ドクターからの健康アドバイス

掲載4  からだの防御システム(4)免疫ホメオスタシス/感染症と炎症

はじめに

新型インフルエンザウィルス感染のニュースは真冬の現状で下火になりましたが、いまだに脅威であることは間違いありません。現在ワクチンの供給がだぶついているといったニュースは、たった半年前のパニック状態と同じ国民かといった感じで見られてもしかたがありません。

いまこそ免疫学の基本にもどって、ワクチンの二回接種を実施した方がよいと筆者は考えます。これを受けた方は今後ともしばらくは抵抗力を維持することが できます。しかし、からだの側の免疫反応として、きわめてまれな個人にアナフィラキシーという過剰免疫反応を起こしうることだけは用心すべきでしょうが。 これについて後に詳しくお話します。

こうした抵抗力はワクチン(能動免疫という)によってゆり動かされた免疫系全体としての反応で、各個人でその効果は当然異なります。なぜなら、からだを守る防御反応が数十億個の免疫細胞たちの複雑なクロストーク(細胞同志の分子レベルでの話し合い)の中で免疫記憶という形で維持されており、これを維持し抵抗力とするためには免疫バランス(免疫ホメオスタシス)に組み入れられなければならないからです。

イメージにすると、御神体を乗せてお神輿ワッショイと担いでいるようなものでしょうか。担い手が弱ったり、数が減ってしまうと効果は弱くなってしまいま す。これを維持する大いなる力になるのは鋭い効果のクスリではなく、出来るだけ鈍く広く反応する適切な食べ物あるいは食べ物の複合的なエッセンスの濃縮さ れた形のサプリメントにほかなりません。

免疫ホメオスタシス

そもそもホメオスタシスとは生体の根本的な現象で、日本語訳ですと「内部環境の恒常性」という難しい言葉となります。アンパンマンを生み出したヤナセタ カシさんの作詞した歌に「手のひらを太陽に透かして見れば、、、」とありますが、皮膚の下の内部環境を適切に表現しています。

またこのような内部環境は消化管という全長約9メートルもある外部環境(非自己の世界)に接する粘膜表面の下にも存在し、いわばからだの中(自己の世 界)という場所全体を指します。内部環境が常に一定に保たれるしくみが、一人のからだを構成している数十兆のすべての細胞が生きている状態なのです。

ちなみに医学専門系の学生諸君は最初の一年間にみっちりとこのホメオスタシスの洗礼を受けなければ、進級できません。

筆者はこれと同じような生理学的現象が免疫系にも存在していると考えており、それを免疫ホメオスタシスと名付けています。このような免疫ホメオスタシスというとらえ方に異論があるかもしれませんが、ここで独断的かつ大胆に提案いたします。

免疫ホメオスタシスは単細胞系という血液細胞やリンパ球細胞という原始的な細胞集団の働きで支えられています。この系の細胞たちは血液や リンパ液などの体液の中で個々バラバラに生きています。これらの細胞集団は人体というひとつの世界では大変ユニークな集団であり、特別に進化したからだを 守る生体防御系であります。

つまり、あらゆる外敵(「非自己」)に対して「自己」の健康状態を維持している生理学的の防御システムといえるのです。これらのユニークな細胞たちについて、次章の第5章で詳しく説明しましょう。

免疫システムにゆさぶり(ユラギ)をかけて過剰に反応させて炎症反応をひき起こすもの、いわば「炎症の起爆剤」は私達のからだのあらゆる細胞の細胞膜に組み込まれており、それがアラキドン酸という脂肪酸でいわゆる脂質の一つなのです。これについても後ほどくわしくお話しましょう。

免疫ホメオスタシスのユラギ

健康状態にも病的状態にも「ピン」から「キリ」まであるのはご存知でしょうか。両者にはあいまいな境界があるだけです。たとえ病的状態に落ち込んでも、 多くの場合自然治癒力(免疫ホメオスタシス)のはたらきで大事にいたらずに健康状態の「キリ」の状態に復元しているのです。そして「ピン」の健康状態にな れば、万々歳となりましょう。これを免疫ホメオスタシスのユラギというイメージで理解できないでしょうか。

「免疫学はむずかしくてわかりづらい!」

「免疫学って考え方が先行しているだけで、哲学みたいでわかりづらい!」
「動物のからだの中で起こっていることでしょう?」
といった感想をしばしば耳にします。

一方炎症についてはこれと全く逆で、「炎症なんて起こらなけりゃいいのに!」「赤くはれて、痛いだけじゃない!」「花粉症なんてこりごりよ、これって炎症でしょう?」。みなさんには炎症は身近なことで、忌み嫌われています。

いずれも的を射た感想ではありますが、いずれの常識も正しくはありません。 炎症は人類の歴史のはじめからのおつき合いです。炎症は人類だけに起こっている高等な現象ではなく、脊椎動物から哺乳類動物までほぼ共通する生物現象です。ですから炎症は動物にも当然起こっており、かわいいペットにも起こっているわけです。

炎症って何者?というと古代ギリシャ、ローマ以来の「発赤」「発熱」「疼痛」「腫脹」そしてそれらに伴う「機能障害」というお題目となります。要するに皆さんが日常怪我をした時やニキビの思い出そのままです。

感染症と炎症

医学史的にみますと、病理学の根幹である古い「炎症論」は感染と切っても切れない関係にありました。ですから、筆者が医学生のころは免疫学という分野が まだ「血清学」と呼ばれて卵からヒナにかえる時期であり、いまだ炎症が完全に解明されていませんでした。つまり、私自身よく分かっていなかったわけです。

当時は、炎症は感染によって起こるものと感染と無関係に起こるものと分けて考えていました。現代人でも常識として、多くの人々はその様に考えているのではないかとおもわれます。これは決して誤りではありません。その理由を以下に述べましょう。

人類の歴史は感染症との壮絶な闘いといっても過言ではありません。今回の新型インフルエンザウィルス感染におびえる現在はまさにそれを具現しているといえましょう。天然痘、コレラ、ペスト、赤痢や毒素産生大腸菌0-157型は急性伝染病という形で人類を襲ってきました。

中世ヨーロッパではこうした急性感染症でヨーロッパ大陸の人口のほぼ1/3が減少してしまったという悲惨な出来事が記載されています。「死の舞踏」といった題材が芸術表現となった時代でした。

日本でもさまざまな伝染病がひろがり、幼児期の急性の死亡原因となりました。京都の祇園祭をはじめ日本の伝統的な多くのお祭りは、無念にもあの世に旅立った多くの人々への手向けと「無病息災の願掛け」でしたから。

一方で、梅毒、結核、ハンセン氏病(古くはライ病)は別な形、つまり慢性に経過してじわじわと死に至らしめるという忌み嫌われた病いでした。古くはキリ ストの教えにある「愛」もライ病とは切っても切れないかかわりがあります。こうした感染症が微生物によるものだと人類が確信するのに、19世紀まで待たな ければならなかったのです!

このような歴史的な教訓から「感染がこわい炎症をひき起こす」と考えて当然だったとおもわれます。ここ数十年の医学生物学の進歩から、本来のからだに備 わった防衛体制として免疫現象が学問的に捉えられてきた経緯があります。炎症をひき起こすものは体内に内在していることが証明されました。

炎症の温故知新

たしかに、日焼けやタンコブは細菌感染もないのに炎症を起こします。細菌感染があろうとなかろうとからだを防御する反応には変わりありません。結論的には全ての細胞膜に存在するアラキドン酸が炎症の起爆剤だということになりました。

この物質は大きく三つのシステム(プロスタグランデイン系、ロイコトリエン系、トロンボキサン系)に分解、展開して、雪崩現象となって炎症反応として現れます。この過程で血液細胞たちはさまざまにはたらき、分担をしていきます。

ですから、すべての細胞は炎症をひき起こしうることがわかったわけで、かっての病理学の教科書は革命的に変更せざるをえない現状です。このシリーズは、ある意味では最先端の医学生物学をあつかっているといっても過言ではありません。

いままで「免疫、炎症の森」についてお話してきました。いよいよ「免疫、炎症の木々、樹木」について説明できる段階となりました。免疫ホメオスタシスや 炎症を起こす細胞たちや組織についてイメージしていただけるように理解を深めていただきましょう。ガッテンして「知識を知恵」にしていただきたくおもいま す。

ドクタープロフィール

浜松医科大学(第一病理) 遠藤 雄三 (えんどう ゆうぞう)

経歴

  • 昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。
  • 虎の門病院免疫部長、病理、細菌検査部長兼任後退職。
  • カナダ・マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授となる。
  • 現在、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問、看護学校顧問。
  • 免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、現在に至る。

<主な研究課題>
生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学

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