掲載5 プライムエイジングと寿命遺伝子(テロメア、サーチュイン)
皆さんこんにちは。第5回目はプライムエイジングと寿命遺伝子についてお話ししたいと思います。
寿命に関連する遺伝子の一つにテロメアという遺伝子があります。テロメアを理解するにはまず人の体が維持させる仕組みを簡単にご説明します。人の体は年齢にもよりますが将来平均すると約37兆個の細胞で出来ており、その中の約1%である2000億個の細胞が毎日死んで、それと同時に新しい細胞が生まれて入れ替わっています。人を含めた多くの生物はその生命を維持するために細胞分裂によって毎日細胞を新しく作っています。細胞を作る時にカギになるのが染色体で、染色体は細胞の中の核という部分に存在し、細胞を作るのに必要な遺伝子情報を含んでいます。この染色体に含まれた遺伝子情報は建物を作る時の設計図の様な役割をしていて、染色体の情報を基に細胞は作られていくのです。しかし、細胞は無限に分裂が可能なわけではなく、実は種や個体差があり、分裂回数とテロメアとは深い関係があるのです。
テロメアは染色体の両端の部分にくっついていて、丁度靴ひもを束ねるプラスチックカバーの様になっていて、細胞が1回分裂するたびにテロメアDNAは少しずつ短くなることが分かっています。これに伴って、細胞分裂可能な回数が少しずつ減り、最後には分裂しなくなり死んでいきます。これがまさに細胞の老化です。命の回数券ともよばれるテロメアですが、細胞分裂だけでなく、がんや動脈硬化や心筋梗塞などの怖い病気とも深い関係があることがわかってきています。例えば、皮膚がんの原因である紫外線や肺癌の原因であるたばこにより、細胞が傷つくと、傷ついた細胞を新しくする為に、細胞分裂が活発になり、細胞内のテロメアは短くなります。テロメアを失った細胞は不安定になり、他の染色体とつながってしまったりします。アルコール性肝炎から肝硬変、最終的に肝臓がんになるのもこの為です。がんや病気の方のテロメアを測定してみると、テロメアは短くなっていますが、逆にテロメアが短いからと言って必ずがんなどになるとは言い切れません。また体の中にはテロメラーゼと言って、テロメアを伸ばしてくれる酵素が存在する事もわかっていますが、残念ながら現段階でテロメアーゼを活性化してテロメアを長くする確実な方法は見出されていません。ですので、このテロメアは老化の鍵を握る指標として抗老化学会などでも非常に注目されていますが、テロメアの長さから病気の可能性を確定することが出来ない点、テロメアが短いと分かった時にそれを長くする方法がまだ確立されていない点において、まだ治療や検査に普及するには時間が必要です。
もう一つ寿命と関連する遺伝子についてお話ししたいと思います。それはサーチュイン遺伝子です。細胞の中にはリボソームといってタンパク質を作る器官がありますが、このリボソームを作る遺伝子の情報を調節しているのが、サーチュイン遺伝子です。長寿遺伝子と呼ばれ、細胞のエネルギーを作るミトコンドリアの酸化ストレスを軽減させたり、炎症を抑制させたり、膵臓のβ細胞からインスリンの分泌を促進させたり、肝臓内での糖や脂質の代謝を改善させたりする働きがあると言われていますが、実は普段この遺伝子は眠った状態になっていて働いていない事もわかってきています。食事制限や断食などで体をプチ飢餓状態(必要とされるエネルギーの70%位の摂取に抑える)にしたり、軽めのウォーキングなどの運動により、このサーチュイン遺伝子は活性化され老化のスピードを和らげると言われています。またサーチュイン遺伝子は内臓脂肪の蓄積量と負の関連性があると言われており、メタボリックシンドロームの指標にも有効と考えられています。サーチュイン遺伝子を活性化すると言われているNMN(ニコチンアミド・モノ・ヌクレオチド)には、抗炎症効果や抗アポトーシス(細胞自殺)効果があると言われていますが、老化に深く関連すると言われているNAD+(ニコチンアミドアデニン自ヌクレオチド)の代謝にも深く関わっています。体内のNAD+レベルが低下すると、サーチュイン活性の脱アセチル化活性に異常が発生し、その下流反応であるミトコンドリアの透過性や酸化ストレス反応などにも影響が及び、アルコール性肝障害、急性腎不全、網膜変性及び隔膜障害、アルツハイマー病、神経保護及び認知機能、脳内出血、血管機能障害、心不全及び心筋炎、虚血性再灌流障害、肥満、糖尿病等を含めた様々な組織の機能障害に陥ります。NMNはNAD+の代謝経路の中間産物として、老化によって消費が加速され減少したNAD+(ニコチンアミドアデニン自ヌクレオチド)の合成代謝を強化し、加齢に伴う病理学的プロセスを緩和する有望な薬剤として臨床試験の段階へ進んでいます。
当院に併設されたラボ内でも現在老化に関連する遺伝子の研究を行っており、将来的には老化と深く関連する特定遺伝子の発現検査に基づき、各患者様の生物学的年齢(バイオロジカルエイジ)の評価をしたり、バイオブランなどアンチエイジングサプリメントの服用効果を客観的に測定できるよう研究をしています。
参考資料
Krish Chandrasekaran 1 , Joungil Choi 1,2, Nicotinamide Mononucleotide Administration Prevents Experimental Diabetes-Induced Cognitive Impairment and Loss of Hippocampal Neurons. International journal of Molecular Sciences 2020.
Tamas Kiss & Ádám Nyúl-Tóth, Nicotinamide mononucleotide (NMN) supplementation promotes neurovascular rejuvenation in aged mice: transcriptional footprint of SIRT1 activation, mitochondrial protection, anti-inflammatory, and anti-apoptotic effects. GeroScience (2020) 42:527–546
Weiqi Hong1† , Fei Mo2† , Ziqi Zhang2 , Nicotinamide Mononucleotide: A Promising Molecule for Therapy of Diverse Diseases by Targeting NAD+ Metabolism. Front. Cell Dev. Biol., 28 April 2020