掲載5 この世には二度と用なし秋の風
死に方の冥利
これは江戸時代の寛政年間(1790年頃)にはやった狂歌の一つである。三重県四日市在住の狂歌師、子容の句である。辞世の句であろうか。
芭蕉の門人の一人としても知られているがこれは俳句でもないし川柳でもない狂歌という。世相に風刺を効かせ、個人としての頑固にしかも毅然とした生き様を投げかけた句である。生に面々とせず片や世にこびず、ちょっと強がりかとも思われるが、悔いのない人生を詠ったのではないであろうか。
子容が何歳まで生きたか不詳であるが、おそらくこの時代の平均寿命は50歳を切っていたと思われる。そんな時代にあって、またそんな時代だからこそ出来た歌であろう。
一方、平成も20年以上経つと平均寿命は男性79.59歳、女性86.44歳と延びた。世界に誇れるモノの一つであろうが、一方では少子化が進んでいる。だれが見ても頭でっかちの不安定な社会バランスに向かっていることは確かであろう。
うれしさも半分なりや高寿命
これは私の句である。高齢者の健康をどう守るかは緊急の問題であり、その社会システムに多くの試みが検討されてきている。2年前に出来た後期高齢者医療制度はいち早く見直され、改正がなされたようだが、小手先だけの部分変更で終わらせてはならない。
制度はそれを享受するモノが納得し、実行しようとする意欲がなければ絵に描いた餅に過ぎないからである。この事はこれまでに多くの前例もある。事前に充分な検討と説明が必要である。高齢者とその後に続く世代の者が互いに支えて行こうという共通の価値観をもつ事こそが大事であろう。
真夏の怪談
さて、そんな中で消息不明の100歳老人が続々発見された。百歳老人は全国で4万人もいる。いや、いられるとされていた。東京都で1500人、大阪では1200人ほどいられるといわれていた。百歳老人が多いことはその国のトータルでの文化の反映と考えて良いであろうし、やっぱり自慢に出来る一つでもあった。
それが実際に生きていられるかどうか分からないのでは、では平均寿命とは一体何だったのか、と言うところまでさかのぼってしまう。行方不明の100歳老人が279名以上おられるらしい(2010年8月13日現在)。平均寿命は確実に下がることは確かと言える。夏の怪談では済まされない。
幸せの平均寿命
皮肉なようだが、以前私が研究会で使用したスライドをお見せしよう。じっくり見ていただきたい。これは2008年に出されたUNDP人間開発報告書である。世界の平均寿命と所得水準との相関関係をみたモノである。
所得の多さに比例して平均寿命が延びるという統計であり、ザンビアから日本まで正相関で美しく並んでいる。簡単に言うと所得が多くて寿命が長いのはその国の「国民の幸福度」を現すモノとして誰一人疑わなかった。日本にとっては気分の良い統計図であった。
一方、所得の差で健康にも格差が出てくるという証明でもある。だから国民の所得が増すことは健康に繋がり、寿命を延ばすことになる。さらに国家間の貧困をなくすことは世界の寿命の上昇にもつながる事になると話していた記憶がある。
未病de息災運動
その一方で同じ国民でも寿命には差があることは確かであり、例として同級生でも時を同じにしてバタバタ死ぬ事はない、寿命は違うことを話したことがある。これはなぜなのか、それを縮めるのは所得ではなくて個人の一人一人の日常の生活習慣が大事であると、強調していた。
自分の身体に鋭くなり、適切な運動、ストレスのない生活、自分に合ったサプリメントの選択などで未病のままで病気にならずに悔いのない人生をおくろうという話で終わるのであった(未病de息災運動)。
そして、最後に「この世には二度と用なし秋の風」と言う辞世の句を述べピンピンコロリで終わろう、というモノであった。
平均寿命の落とし穴に墜ちた幸せの原点
しかし、事は消えた百歳老人問題が明確になるにつれ、少し修正を加えておく必要性が出てきたと感じている。「国民の幸福度」を言うには形ばかりの平均寿命の数値ではなく、家庭での家族・親子関係の信頼の指数を伸ばす事がまず第一であると。
う~ん。なんと原点過ぎる!