ドクターからの健康アドバイス

掲載2  体験/炎症とは

体験

さて、ここから私の臨床体験をお話していきます。ちょうど10年前から、東京脳神経センターという頭痛、首コリ、肩こり、むち打ち症、慢性疲労症候群、ウツの専門外来のあるクリニックで、慣れない臨床医として仕事を始めました。
私は虎の門病院で30年程、病理専門医として臨床面の外科手術検体や腎臓、肝臓の生検の診断業務、病理解剖最終診断、免疫部門立ち上げと、臨床免疫分野の部長として「縁の下」として働いてきた医師です。最終的には免疫検査部門、病理検査部門のほかに細菌検査部門の部長として、臨床検査部門を束ねてきました。患者様を診察する医師のサポート隊であり、臨床医を客観的に批判できる立場の医師として仕事をしてきました。
病理診断とは光学顕微鏡に始まるさまざまな顕微鏡を駆使して検体を観察し、「病気を形にして確認する作業」であり、病理専門医としてその結果をことばで記載する仕事です。患者様の病気の最終診断であることはつまり、治療法を決定するもの、ファイナル アンサーであり、病理組織診断書という患者様の固有の公文書を作成する医師です。病院の臨床医療のレベルは病理専門医の能力にかかっているといわれても過言ではありません。古くは「白い巨塔」という医療小説がありましたが、病院内の裁判官の様な役割です。ですからこのクリニックでも、ついそのような気分で診療に直接かかわって診察を始めました。
実際スタッフとして診療にあたる前に、院長である松井先生をはじめ数人の先輩医師の診察に1日陪席しました。これは“自分の診療のカタチ”を整えるためでした。患者様の訴え (主訴) として単に頭痛ばかりでなく、多くの場合肩こり、首こり、めまい、耳鳴り、さらにクタクタ疲れ (全身倦怠感) がありました。さらに加えていわゆる得体のしれない自律神経障害からウツ症状といった不定愁訴が圧倒的に多いという印象を持ちました。はじめから「なぜだろう」ばかりでしたが、すべての訴えは本当であり、それらは頚部の解剖学的構造と機能と密接にかかわるという直感があったと記憶しています。多くの患者様は、長年の頭痛のほかにさまざまな症状に悩み苦しんでいるわけで、症状ごとに様々な医師や医療機関をめぐり、まさに“ドクターショッピング”という有様です。

この10年間で、約4,500人の外来患者様を診察し、松井理学療法によりほぼ95%の患者様から「よくなった」といわれた経験から、結論を先に言いましょう。こうした頭痛やさまざまな不定愁訴に対するクリニックの治療法は、松井先生の考案した低周波電磁波と遠赤外線の照射理学療法と頚部の保温です。こういった加療により改善がみられた患者様の治り方や経過を丹念に観察していくと、ほとんどの頭痛は炎症ではないことが分かったのです。そしてご自分の10歳の時期の頭―首―肩―背中―腰の姿勢にもどる努力をすれば、改善後に再発無しです (図1)。
頭痛に対して抗炎症剤を服用するということは、頭痛の起こり方を理解すれば、的外れです。また別の仮説の様に、こうした頚部からの持続的な“過剰ストレス刺激”によっておこるとされる脳内感覚中枢の不穏状態に対する向精神薬の鎮静剤服用も仮説にすぎないのではないでしょうか。

 

図1.正しい姿勢

 

炎症とは

炎症とは、古代ギリシャ時代と古代ローマ時代に目で見える現象として定義された発赤、熱感 (発熱)、疼痛、腫脹の4徴、そして5徴目の機能障害です。わかりづらいでしょうから、日焼けやタンコブを想い出してください。日焼けにもタンコブにも程度があるように炎症には程度があるわけです。その炎症がなぜ引き起こされるのかを解き明かそうとするものが現代医学、免疫学です。炎症が起こるのに細菌感染は関係ないのです。もしそのように解説している本があったら、それはすでに古いものです。
現代医学的にいうと、炎症を引き起こす物質が体内にあります。アラキドン酸です。これは全ての細胞の細胞膜に、普遍的に存在する脂肪酸の1種で、紫外線でも物理的ストレスでも、刺激を受けた場所の皮膚細胞の変性や破壊で炎症の仕組みはスタートします。アラキドン酸からスタートして、3大システムに分解すると雪崩現象が起きはじめます。アラキドン酸の量によって炎症反応の規模がチェックされ、ひどくなると目で見える症状になるのです。3大システムとはプロスタグランデイン系、トロンボキサン系、ロイコトリエン系で、免疫反応のチェックポイントとなっています。
ちなみに、アラキドン酸から3大システムに分解する酵素を無力化する薬がアスピリンです。柳の樹皮から精製された古臭い化学物質ですが、素晴らしい抗炎症剤です。元々、楊枝は柳の枝から作られたようで、いにしえから人々は歯茎の炎症止めのはたらきに気づいていたようです。ほかにも、毎年出版される治療薬ハンドブックを見てみれば、アスピリン系の様々な解熱鎮痛剤、消炎鎮痛剤あるいは非ステロイド性抗炎症剤が列挙されています。それらの副作用を見ると恐ろしいものばかりです。しかし頻度は大変低いことは、薬としてのリスクが低いことでもあり、常用しても構わないことになるのでしょう。
ですが、多くの方が一般的に悩み苦しんでいる頭痛は、炎症反応ではありません。たとえば炎症反応に鋭敏なCRPという血液検査項目があります。これはC反応性タンパクといいます。微生物の表面をカプセル (C) といいますが、これに反応するタンパク質が肝臓で造られることから、CRPは現代医療では炎症の目印 (徴候) として臨床応用されています。昔は赤血球沈降速度を炎症の指標にしていました。
私のかかわったほとんどすべての患者様では頭痛がひどく、頚部痛、肩こりが強いですが、CRPは陰性でした。ということは、一般的な頭痛や首こり、肩こりの原因は炎症ではないということです。真の原因は局所の微小循環不全だったのです。この10年間で約4500人の患者様からの情報は、私の血肉になりました。クリニックには頭痛、首こり、肩こりでお悩みの患者様が日々殺到しますが、CRPが高値だったのはほんの一握りの方だけでした。CRP高値の方々には、それぞれ明確な原因がありました。副鼻腔炎による鼻根部痛、上顎痛や慢性中耳炎のほか、頭部とは無関係の大腸憩室炎、胆石による胆嚢炎、子宮筋腫や子宮内膜症による子宮内膜炎などでした。
ここでお伝えしたいことは、通常の頭痛ではCRPはまったく上昇することはないということです。ということは一般的な頭痛は炎症性疾患ではないのです。炎症だと誤解したほとんどの人々は、首を冷やしたり頭を冷やしたりします。これらはまったくの逆効果なのに、勘違いのまま習慣として冷やすことが当たり前となり、冷やしたことで頚部は麻痺していることに気がつきません。徐々に悪化していき、最終的には自律神経障害からウツまでの症状に苦しむことになります。脳内に異常のあったのは、約4500人のうちたったの3人です。たった3人の患者様以外のほとんどすべての患者様は、松井理学療法により頭痛が解消あるいは改善しました。そして遠藤流姿勢矯正体操 (後述) を併用すれば再発無しです。
3人のうち、一人の頭痛患者様は受験直前の男性高校生で、頭部全体がじわりじわりと痛くなり、徐々にひどくなっていきました。脳のMRI検査1の結果、明らかな悪性の脳腫瘍でした。2人目の方は中年女性で、頭全体が徐々にひどくなっていきました。脳のMRI検査により多発性の髄膜腫という比較的良性の腫瘍が見られました。3人目の中年男性は右後頭部痛が徐々にひどくなりました。脳のMRI検査では異常が無かったのですが、脳のMRA (動脈) 検査2で右椎骨動脈瘤が見つかりました。いずれも専門病院に紹介して、精査後に専門的な治療となりました。従いまして、頭部の痛みが改善せず、徐々にひどくなる場合には、一度は脳のMRIとMRA検査は行いますが、短期間で何度も検査する必要はありません。10年か15年空いた場合は、念のため再検する必要があるでしょう。

注釈1 脳MRI: 脳の構造とその変化を撮像する検査法です。
注釈2 脳MRA:脳の太い動脈 (A) 内の血液の流れのみを撮像する検査法です。以前は造影剤を使用しました。

ドクタープロフィール

浜松医科大学(第一病理) 遠藤 雄三 (えんどう ゆうぞう)

経歴

  • 昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。
  • 虎の門病院免疫部長、病理、細菌検査部長兼任後退職。
  • カナダ・マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授となる。
  • 現在、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問、看護学校顧問。
  • 免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、現在に至る。

<主な研究課題>
生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学

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