掲載19 自己とは?非自己とは?(19) パイエル板
免疫能とパイエル板
ところでラットやマウスでは、パイエル板は粘膜面からよりも小腸の外側である漿膜面から簡単に確認できます。パイエル板をはじめ扁桃腺、リンパ節、脾臓、骨髄は加齢や栄養不良とともに萎縮します。これらの現象は、とりもなおさず免疫系の病的萎縮現象ならびに病的加齢つまり老化現象にほかなりません。従いまして、動物実験で免疫系の活動をどのような指標で測定するかという問題ではパイエル板の存在は注目に値します。
例えば動物実験系で抗がん剤の副作用である免疫抑制状態を測定する場合、骨髄に注目することが多いです。しかし体中の骨をイチイチ割って中身を調べなければなりません。なぜなら、骨髄の状態は部位によって細胞の密度や分布が異なります。全身の骨髄を調べても数値化することがむずかしいので、免疫能の正確な評価は出来ません。その点、パイエル板の数は小腸を外側から調べて見つけやすく、容易に大きさが測定できます。したがって、免疫能を数値化し、評価しやすいのです。
パイエル板のM細胞とは
パイエル板研究のパイオニアであるアルバート・ジョーンズ博士らはパイエル板の電子顕微鏡的観察から不思議な上皮細胞を発見して、M細胞と名付けました。この細胞は食べ物の消化管内容物以外の異物を体内に取り込む作用があります。この細胞は通常の上皮細胞の取り込むものよりはるかに大型の分子類を取り込んでしまいます。一般的に消化管はアミノ酸やブドウ糖、脂肪酸などの食べ物の最小単位に消化されないと吸収されないことになっていますが、パイエル板のM細胞の働きはその例外ともなる高分子の体内流入路となることがわかってきました。これは非自己物質の体内流入経路を意味していることになります。流入してきたさまざまな抗原物質を上皮細胞の一種であるM細胞が貪食あるいは、通過させます。抗原物質が近くに存在するマクロファージの樹状細胞によって貪食され、消化された抗原断片をTリンパ球とBリンパ球たちに提示することで、免疫系が働き始めます(作動)。さらにそれ以外に入ってくる消化管からの異物抗原は門脈を介して肝臓に運ばれていきます。肝臓の中には、血管壁に沿って特殊なマクロファージ系の細胞(クッパー細胞=Kupffer)が分布しており、これが貪食と抗原提示することで消化管からの異物抗原に対して免疫的防波堤となっています。
食物アレルギーの場合には、食べ物の中の消化しにくい物質がM細胞を介して体内に侵入することで抗原刺激が成立することになりましょう。抗原の感作と誘導により獲得免疫現象のクラススイッチがIgE免疫グロブリンになりやすいと、I型アレルギー現象が起こることになります。この場合には粘膜組織内には好塩基球から分化した肥満細胞と好酸球が重要な役割を演じ、これらの免疫細胞とサイトカインそして消化管壁の自律神経系との密接な相互作用がアナフィラキシー現象の主役となります。