掲載9 鮭の養殖をめぐる問題
米国の保健機構をはじめ、様々な国際的な保健機構が、海産物由来のオメガ-3脂肪酸(DHA+EPA)を毎日250~500mg(成人)摂取するように勧めています。多くの人は主に魚から、もしくは補助的に魚油からオメガ-3脂肪酸を摂取しようとしています。養殖魚は、オメガ-3脂肪酸の重要な栄養源として、ますます重要になっています。鮭の養殖は、商業的漁業の中でも最も盛んな種類の一つです。しかしながら、残念なことに鮭の養殖には多くの問題点があるのです。消費者の購買意欲をそそるために、灰色の魚肉を赤色に染色するのですが、それだけでなく、フナムシ(海シラミとも呼ばれます)、化学物質による汚染、オメガ-3脂肪酸の含有量減少、といった様々な問題を抱えています。オメガ-3脂肪酸によって魚油が注目を集める栄養補助食品になったにも関わらず、鮭に含まれるオメガ-3は失われつつあるのです。
養殖鮭のオメガ-3平均含有量は、2005年から 2016年までの間に半減しています。スコットランドのStarling大学の研究員、Dsouglas Toucher氏は、以下のように説明しています。「約5年前、アトランティックサーモンの130 グラムの切り身から、有益なオメガ-3を3,500mg摂取することができました。しかし、今ではオメガ-3の含有量は半分に減ってしまっています。これは、鮭を養殖するために与える餌の種類が変わってきているからです。最近では、トウモロコシ、大豆、キャノーラ油などが配合されており、どれも全て安価なもので、遺伝子組み換えのものも多く使用されています。そして、オメガ-6脂肪酸を多く含んでいるのです。家禽の羽、首、腸のような畜産の副産物も、養殖鮭に与えられています。以前は、カタクチイワシやニシンのような鮮魚が鮭の養殖用飼料の60~80%を占めていましたが、現在では20%まで減少しています。安い養殖魚の需要が高まり続け、それを満たすために鮭養殖はこのように変化してきてしまったのです。これは、魚や魚油が大豆、穀物、植物油に比べて経費がかさむことと、養殖鮭に飼料として与えるニシンのような天然魚が減少してきたことに対して、批判が高まったことが一因でしょう。
経費の上昇と供給量の不足によって、鮮魚や魚油を鮭の養殖用飼料としてあまり使用しなくなってきましたが、そのことによって他の問題が生じてしまいました。特に、安い植物油(大豆、コーン、ベニバナ、ヒマワリ、綿実油)に多く含まれるオメガ-6脂肪酸は、標準的なアメリカ人の食生活ですでに過剰摂取されています。飽和脂肪酸を多く含む食事は、心血管疾患の原因になると考えられているため、飽和脂肪酸を多価不飽和脂肪酸である野菜の種子由来の油に替えることによって、いわゆる「心臓に健康」な食生活でオメガ-6を過剰摂取する結果となってしまっているのです。オメガ-6脂肪酸の過剰摂取によって、心疾患、認知症、さらに様々な疾患を引き起こす慢性的な”サイレント”炎症を発症してしまっているのです。
近年、養殖鮭に含まれるオメガ3が大幅に減少してオメガ-6が増加しましたが、そのかなり前にノルウェーで実施された臨床研究では、養殖鮭のオメガ-3/6脂肪酸の不自然なプロファイルが、心臓の健康に対して有害な影響を与えることが発見されました。鮭養殖では、経費削減のために大豆油を飼料として与えられることが一般的ですが、米国とデンマークにおいて最近実施された研究では、このような養殖鮭が炎症を誘発し、試験動物の肝機能と代謝を悪化させることが明らかになりました。
鮭養殖業者は、海シラミを抑制するためにスライス(エマメクチン安息香酸塩)と呼ばれる農薬を鮭に与えています。海シラミは、鮭に寄生して血や皮膚を食べます。天然の鮭は、危険な海シラミ群に寄生されることはほとんどありませんが、養殖鮭は天然の鮭よりも密集した環境で飼育されています。U.S.FDA(米国食品医薬品局)は、スライス(農薬)を食用の魚類に使用するべきではなく、そのうえスライスは囲網の海底に生息する貝までも殺傷したり、奇形をもたらしてしまうと勧告しています。
養殖鮭を飼育する囲網の中の密集した環境は、海シラミにとっては絶好の繁殖環境であり、周囲を通過する天然の鮭にまで広がってしまうのです。ノルウェーでは、海シラミによって養殖鮭の漁獲量が昨年の予想を120万ポンドも下回ってしまいました。カナダをはじめ、多くの国々の鮭養殖業者が、同じように海シラミによる深刻な損失に悩まされています。現在、スコットランドの鮭養殖業者の半分が海シラミに悩まされています。年間数千トンの養殖鮭が海シラミによって死んでおり、数百万トン以上が皮膚病変と二次感染を発症しています。スコットランドの鮭養殖業者は、「海シラミは、今では至る所にあふれていて、たった数匹で鮭を死に追いやってしまう。私が30年前に魚の養殖を始めたころは、海シラミはほとんどいなかった。しかし、今では海シラミは深刻な問題を引き起こしている。」と述べています。現在、このスコットランドの鮭養殖業者は、海シラミを駆除するために1件単独で年間3億7500万ドル近くもの出費を余儀なくされています。鮭養殖によって、養殖の鮭から天然の鮭にまで感染するウイルスも増殖しています。
スコットランド政府の報告による最近のデータでは、有害化学物質の量が継続的に増加していることが明らかになりました。スコットランドに遍在する45の湖沼では、海シラミを駆除するためのスライス(農薬)のような化学物質や、海シラミによってもたらされる養殖鮭の感染症に対して使用される化学物質による汚染が深刻になっています。スライスは、ブリティッシュ・コロンビア州(カナダ)で養殖鮭に最も多く使用されています。これらの鮭の大多数は、米国市場で売買されています。
水産加工業者マルハニチロの 2017年の調査によると、鮭は6年間以上にわたって日本国内の寿司屋で最も人気のあるネタの一つです。日本人は年間およそ100,000トンもの鮭を消費しています。日本で流通している鮭の90%は、チリやノルウェーからの輸入品ですが、近年、国内での養殖もその人気に刺激されて拡大傾向にあります。世界的な需要の増加によって、鮭の価格は過去5年間で倍増し、国内での生産は国内市場だけでなく、将来的には輸出市場への進出も期待されています。
鮭養殖業者は鮭の成長を加速させ、同時に飼料にかかる経費を削減したいと考えていますが、このことによって、養殖鮭は天然鮭よりも脂肪が多くなってしまい、しかもそのほとんどが飽和脂肪酸(特にオメガ-6)であるということを、世界中の養殖業者が認識するべきなのです。一方で、抗海シラミや抗生物質だけでなく、水銀や、PCBのような脂溶性汚染物質など、養殖鮭に含まれる残留農薬の存在を、消費者も認識するべきなのです。安全な養殖方法によって養殖魚の値段は高くなりますが、消費者は必要な対価としてそれを払うか、それともそれを拒んで健康が脅かされる危険が増すか、どちらを選ぶかを考える必要があるのです。