掲載5 炎症性疾患
ここまで、がん、神経、消化器疾患について解説してきました。今日は、炎症性疾患と戦うニュートラシューティカルズに注目してみましょう。
レスベラトロールは主にベリーやぶどうに含まれる天然のポリフェノールです。またレスベラトロールは、植物が病原体や昆虫、環境ストレスから身を守るために産生する、抗菌性の二次代謝産物であるファイトアレキシン (フィトアレキシン、phytoalexin) の一種です。Mengらはレスベラトロールの抗炎症作用とその作用機序について科学的知見をとりまとめています。レスベラトロールは、アラキドン酸、NF-κB、MAPK、activator protein-1 (AP-1) 転写因子、抗酸化防御経路などといった、多種多様なシグナル伝達経路を介して炎症反応を調節しているようです。重要なのは、レスベラトロールが自己免疫疾患や慢性炎症疾患に対して有効であることを示唆する、信頼度の高い研究データが数多く報告されているということです。たとえば、デュシェンヌ型筋ジストロフィー (DMD) は、死に至る進行性の神経筋障害で、根本的な治療法はまだ見つかっていません。WoodmanらはDMDのモデルマウスを用いて、低用量のレスベラトロール (5 mg/kg体重/日) を15週間投与したときの影響を解析しました。その結果、レスベラトロールがジストロフィー筋の運動誘発性筋壊死を軽減すること、免疫細胞マーカーであるCD86およびCD163の遺伝子発現を低下させることがわかりました。一方で、長寿遺伝子して知られているサーチュイン1やNF-κBといったシグナル伝達経路には影響を与えませんでした。Woodmanらの研究は、レスベラトロールがDMD治療の有力な候補物質であることを示唆しました。
アスタキサンチンもまた、強力な抗炎症作用を持つニュートラシューティカルズです。アスタキサンチンは赤橙色を呈する脂溶性のカロテノイドの一種で、ロブスター、エビ、マス、サーモンなど、多くの海洋生物の体内に蓄積されています。ChangとXiongは、アスタキサンチンの抗炎症メカニズムについて概説しています。アスタキサンチンは、PI-3キナーゼ/プロテインキナーゼB、NFE2L2、NF-κB、細胞外シグナル調節キナーゼ、c-Jun N末端キナーゼ、p38 MAPK、JAK/STAT経路といった、多数のシグナル伝達経路を刺激して、いくつもの炎症性バイオマーカーを減弱させることができます。さらにアスタキサンチンは、神経変性障害、消化器疾患、腎炎症などの他、皮膚や眼などさまざまな部位の疾患に関連した、慢性および急性炎症を軽減できることも実験的に確認されています。
アテローム性動脈硬化症は、血管の動脈壁に軽度の慢性炎症を生じることをきっかけに連鎖的に悪化していくことで、最終的に命に係わる症状を引き起こす病気です。Eshghjooらは、微生物由来代謝産物の多くが、動脈硬化症に影響を与えうることを指摘しています。たとえば、私たち人間が卵や肉、魚を摂取すると、体内ではL-カルニチンとコリンが生成されます。それらがさらに腸内微生物によって代謝されると、一部はトリメチルアミン-N-オキシドへと変換されます。この物質は酸化型LDLの増加を引き起こし、動脈硬化の原因である血管内のプラーク形成を進行させてしまう働きがあります。他にも、日々の食事に含まれる必須アミノ酸の一種であるトリプトファンの代謝産物、インドキシル硫酸の蓄積は、冠状動脈の石灰化を引き起こし、動脈硬化を招く恐れがあります。一方、インドキシル硫酸とはまた別の腸内細菌由来トリプトファン代謝産物であるインドールという物質は、芳香族炭化水素受容体のアゴニストとして機能することで、抗炎症作用を発揮し、動脈硬化を防ぐ方向に機能します。ゆえに、インドールは心血管疾患の予防に効果があるニュートラシューティカルズとして利用できるかもしれません。
続いては、ニュートラシューティカルズを気道炎症の抑制に利用する研究について述べている論文を2つ紹介します。1つはShinらによる研究結果で、黄砂により引き起こされる気道炎症に対して、朝鮮人参がどのように保護作用を示すのかについて詳細に調べています。朝鮮人参とその活性化合物であるジンセノサイドRg3 は、黄砂により誘導されるNF-κBの発現および活性を有意に抑制しました。さらに、朝鮮人参とRg3は、気管支上皮細胞を用いた細胞実験において、黄砂によるムチン遺伝子発現およびタンパク質産生を阻害しました。2つ目はChoiらによる研究で、ヒョウヒダニにより誘導されるサイトカイン発現を、リコピンにより低減できるかもしれないということを検証しています。リコピンは、トマトなどの野菜や果物中に含まれる赤色の天然化学物質で、強い抗酸化作用を持つことが知られています。報告の中でリコピンは、toll-like receptor 4の活性化を抑制することで、呼吸上皮細胞の細胞内およびミトコンドリアの酸化ストレスレベルを軽減させる可能性があることが示されました。
インターフェロノパチーは、特定の遺伝子に変異が生じることにより、生涯にわたり炎症が持続する自己炎症性疾患です。Genovaらはアブラナ科の野菜に含まれる生理活性物質であるスルフォラファンが、stimulator of interferon genes (STING) を介した炎症、およびインターフェロン刺激により誘導される遺伝子群の発現を調節できることをin vitroにおいて示しました。ただし、in vivoにおいてスルフォラファンは、STINGの発現を抑制する傾向はみられたものの、統計学的に有意な差は認められませんでした。スルフォラファンの生物活性について、さらなるin vivoでの研究を重ねて、明らかにしていく必要があるでしょう。