掲載3 プライムエイジングと腸内細菌叢
腸内細菌叢(腸内フローラ)
第3回目は腸内細菌叢についてお話ししたいと思います。腸内には約500~1000種類、100兆~1000兆個の腸内細菌が存在し、腸内細菌叢(腸内フローラ)を形成しています。消化管系でも特に大腸は腸内細菌が多く存在し、腸内細菌叢は年齢や個人によってその構成がかなり異なります。母体内の胎児は無菌状態ですが、生まれてきた瞬間に産道などから細菌に接触し、生後3-4日になると乳酸桿菌、ビフィズス菌が増殖を開始しますが、中高年を過ぎる頃よりビフィズス菌の減少とウェルシュ菌の増加が起こります。ウェルシュ菌は腐敗菌の一つで、タンパク質を腐敗させてアンモニア、アミン、フェノール、インドールなどの有害物質を生成し、これらの有害物質には発がん物質も含まれ、ほとんどは肝臓で分解されるものの肝臓の処理量を上回ると全身に影響を及ぼします。
そもそもなぜ腸内細菌が必要かというと、腸内細菌が存在するからこそ免疫機構であるパイエル板や腸管粘膜リンパ節などが発達し、複雑な免疫機構とその調節が可能となります。実際に無菌マウスでは、パイエル板や脾臓を含めたリンパ系の発達が悪く、腸管粘膜固有層のIgA産生形質細胞や上皮リンパ球の数が著減します。つまり腸内細菌は粘膜及び全身の免疫システムの構築に重要な役割を果たしていると言えます。大腸の粘液層は密に重なったムチンからなる内層と一部が分解され重合度が低下した外層からなり、腸内細菌は外層までは到達できますが内層へは到達できないので、粘液層管腔側にはバクテロイデス、ビフィズス菌、連鎖球菌、エンテロバクタ、クロストリジウム、乳酸桿菌、ルミノコッカスなどの多彩な細菌があります。食物繊維の存在は酪酸産生につながり、それが上皮細胞のエネルギーとして利用され、制御性T細胞の誘導やNF-kBの抑制から抗炎症作用を発揮します。逆に食物繊維の不足や欠乏は粘液層の菲薄化から抗原の侵入に至り炎症へと波及します。
近年では腸内細菌叢を研究するために、菌そのものの培養だけでなく、菌の遺伝子を解析する方法が開発され、腸内細菌叢と疾患の関係がより明らかになってきています。その中でも、炎症性腸疾患,肥満,糖尿病,大腸癌, 自閉症,アテローム性動脈硬化症などは,その疾患の発症機序に腸内細菌叢が関与していることが明確に証明されています。
腸内細菌が造り出す単鎖脂肪酸(SCFA)
生活習慣病を引き起こす一つの原因として近年注目されているものに、腸内細菌叢が生産する短鎖脂肪酸(SCFA)があります。SCFAにはプロピオン酸、酪酸などがあり、腸管の各所で産生されています。そしてSCFAの受容体として、G蛋白質共役型受容体(G protein-coupled receptor:GPR)である遊離脂肪酸受容体(free fatty acid receptor: FFAR)が存在しています。GPRはヒトの各臓器に発現し、様々な作用をしていることが明らかになっています。例えば、白色脂肪組織ではFFAR2やFFAR3、GPR109Aが発現しており、lipolysisを抑制し、レプチンの分泌を亢進させます。このように、腸から発生した物質が内分泌物質のように全身を循環し、受容体に結合して作用するという新しいシステムに注目が集まっています。
腸内細菌叢と肥満
では腸内細菌叢と関係の深い疾患を見ていきましょう。その一つに肥満があります。マウスの実験によると、肥満マウスではFirmicutesという腸内細菌が増えており、逆にBacteroidetesは減少していることが分かっています。また便移植の実験により肥満マウスの便を正常マウスに移植すると体脂肪が増えることより、肥満マウスの便中の腸内細菌にはマウスを太らせる細菌が含まれることが分かっています。さらに高脂肪食により腸内細菌が変化することで肥満が生じる事も判明されています。高脂肪食でも太らないRELMβノックアウトマウスに高脂肪食を与えると、通常食のマウスと比べてFirmicutesが増え、Bacteroidetesが減っていたため、肥満自体が腸内細菌叢を変化させるのではないかと予測されています。この変化は食品の中の脂肪と食物繊維の変化が元で起こるとされています。実際にヨーロッパの子供とアフリカの子供の腸内細菌叢を比較してみると、ヨーロッパの子供ではFirmicutesが優勢であるのに対して、アフリカの子供ではBacteroidetesが優勢であり、アフリカの子供の食生活を見ると低脂肪で低たんぱく、食物繊維に富んでいることが指摘されています。Bacteroidetesの中でも特にPrevotellaやXylanibacterは食物繊維に多く含まれるセルロースやキシランを加水分解する酵素を持っていて、その加水分解の結果、SCFAを生産し、腸内細菌叢が活性化されます。もう一つの原因として、高脂肪食によりそれを消化するための胆汁の分泌が亢進されると、胆汁の主成分であるコール酸により腸内細菌の種類が減少し、Firmicutesが増加します。またコール酸はClostridiaによりデオキシコール酸(DCA)となりますが、その界面活性化効果によって他の腸内細菌を殺菌してしまい、Firmicutes優勢の腸内細菌叢になり、腸管からのエネルギーの吸収が有効になると言われています。マウスの腸内細菌の遺伝子発現を解析した結果、高脂肪食のマウスの腸内細菌叢においては、多糖類を分解し腸管に吸収させる遺伝子の発現が上昇していることが報告されています。またBacteroidetesに属する細菌が生産するSCFAは脂肪細胞にあるFFARに作用して、脂肪細胞へのエネルギーの取り込みを抑え、脂肪細胞の肥大化を防ぎます。また神経細胞にあるFFARにも作用し、交感神経系の活性化を通してエネルギー消費を促進させるなどのエネルギーバランスを整える働きがあるとも言われています。
腸内細菌による血圧調節
その他に腸内細菌は血圧調節にも関連すると言われています。高血圧マウスの腸内細菌叢を見ると肥満マウスと同じようにFirmicutesが増加しBacteroidetesが減少しているのがわかります。さらに、高血圧マウスにアンギオテンシンIIの持続投与を行い血圧を上昇させると、F/S比はさらに大きくなります。腸内細菌の一つである乳酸菌はペプチドを産生し、このペプチドはアンギオテンシンIIの阻害作用があるため、血圧降下作用があることが分かっています。またSCFAのプロピオン酸や酢酸は腎動脈や傍糸球体細胞の受容体のリガンドとして血圧調節に関与しています。
腸内細菌と慢性腎臓病
慢性腎臓病の患者さんにおいては腸内細菌叢が変化し、腸管のバリアを形成するタンパク質の発現が腎不全マウスの場合低下しています。逆に腎臓摘出後のマウスに腸内細菌を直接補充するprebiotics治療を行うと、寿命が延長したりBUNの低下を認めることもわかっています。腎不全の場合、クレアチニン、BUNが顕著に上昇し、尿たんぱく上昇するとともに、腸管から吸収される尿毒素の一つであるISの血中レベルが上昇し、サイトカインであるIL-6や腸内細菌由来の毒素であるエンドトキシンやCRPも上昇し、微炎症状態になっており、腸内細菌叢の中でもLactobacillusが減少し、Bacteroidetesが増加していることがわかっています。
腸内細菌と炎症性疾患
若者に発病する炎症性腸疾患(IBD)も今までは免疫異常により自己の腸管粘膜に対してリンパ球を中心とした炎症性細胞が攻撃し炎症や潰瘍を起こす自己免疫性疾患と思われていましたが、腸炎マウスを無菌にすると腸炎が発症しない事などより現在、炎症性腸疾患は腸内細菌感染症ではないかと言われています。実際に潰瘍性大腸炎の患者さんの病変粘膜には細菌が付着し一部は侵入しているのが特殊なアクロジン・オレンジ染色で確認できます。つまり、健常者の腸管粘膜では腸内細菌の付着や侵入を防ぐ粘膜防御機構が機能しているのに対し、IBDではその機能が低下し、結果として粘膜に多くの腸内細菌の付着や侵入が認められるのです。
腸内細菌とプライムエイジング
このように腸内細菌叢は様々な疾患と深く関連しており、現在では腸内細菌叢全体を一つの臓器としてとらえる考え方が広まっています。ロシアのノーベル賞学者イリア・メチニコフ博士は腸内の有害細菌が増加することで、老化が加速され、様々な病気になると110年以上前に提唱していますが、日本の長寿健康村の方たちの腸内細菌を調べてみると、共通しているのが大腸桿菌、大腸球菌、ビフィズス菌が多く存在し、SCFAの一つである酪酸を分泌します。これらの菌こそプライムエイジングに必要な「長寿菌」であり、これらの菌を増やすには、その餌となる食物繊維である根菜・豆類・キノコや海藻などをもりもり食べることが必要不可欠で、正しい食生活から腸内環境が改善し、健やかな生活を過ごすことが出来ます。また日々運動をする事で、下半身の筋力を鍛えることで排便をスムーズにし、便秘による腸内環境の悪化を防ぐことが出来ます。普段食べ過ぎていたり冷たい物ばかり食べて胃腸機能が弱っている方は、消化も悪くなり、栄養素の吸収も低下し、腸内環境が悪化すると、腸内では食品の栄養素を増やす菌より栄養素を奪う腐敗の方が強く起こってしまいます。そのような場合は、プチファスティングをして今まで腸内に蓄積している不要なものをリセットするのもよい方法です。プチファスティングとは1日のうち16時間を飢餓状態にすることで、体のさびを取ったり、炎症を抑え、腸内環境を整え、細胞のゴミ掃除とリサイクルの役割を持つオートファージを活性化し、細胞を若々しく元気に保ちます。1日のうち空腹の16時間を除いた残りの8時間で食事をしますが、その際に胃腸への負担をなるべく避けるよう、油や糖分の多いケーキやアイスクリームなどは避け、寝る前3時間以上前に食事を終わらせるようにしましょう。ファスティングをする事で今まで胃腸に使われていた血流とエネルギーが他の臓器や細胞に使われるようになるため、脳の活動も活発になり集中力や思考力も向上することから、最近ではビジネスマンもファスティングでパフォーマンスの向上をはかっています。皆さんも是非プチファスティングで腸内環境を整え、細胞を若返らせ脳を活性化しましょう。
出典:「腸内細菌叢と生活習慣病」脇 野 修、吉 藤 歩、伊 藤 裕 (日腎会誌 2017;59(4):562‒567)