近年、大きな社会的関心を集めている「働き方改革」。従来の長時間労働を改善するために様々な議論が交わされています。今回は、長時間労働が健康にもたらすリスクについて、日本とフィンランドの研究から考えます。
心筋梗塞の発症リスク
国立がん研究センターなどの研究では、日本人の中年男性は、1日11時間以上の長時間労働をすると心筋梗塞の発症リスクが高まる可能性があることが示されました。研究の詳細は、「Circulation Journal」2019年3月6日オンライン版に掲載されました。これまでの研究で、長時間労働は心身ともに健康状態に悪影響を及ぼし、心血管疾患の発症や死亡リスクの上昇と関連することが報告されていますが、日本人を対象とした研究は限られていました。研究グループは今回、研究に参加した40~59歳の男性約1万5,000人を長期にわたり追跡したデータを用いて、労働時間と心筋梗塞および脳卒中の発症との関連を検討しました。
研究では、ベースラインとした1993年に全国5地域に在住した40~59歳の男性1万5,277人を対象に、中央値で20年間追跡しました。研究開始時および10年後に実施したアンケート結果の労働時間から、参加者を1日の労働時間で4つのグループ〔7時間未満、7時間以上9時間未満(基準)、9時間以上11時間未満、11時間以上〕に分けて、急性心筋梗塞の発症リスクを評価しました。その結果、追跡期間中に212人が急性心筋梗塞を発症し、1日の労働時間が「7時間以上9時間未満」だった群と比べて、「11時間以上」だった群では急性心筋梗塞の発症リスクが1.63倍であることが分かりました。これらの結果について、研究グループは、長時間労働による睡眠時間の短縮や疲労回復が不十分であることのほか、精神的ストレスの増加が一因ではないかと推測しています。
長時間労働とアルコール乱用
これに加えて、フィンランド労働衛生研究所(ヘルシンキ)のMarianna Virtanen氏による国際的な大規模研究では、長時間労働はアルコール乱用リスクを上昇させることが明らかになりました。労働時間が週35~40時間の人に比較して、週49~54時間の人では過剰飲酒になるリスクが13%上昇しており、週55時間以上の人では12%上昇することもわかりました。この研究は「BMJ」オンライン版に2015年1月13日に掲載されました。
Marianna Virtanen氏は、「飲酒によって、ストレス、抑うつ、疲労、睡眠障害などの労働に関連する症状を軽減しようとするのだと思う」と指摘しています。同氏によると、1週間あたりの飲酒量が女性で14杯超、男性で21杯超であれば過剰飲酒と考えられ、肝疾患、がん、脳卒中、心疾患や精神障害などの健康リスクが上昇する可能性があるということです。米ノースカロライナ大学チャペルヒル校精神医学教授のJames Garbutt氏は、「長時間労働と過剰飲酒リスクの関連性は、非常に強いエビデンスがあるようだ。労働者に長時間労働をさせる前に慎重に考慮する必要があるというのは合理的な考えだろう」と述べています。
若年層の糖尿病
また、長時間労働は、睡眠不足や不規則な食生活などの生活習慣を伴う場合が多く見られます。「若いから、多少は大丈夫」と思われがちですが、これらの生活習慣は、若年層であっても健康に悪影響があるようです。金沢城北病院(石川県)内科の莇也寸志氏らの研究グループの調査では、若年男性の2型糖尿病患者では、週60時間を超える長時間労働と朝食を抜いたり、夜遅い時間帯に夕食を取るといった不健康な食習慣は血糖コントロール不良をもたらす可能性のあることが分かりました。詳細は「Journal of Diabetes Investigation」2018年4月17日オンライン版に掲載されました。
研究グループは今回、40歳以下の若年成人の2型糖尿病患者を対象に、労働条件(労働時間と職種、雇用形態、シフト勤務)と不健康な生活習慣(朝食を抜く、遅い時間帯に夕食を取る)が血糖コントロール状況に及ぼす影響について調べる研究を実施しました。その結果、男性の勤労者では朝食を抜くと同時に遅い時間帯の夕食を取る習慣、週に60時間を超える労働時間が血糖コントロール不良と関連する因子の一つとして浮かび上がりました。
以上の結果を踏まえて、研究グループは「若年男性の2型糖尿病患者では、週60時間を超える長時間労働や、朝食を抜く、遅い時間帯に夕食を取る、といった食習慣は血糖コントロール状況に悪影響を与える可能性がある」と結論づけています。