ドクターからの健康アドバイス

掲載20  頭頚部がん(1)

このシリーズは、生活習慣病としてのおとなのがんについて解説をすることであり、生活習慣の中からのがん戦略について助言することでした。それは転ばぬ先の杖としてのがん予防のヒントや現代医療にかかるときのこころ構え、あるいは食べ物や日常の生活習慣の中に隠されているがん戦略について具体的な助言をすることでした。

以上の主旨とは別に、前回の多発性骨髄腫についての解説と今回の頭頚部がんについては、本ホームページへの質問の頻度にしたがって皆様方の要望にこたえる解説となるわけです。生活習慣にかかわるがん発生要因とはかなり食い違ってしまう内容になるかもわかりませんが、あらかじめご了解ください。

脳などの中枢神経系と眼科領域のがんを除いた頭部から頚部のがんは、従来おのおのの専門領域別にあつかわれてきました。たとえば耳鼻咽喉科領域、口腔外科領域、上部消化管領域、皮膚科領域などにおいて、患者さんに対応してきました。

これは、筆者が医師になりたての頃のことです。しかし、その後の数十年間の医療現場では各領域のあいだに大きな専門領域間の溝の存在することがはっきりしてきました。そして、頭頚部領域のがんをあつかう分野として新しい医療の専門分野の必要性が認知されるようになってきました。

ですから、このことばは比較的新しいものです。医療現場では頭から頚部の領域のがんに対応する新しい再編成は世界的に共通した見方や考え方となって、治療への対応となっているのではないかと考えます。

考えるまでもなく、からだの中で頭から首にかけてのせまい部分にはさまざまな重要なはたらくしくみが集中しています。そればかりでなく、美容整形的にもたいへん重要な意味をもっていることは申すまでもありません。

医療というのは一般的に、機械の部品の取りかえのように簡単にはいきません。特にこの領域の各部分は互いに密接な関係があり、相互の部分を総合的にとらえて診断や治療の対応が求められています。ある意味では、成熟した社会であるがゆえに医療に求められた問題でもあったのでしょう。

頭頚部領域の意義

目の部分から首までには、さまざまな重要な組織があります。ここでいう組織とは一般的に使われることばと同じで、社会という大きな枠組みの中での会社組織とは会社という機能単位のことです。ですから、たとえば声帯という組織といいますと、声帯という場所だけでなく、発声にかかわるはたらきにかかわるすべての部品、神経や栄養血管、リンパ管などのトータルな単位が組織となります。

こうした各組織のダイナミックな状態は、現在の医療機器で鮮明(画像診断)にとらえることができます。その状況に応じて精密な治療方針が決定されていきます。手術にしても、顕微鏡的な手術であったり、放射線照射にしても微小な部分のみに限定できる装置が望まれています。要は患者さんの日常生活に最小限の影響になるようにQOL優先の治療に特化しているという領域でしょう。

画像診断技術

コンピューター技術の進歩とともに生体を量子力学的にとらえる試みが最新の画像診断技術として実を結びました。これは現代医療の最もきわだって進歩した最先端領域といわれています。

一般的になってきましたCTスキャン、MRIあるいはPETといわれている装置はまさに生体をコンピューター技術で立体的に、場合によっては動画的に精密にとらえることを可能にしました。とくにMRIは磁石の原理を応用して、放射線照射による画像とは完全に逆になるような映像を提供してくれます。

からだの中身は、画像的には水とアブラと骨といいかえてもよいかもしれません。骨の部分は従来の放射線技術で詳細にわかります。一方、からだの柔らかい部分はほとんど水といってもよい中身です。水分子H2Oの水素原子の量子力学的な構造に原理を求めたMRIの技術開発はたいへん興味深いものがあります。

原子核の磁気的な性質は米国で1940年代に実証されました。米国のラビ、パーセル、ブロッホらの研究成果は原子の核磁気共鳴NMRという基本原理となりました。かれらは1940年代と1950年代のノーベル物理学賞としてたたえられました。

原子核の二つの構成要素の陽子と中性子が微小な棒磁石(磁気双極子)のようにふるまうことを指摘しました。水素原子の原子核に注目して生体を強力な磁場の中で立体的に測定した結果がMRI画像となったわけですが、この技術開発にも米国の研究者ロータ-バーの天才的なひらめきが必要でした。

そして約半世紀の人類の努力の後、1990年代には臨床的に実用化が可能となり、現代にいたっているわけです。ローターバーは1994年に第10回京都賞(先端技術部門)を受賞しています。

一方PETという装置はポジトロン エミッション トモグラフィーということばの頭文字をとった名前です。ポジトロンというのは陽電子という原子や素粒子の世界の物質です。通常の原子は原子核と軌道を回っている(陰)電子で形造られています。

陽電子は通常の原子には存在しない反対の電子なのです。ポジトロンを放射する同位元素が開発されて、炭素11やフッ素18を生理的に重要な分子に目じるしをつけるように標識します。最もよく使われる核種はフッ素18で標識したフルオロデオキシグルコース(FDG)という特殊なブドウ糖です。デオキシグルコース(DG)という特別なブドウ糖を開発できたということが重要なことです。

皆さまご存知のようにブドウ糖はすべての細胞のエネルギー源です。インスリンというホルモンによって、ブドウ糖は脳脊髄以外の細胞に入っていきます。脳脊髄ではインスリンなしで細胞内に入ってしまう血液脳関門という仕組みがあります。DGは細胞の中にはいってリン酸化というステップの後には普通のブドウ糖とは異なり細胞内にしばらくとどまってしまいます。

この性質を利用して陽電子を放出するフッ素をつけたFDGを利用してからだの中を調べようとするのが基本原理です。陽電子は通常の(陰)電子とぶつかると両者とも消失して二本のガンマ線(消滅放射線)になります。PETにとって大変に重要なのは、この二本のガンマ線が同時に正反対の方向に飛び出すことです。

これにより出どころの位置を知る手がかりとなります。ガンマ線を検出する高価な装置と核種を検査のつどに作るミニサイクロトロンの装置が必須となる検査法です。

これによって、からだの中で炎症を起こしている場所なのか、がんのある場所なのかが立体的に知ることができるようになりました。100%の確実性ではありませんが、検査を受ける側に最小限の負担で重要な手がかりを得ることができるわけです。こうした最新式の検査が日本全国にも普及しつつあります。

画像診断検査によって頭頚部のさまざまなできごとを立体的ならびに機能的、動的にとらえることができます。早期発見して早期治療することはどこのがんにも共通する重要なことです。さらに、この分野ではとくに治療した結果の生理的機能の保持や障害程度を予測する必要がありましょう。

それでは次回に、頭頚部がんにもどって考えてみましょう。

ドクタープロフィール

浜松医科大学(第一病理) 遠藤 雄三 (えんどう ゆうぞう)

経歴

  • 昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。
  • 虎の門病院免疫部長、病理、細菌検査部長兼任後退職。
  • カナダ・マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授となる。
  • 現在、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問、看護学校顧問。
  • 免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、現在に至る。

<主な研究課題>
生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学

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