ドクターからの健康アドバイス

掲載4  コンパニオン微生物カンジダ菌は嫌われ者

前回のコラムでは、カンジダ菌による健康被害から身体をどうしたら守れるかについて書きました。今回、その被害を受けている人の視点で、カンジダ菌を見てみましょう。

1.女性に嫌われるカンジダ菌

ネット検索で「カンジダ」を入れると、膣カンジダ関連の情報の多さに驚きます。膣カンジダ症は、欧米の女性は一生のうちほとんどの人が一回はかかり、日本でも約20%の女性が経験するといわれます。 症状としては、膣のかゆみが特徴で、異常増殖した菌体を含んだ分泌物である白いオリモノがあります。膣の中で菌糸形に増殖したカンジダ菌が、たんぱく分解酵素を分泌することで炎症が起こり、膣の周辺がじくじくして我慢できないほどひどくかゆくなるものです。(カンジダ菌増殖像写真参照) それを思い浮かべただけでぞーっとするというというほど嫌う女性もいるようです。白いオリモノには、ほとんどカンジダ菌の塊といっていいほどのカンジダ菌がいます。原因菌であるカンジダアルビカンスの菌名は、カンジダは「白い衣服」から、アルビカンスは「色がない白」という語源から、つけられたものです。この病気は、欧米の専門家に「谷間の白百合」というきれいな名前で呼ばれることがありますが、患者さんはとんでもないと憤慨するでしょう。以前は性行為で相手から移る疾患として考えられていましたが、今はほとんどが、自分が腸内に持っているカンジダ菌が原因菌で起こると知られています。デリケートゾーンの病気であることから、病院にかかりにくい場合もありますが、診療を受け処方された抗真菌薬を使うとほとんどの人が1週間以内に改善します。カンジダ菌が、膣およびその周辺に存在しても、この病気がすぐに発症するというものではありません。発症は、多くの場合 ホルモンバランスの変化、寝不足、疲労、風邪、ステロイドの使用などによる免疫力の低下や、妊娠、抗生物質の使用、ガードルなどのしめつけの強い下着による蒸れなどによるカンジダ菌の増殖を促進する環境要因によって起こります。膣カンジダ症にかかっても95%の人は、適切な治療をし、この二つの発症要因に注意できれば再発しません。ただし残り5%の方は、再発を繰り返したりしますので、専門医に相談することが必要です。したがって、カンジダ菌はほとんどの女性から嫌われる存在と言っていいでしょう。

カンジダ菌に対して別な見方もあります。膣カンジダ症にかかっているときの女性は、ほとんどが体調を崩しているときであり、活動を制限したほうが良い状況であることから、症状は自然の警告的活動制限として機能しているという考えです。膣カンジダ症は、感覚的にはひどく迷惑な疾患ですが、医学的に深刻な身体的被害を与えるものではありません。若い女性から受ける質問で、「膣カンジダ症は、妊娠、出産に悪影響するのではないか」とよく聞かれます。私は、「クラミジア菌の感染などと違ってそのような危険性は少ないですよ。」と答えています。膣の奥には、子宮に通じる管である子宮頚管がありますが、そこから分泌される粘液中の防御物質によって、子宮、卵管、卵巣は少なくともカンジダ菌からしっかりと守られています。妊娠中にカンジダ症になっても、赤ちゃんに感染したり、早産になったりする危険はまずありません。膣カンジダ症にかかってしまったら、その部分を蒸らさないようにするのが一番大切だと専門医は言います。それとともに体調が弱っている警告として受け止め無理をしないようにするのが一番だと思います。

第1回コラムで書いたように、なんといってもカンジダ菌は丈夫な赤ちゃんと一緒に生きていきたいと思っているようです。何といってもコンパニオン微生物なのですから。

2.カンジダ菌は医師からも怖れられる 

内科感染症と日々戦っている医師にとってカンジダ菌は、入院中の体力の弱った患者にかかる重篤な真菌症の中でも、もっとも患者数が多いのが「深在性カンジダ症」です。カンジダ菌が血流内に入り様々な臓器に感染病巣を作り、患者の命を奪うので怖れられます。特に、抗細菌薬がカンジダ感染に全く効きませんから、医師はその感染に注意します。私たちの医真菌研究センターでは、ずっとこの「深在性カンジダ症」の予防、診断、治療法について研究を続けています。実際、免疫力が低下していなくとも、消化管の大きな手術をするとき腸管内にいるカンジダ菌が血流に侵入して、深在性カンジダ症をおこす危険性はあります。しかしながら、通常の生活をしている健康な人が、この種のカンジダ症になることはまずないと言えます。血液中にカンジダ菌が侵入しても、白血球の一種である好中球が菌を貪食して殺菌してくれます。したがって、口腔や消化管にいるカンジダ菌は、別にそう怖れることはないのです。

反対に、消化管内のカンジダ菌が有益な影響をあたえるようです。マウスの実験ですが、カンジダ菌を口から消化管に注入すると、カンジダ菌に対して免疫反応を起こし抗体ができます。その抗体ができたマウスは、抗体が全身を巡って深在性カンジダ症に罹りにくいにくいことが報告されています。この抗体は、カンジダ以外の共通抗原を持つカビに対しても作用しうるものですから、カンジダが消化管にいることで、ヒトは多くのカビに対して防御力を獲得しているものと推定されます。

今回は、嫌われ者としてのカンジダ菌の紹介をしつつ、そう単純ではないという二面性を説明しました。次回では、コンパニオン微生物であるカンジダ菌が、普通に暮らしている私たちの身近で生きて、時として健康トラブルをおこす例を紹介いたします。

 

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ドクタープロフィール

帝京大学医真菌研究センター所長
(医療技術学部教授兼任)
安部 茂 (あべ しげる)

経歴

  • 東京大学薬学系大学院博士課程修了・薬学博士。
  • 2001年に帝京大学医真菌研究センター教授、2004年に帝京大学医真菌研究センター所長。
  • その後、2007年に医療技術学部教授を兼任。

<主な著書>
「においと医学・行動遺伝」3-1 免疫と香り(2004)、
「アロマセラピストに必要な微生物と感染症の知識」アロマトピア連載(2008) フレグランスジャーナル社、
「標準微生物学」第5章 医真菌学 第10版 2009年 医学書院、
「口腔微生物学・免疫学」真菌学 2010年 医歯薬出版 など。

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