ドクターからの健康アドバイス

掲載15  おとなの進行がんの治療戦略(1)

今まで述べてきました大人のがんで共通しているのは、日本人のがんとして頻度が高く、生活習慣に密接にかかわっているということです。

胃がんや子宮頚部がんを除いて近年増加傾向が目立っていることはすでに述べました。これで大人のがんとしてすべてかといいますと、食道がんや膵臓がんには触れておりません。

又近年注目されています頭部や頚部のがんとして治療対象がまとめられているがんも重要です。これらについては次回触れるとしまして、ひとまず「進行がん」について述べることで締めくくらせていただきたく思います。

これまでは、がんの予防のためにどうするかということを重点に戦略を述べてきたつもりです。提案申し上げてきましたものは主として食べ物です。時にサプリメントに触れてきました。これにはかなり深いわけがあります。そのことについて触れたかったわけで、このまとめとなるわけです。

ケモプリベンションとは?

食べ物やサプリメントへの関心は、1970年代に芽吹きはじめた地味な医学運動が発端であり、現代では補完代替医療や統合医療というかたちの具体的な医療活動に発展してきています。それは「ケモプリベンション」(chemo-prevention)という医学思想的な潮流であります。

意訳すると“あらゆる天然あるいは合成化学物質によるがん戦略”ということでした。欧米の政府が主導する形で、抗がん剤開発ならびに現代医療を補完する医療に着目し、1990年代には欧米国民にも受け入れられるようになりました。

現在の米国では、有力な医学校は補完代替医療(CAM)の教育機関を開設して、教育ならびに研究が政府の支援により根付いてきています。日本ではこの傾向は、残念ながら遅々としており、いまだ発展的な展望が描けずにおります。

そのようなわけで、このコーナーでの2年以上にわたった私の解説があったわけです。以上の提案が日本での医学医療の発展に少しでも役立つものであることを心より願っています。

上記の潮流が発展して、独自のさまざまな民間療法、薬草(ハーブ)、漢方、ホメオパシー、アロマテラピー、タラソテラピーなどが包含されてきています。いまや医療という境界が不明瞭なボーダーレスともいってよいような包括的な概念になっているのではないかとさえ感じています。

米国の国立公衆衛生研究所(NIH)には補完代替医療(CAM)のセンターがあり、研究費や教育費の支援や治験研究が実施されています。例えば、もし「サメ軟骨」が進行がんの「兵糧攻め」(毛細血管増生阻止で栄養補給を断つ)に有効なのかというと、科学的な根拠を得るために臨床治験研究を実施するということになります。結局、その有効性は認められなかったという厳しい結論が国際医学雑誌に掲載されました。

進行がんとは?

「がん細胞は一日にしてならず」ということは、すでに詳しく述べました。がんになるまでに、10年以上20年前後かかることが普通です。がんの塊が一旦目で確認できるくらいの大きさになってからは、大きくなり方は急速です。

消化管の場合には、粘膜表面にできたがん細胞はまわりに広がりながら、胃の壁や大腸の壁深くにしみこんでいきます。ある深さを過ぎてしまうとリンパ管や血管に入りこんでしまうことになります。あるいは壁をつきぬけてしまうと腹膜にひろがって、がん性腹膜炎という厳しい状態にいたります。リンパ管に入ると近くのリンパ節に広がり、最終的に血管に及び全身的に広がります。

がん細胞が血管に入ると、からだのあちこちに広がって転移という状態にいたります。こうなると、からだのどこへでも広がっているという可能性があります。

抗がん剤の効果は?

血管内への抗がん剤の投与が全身に広がったかもしれないがん細胞を殺すには、理論的に正しいことになるでしょう。しかし、これは抗がん剤が選択的にがん細胞を攻撃するという前提です。しかし、抗がん剤は抗生物質が細菌を選択的に殺せるような力はありません。

もともと抗がん剤のヒントは毒ガス製造と密接にかかわっていました。当時は細胞増殖を鎮めるということばのサイトスタティカ(cytostatica) という遠慮がちな言葉が使われていました。日本語では制癌剤でした。がん細胞の特性は「勝手な細胞増殖」であり、それはDNAの複製そのものです。

私たちのからだを構成する細胞たちは様々なスピードでDNAを複製して、増殖しています。毛根細胞、白血球、消化管の上皮細胞、精子形成細胞たちは速いスピードで細胞増殖しています。従来の抗がん剤が投与されますとそのような細胞たちもがん細胞と同じようにダメージを受けることになります。

つまり、「毛髪が抜ける」、「白血球減少」=抵抗力減退=易感染性、不妊症、消化管出血などなどの抗がん剤副作用。そして吐き気があります。要するに抗がん剤が作用するのは、無差別にDNAの複製を攻撃するということに尽きます。ごく最近では、DNAを直接攻撃するのではなく、細胞増殖にかかわる分子の受け皿などのある細胞膜上の部分を攻撃する分子標的薬が注目されています。

臨床の場面では、しばしば手術直前に抗がん剤が投与されることがあります。そして手術で取り出されたがんの部分が病理検査に提出されて、光学顕微鏡でがん組織の状況を観察することがあります。

多くの場合、抗がん剤はかなりがん細胞を破壊していますが、100%ではなく残念ながらがん細胞は結局残存し続けます。これらのがん細胞たちは、抵抗性を増して手ごわいことになり、がん細胞は変化していきます。

逆に、がん細胞はほとんど元気そのものという悲惨な状況も眼にします。この間に、患者さんの抵抗力は激減していることをご想像ください。これらの医療手法をアジュバント療法とかネオアジュバント療法と呼ばれています。手術を補助する治療法で、手術前に補助するのか手術の後に補助をするのかの違いです。

抗がん剤のリストは、インターネットで調べただけでも無数という形容となりまして、たとえが悪いですが百花繚乱です。そして多くの場合大変高価です。どれが何に効くのかということを考えますと、よほどの抗がん剤信奉者でなければ識別不可能といえましょう。

医薬史をちょっとでもひもとくだけで以下の結論となるはずです。つまり本当に効くのであれば、ある限られた数の物質であろうと。(次号につづきます。)

ドクタープロフィール

浜松医科大学(第一病理) 遠藤 雄三 (えんどう ゆうぞう)

経歴

  • 昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。
  • 虎の門病院免疫部長、病理、細菌検査部長兼任後退職。
  • カナダ・マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授となる。
  • 現在、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問、看護学校顧問。
  • 免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、現在に至る。

<主な研究課題>
生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学

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