掲載5 糖質が増えると欧米人は肥満になり日本人は糖尿病になる
糖質摂取が増えるとインスリン抵抗性が肥満や糖尿病を引き起こす
インスリン抵抗性というのはインスリンの効き目が弱いことで、骨格筋や脂肪組織でのグルコースの取込みと利用が低下している状態です。脳や妊娠中の胎児へグルコースの供給を維持する必要があるために、人類は氷河期の間の低糖質食に適応するためにインスリンの効き目を悪くするように進化したと考えられています。しかし、農耕が始まって糖質摂取量が増えると、インスリンの効き目が弱い遺伝形質(インスリン抵抗性)を持っている人類に肥満と2型糖尿病が増えるようになります。
最近まで狩猟採集を行っていた地域に糖質の多い西洋的な食事が導入されると、急速に肥満と2型糖尿病が増えることが知られています。例えば、米国アリゾナ州のピマ・インディアンやオーストラリア先住民のアボリジニや南太平洋のナウル共和国の住民は肥満や2型糖尿病が極めて多いことが知られています。これらの住民は昔から肥満や2型糖尿病が多かったわけではなく、農耕が行われずに狩猟採集で最近まで暮らしてきたところに、西洋文化が導入されて糖質の多い食事をするようになったからです。つまり、糖質の多い食事に遺伝的に適応できていなかったことが原因になっています。
人類は高糖質食に適応するように進化している途中にある
初期人類における数百万年に及ぶ糖質主体の食事から、約250万年前から起こった肉食中心の食事への移行は、数十万年の時間をかけて徐々に起こったため、その変化に適応するように遺伝的に代謝系が変化する時間は十分にありました。 低糖質の食事でも脳のエネルギー源を確保するために骨格筋と脂肪組織におけるインスリン抵抗性を高め、獲物が取れない期間のために基礎代謝量を低下させたり、食事で余ったエネルギーを脂肪に貯蔵するための遺伝子(いわゆる倹約遺伝子)の働きを高めるように進化しました。 そして低糖質の食事に適応していた時に、最後の氷期が終わった約1万年前から人類は農耕を営むようになり、穀物に大きく依存した食生活に移行して糖質摂取が増えました。農耕が始まる前の狩猟採集時代の人類の糖質の摂取量は1日に10から125グラム程度と言われています。糖質を含む植物性食物は温かくなる間には増えますが氷期には減少します。氷期には全く糖質が取れない期間も訪れます。一方、現代人は1日に250から400グラムの糖質を摂取するようになっています。
糖質摂取が増えてから、人類は高糖質食に適応するように遺伝的に進化してきたと考えられます。穀物の栽培は約1万2千年前に中東地域(チグリス川とユーフラテス川で挟まれた地域)において始まり、すぐにヨーロッパに広がりました。すなわちヨーロッパに住む人々は穀物の多い食事に変わってから1万年くらいが経過しています。 一方、日本において農耕が本格的に行われるようになったのは稲作が伝来した弥生時代に入ってからで、今から3000年から3500年くらい前と言われています。 日本人はインスリンの分泌能が欧米人に比べて半分程度で、倹約遺伝子は欧米人より多く持っていると報告されています。これは、農耕が始まったのが日本ではヨーロッパに比べてかなり遅れたためかもしれません。高糖質食に遺伝的に適応する時間が短いためです。 インスリンは血糖を下げる作用と肥満を促進する作用があります。インスリンの分泌能が高い欧米人は糖質摂取によって肥満になりやすい体質を持っていますが、糖尿病は発症しにくい体質です。欧米人は顕著な肥満にならないと糖尿病は発症しません。 一方、インスリン分泌能の低い日本人は、高糖質食でも肥満になりにくい代わりに糖尿病になりやすい体質を持っています。実際に、日本人は欧米人に比べると肥満は非常に少ないのですが、糖質摂取量が増えて糖尿病が増えています。
このような欧米人と日本人のインスリン分泌能の違いは、食事に糖質が増えてからの時間の長さが関連しています。糖質摂取が増えてインスリンの産生とインスリン感受性を高めるように人類は進化している途中にあり、糖質摂取が増えてからの期間の長さによって適応の度合いが違うということです。
人類が肉食主体だった期間は約250万年です。1世代を25年とすると約10万世代になります。農耕が始まって約1万年というのは約400世代です。産業革命によって精製した糖質が増えるようになってから200年くらい経過していますが、せいぜい6〜8世代程度です。糖質摂取が増えて、少しずつ人間も適応するために進化したと思われますが、肉食中心の期間に比べると極めて短い期間しか経過していないので、高糖質食には十分に適応できていないと言えます。特に近年のような単純糖質(糖類や精製した糖質)が多く血糖値を上げやすい食事には人間は適応する十分な時間を経ていないということです。
老化関連疾患の遺伝子は淘汰されない
糖尿病や動脈硬化やがんや認知症や骨粗鬆症のような生活習慣病あるいは老化関連疾患と呼ばれる病気は生殖年齢を超えた50歳あたりから増えてきます。このような疾患が増えてきたのは、わずかここ100年にも満たない最近のことです。例えば、日本では昭和初期まで男女の平均年齢は50歳前後です。それが80年足らずの間に平均寿命は30年も延びています。この寿命の延びと並行して様々な老化関連疾患や生活習慣病が増えてきました。 平均寿命の急激な延びは、衛生状態の改善と抗生物質の開発などの医療の進歩によって感染症による死亡が減ったことが最大の要因であると思われます。そして、50歳以降に増えてくる老化関連疾患や生活習慣病の制圧が現代医学の最大の目標になっています。 ヒトは生まれてから成長して性成熟期に達していわゆる生殖年齢に入ります。やがて女性は50前後に閉経によって排卵しなくなると生殖能力を失います。男性の精子形成能は80歳を超えても生殖可能なレベルにあると言われていますが、一般的には50歳以降に子供を作るのは例外的で多くはありません。 さて、生存に不適当な疾病は、それが生殖年齢内に発症する場合は、個体が世代を重ねるごとにその疾病遺伝子は次第に人類の遺伝子プールから淘汰されていきます。しかし、生殖年齢を超えてから発症する老化関連疾患の場合は、その原因遺伝子は淘汰できません。 体は遺伝子の乗り物であるというリチャード・ドーキンスの利己的遺伝子の考え方では、生殖年齢を超えた生き物は積極的に排除される方がその種の繁栄には有利です。医学が発達する前は、ヒトは生殖年齢を終えると歯が弱り視力が低下して、次第に生活が困難になって早めに死を迎えます。しかし、医学の進歩によって生殖年齢を終えても30年以上も生存することが可能になっています。 生殖年齢期間には発症せず、生殖年齢を終えた後から発症してくるような致命的な疾患が遺伝的に存在すれば、そのような疾病遺伝子は淘汰されるどころか人類の遺伝子プールの中で広がることになります。このような疾病遺伝子は人類の種の繁栄には有利に働くからです。 したがって、老化関連疾患の発症に関連する遺伝子の多くは、進化の過程で淘汰されることはなく、むしろ維持され広がる可能性さえあります。したがって、もし長生きしたければ老化関連疾患の発生を促進する要因を人為的に減らすしかありません。生殖年齢を終えたあとに増えてくる疾患を予防する方法として、糖質摂取を減らしインスリンの働きを抑制することは有効です。