ドクターからの健康アドバイス

掲載2  花粉か、細菌か、ウィルスか、自己とのちがいとは?

花粉症で悩んでいる人々、特に小学生、中学生がどんどん増えているという報道があります。環境が良くなり、食生活も豊かになり、衛生面や医薬状況は改善してきたにもかかわらずの事実です。

今から60年、70年前の私が小さかったころは、花粉症やアトピーはまれな病気で、私も青っ鼻汁をたらしたガキの一人だったかもしれません。疫痢や赤痢、肺結核や寄生虫症といった感染症、高血圧性脳出血が身近な病気だったと記憶しています。がんは比較的稀な病気でした。当時の都市郊外では、田畑で牛や馬が使役され、彼らの排泄物や人糞がまさに有機肥料として利用されていました。道路の舗装もまだ珍しく、土ぼこりの道を通学していたことを覚えています。環境は、決して現在ほど清潔であったわけではありません。
こうした状況を細胞性免疫現象と液性免疫現象の立場からフィールドワークで得た資料をまとめて一つの仮説を立てた論文が世界にとどろかせました。当時の京都大学の研究者であった白川先生の仮説あるいは「衛生仮説」ともいわれます。
先生の仮説について説明しましょう。当時の日本人は結核症、寄生虫感染の頻度が高かったということは、細胞性免疫が優位に誘導されていた環境であったと推定しました。その状況は抗生物質の普及により感染症世界は大きく変わってきました。細胞性免疫優位から液性免疫優位な日本人に変容してきたという仮説です。免疫系は、環境から刺激される抗原物質によって、免疫反応が細胞性免疫優位になったり、液性免疫優位になったりするという仮説です。

ヒトをはじめ動物の免疫系は、侵入する抗原物質によって、免疫細胞が主体で働いて排除しようとするしくみと、抗体産生して抗原-抗体-補体という免疫複合物にしてマクロファージが貪食するという「オプソニン作用」で排除するという仕組みが備わっています。これは、からだの免疫系のスタートであるマクロファージの指令です。例えば、インフルエンザウィルスが抗原刺激だと、自然免疫系のマクロファージが貪食した後、抗原提示をTリンパ球とBリンパ球に情報を与えて、液性免疫系が働いて抗体を産生します。一方、結核菌が抗原刺激だとマクロファージは、それを貪食して抗体産生をする指令が出せず、細胞性免疫システムのTリンパ球に指令を出して反応せざるを得ません。結核菌の菌体膜は他の細菌とは異なり脂肪の多い特殊な構造抗原なので、簡単には抗体産生するしくみが働かず、結核菌に対してワクチンができないわけです。異物のさまざまな抗原物質に対応して免疫系は生体防御していることになります。

一方、花粉症に話を戻しますと、環境からの抗原刺激が変容すると、免疫系も細胞性免疫、液性免疫の優位がシーソーの様に変化します。結核や寄生虫の抗原刺激が緩和されると、免疫系も変容してきます。第二次世界大戦以降、都会に近い山々では杉の植林が行われたそうです。また建築資材の材木の加工処理中にホルマリン、トルエンなど化学薬品が防カビあるいは木材保存剤が浸み込んだ建材を使うようになり、密閉された住居空間に代わってきました。昔は障子や窓枠の隙間風の多い家屋でした。密閉されたサッシの多い建物ですと屋内の抗原物質の拡散が起こりません。

日本人の若い世代の免疫系は、私の様な老人の免疫系とはかなり違った生体防御系ではないかと推測されます。アナフィラキシーにいたる過剰反応を起こすI型のアレルギーシステムです。これは環境に対して、アラーム反応が起こっているのです。花粉症、食物アレルギー、ハチアレルギー、ペニシリンショック、造影剤過敏反応などの他に気管支喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー、金属アレルギーなどなど。繰り返す抗原刺激が皮膚、鼻粘膜、気道系粘膜、口腔粘膜、消化管粘膜に接触した抗原刺激が免疫系を揺さぶり、抗原刺激が全身反応となっていきます。このアレルギー反応は逃避反応と同じではないでしょうか。即時型アレルギーの「アナフィラキシー反応―死」は究極の逃避反応です。
このアレルギー反応では、液性免疫の主役である免疫グロブリンはIgEという種類です。抵抗力といっている免疫グロブリンはIgM(自然免疫)、IgG(獲得免疫)、IgA(粘膜免疫)たちです。自然免疫のIgMが、次の抗原刺激で「クラススイッチ」という現象により各々の免疫グロブリン産生の形質細胞にバトンタッチして、抗体産生が起こります。この「クラススイッチ」はランダムなので、環境からの影響でも起こりえることから、現在の液性免疫社会が形成されてきたと考えられています。

基本的に、私たちのからだは自分の皮膚を自分の他の場所に移植しても当たりまえのように全く反応しないで移植できます。ヒトの皮膚は簡単には移植できません。19世紀のドイツで、このことを深く洞察したポール・エーリッヒ教授は「ホラー オウトトキシクス=自己中毒回避」なる言葉で表現して、「自己と非自己」という免疫理論の神髄を示しました。その後「寛容と拒絶」という免疫現象の表現につながります。次回は風邪、天然痘とSARS、MERSについてお話しいたします。

ドクタープロフィール

浜松医科大学(第一病理) 遠藤 雄三 (えんどう ゆうぞう)

経歴

  • 昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。
  • 虎の門病院免疫部長、病理、細菌検査部長兼任後退職。
  • カナダ・マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授となる。
  • 現在、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問、看護学校顧問。
  • 免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、現在に至る。

<主な研究課題>
生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学

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