anaerostipes、Roseburia、Lachnospiraceae UCG-004といった、酪酸産生能をもつ菌が減少していることがわかりました。酪酸は腸のバリア機能を改善する作用をもつことや、脳神経に対する保護作用をもつことが知られており、酪酸産生菌の減少がアルツハイマー病における脳の炎症に関連している可能性があります(図1)。

[参考文献]
1. Brain Maker: Summary Study Guide: the Power of Gut Microbes to Heal and Protect Your Brain – for Life: David Perlmutter, MD With Kristin Loberg, 2015
2. Yamashiro et al. Neurobiol Dis, 2024

図1. 腸内細菌とアルツハイマー型認知症

 

3. 腸内細菌とうつ病

日本人のうつ病を対象として、国立精神・神経医療研究センターで行われた研究があります。この研究では、うつ病患者では健常者に比べてビフィズス菌(Bifidobacterium属)や乳酸菌(Lactobacillus属)の割合が低下しているという結果が得られています。実際にある種のLactobacillus属細菌とBifidobacterium属細菌を投与すると、これらを投与していない群に比べて抑うつ症状の軽減が認められたという結果が得られています。  
これらの菌は代謝物として乳酸を産生しますが、あるマウスを用いた研究では、乳酸の投与が神経の新生を促進し、抑うつ行動を改善するという報告がなされています。
乳酸菌飲料のすべてが抑うつ作用を示すわけではないため(甘いものを飲むとホッとしますけれど)、乳酸を産生する菌ならなんでもうつに効くことはないと思われますが、少なくとも腸内細菌が産生する乳酸が少なからずうつ症状の改善に寄与していると考えられます。

[参考文献]
1. Aizawa et al. J Affect Disord, 2016
2. Messaoudi et al. Br J Nutr, 2011
3. Carrard et al. Mol Psychiatry, 2021

 

4. 腸内細菌とパーキンソン病

ご存知の方も多いとは思いますが、パーキンソン病は振戦、動作緩慢、筋固縮などの運動症状を呈する病気で、中脳にある黒質ドパミン神経細胞の減少を特徴とします。
日本の患者を対象として、パーキンソン病に特徴的な腸内細菌が洗い出された研究があり、それによると先ほど出てきたLactobacillusは多く、代わりにClostridium coccoidesやBacteroides fragilisが少なくなっていることがわかりました。
興味深いことに、Lactobacillusは海外の研究例でもパーキンソン病患者で多くなっていることが報告されています(13研究中8例)。また、先ほど抑うつ効果があると言っていたビフィズス菌(Bifidobacterium属)について、海外のパーキンソン病患者では多くなっているようです(13研究中7例)。さらに興味深いことに、抗肥満作用があると紹介したAkkermansia属については、13研究中の全てでパーキンソン病患者の腸に多くみられました(真相はまだわかりませんが、パーキンソン病患者ではディスバイオーシスにより腸のバリア機能が弱っているケースがみられるため、そこにAkkermansiaが腸管バリアを担うムチンを食べてしまうことで、体内に炎症性の物質が入り込んでしまうことが発症・増悪の要因となるのでは?と私は勝手に妄想しています)。
対照的に、短鎖脂肪酸産生菌として以前も紹介した、酪酸を産生するFaecalibaculum属は13研究中10例、同じく酪酸を産生するRoseburia属は9例、酢酸・プロピオン酸を産生するBlautia属は7例の研究において、パーキンソン病患者で減少していることが報告されています。
第3回で紹介した炎症性腸疾患は、パーキンソン病のリスク因子であることがわかっています。また、覚えてらっしゃる方が多いかと思いますが、酪酸産生菌は酪酸を介して、腸の炎症を防ぐ作用があることも紹介しました。そのため、酪酸産生菌とそれらによって産生される酪酸の存在は、腸炎抑制を介してパーキンソン病の予防に役立っている可能性があります(短鎖脂肪酸がパーキンソン病に及ぼす影響についてはまだ議論の途中ではありますが)。臨床研究で示されている菌の増減とパーキンソン病発症との因果関係の証明について、今後の研究が待たれるところです。

[参考文献]
1. Hasegawa et al. PLoS ONE, 2015
2. Zhang et al. Translational Neurodegeneration, 2023

ドクタープロフィール

富山県立大学工学部医薬品工学科
バイオ医薬品工学講座 准教授
古澤 之裕 (ふるさわ ゆきひろ)

経歴

  • 富山県立大学工学部医薬品工学科バイオ医薬品工学講座准教授
  • 東京大学医科学研究所 特任助教、慶応義塾大学薬学部 助教、富山県立大学工学部 講師を経て、2020年より現職。
  • 腸内細菌を介した免疫機能の調節機構の研究を進め、Nature誌論文掲載。
  • 近年も「第7回バイオインダストリー奨励賞」「第21回杉田玄白賞・奨励賞」など数々の賞を受ける。
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