言葉による暗示—、すなわち催眠療法で、痛みやストレス、悪癖の改善など、疾患の引き金となる要因を除去する。近年、こうした試みが医療現場で進んでいる。米国における催眠療法(ヒプノセラピー)の現状を報告する。
公的医療機関で催眠療法を採用
現在、催眠療法は米国の医療現場で急速に浸透している。
例えば、American Society of Clinical Hypnosis(ASCH)のメンバーは医科、歯科、心理学などの博士号を取得しているが、ASCHの認可する催眠療法のトレーニングを最低20時間受講しなければならないとされている。
また、American Psychotherapy and Medical Hypnosis Associationでも医師に6~8週間の催眠療法のコースを設定し、証明書を与えている。
催眠(hypnosis)は、「sleep(睡眠)」を意味するhypnosが語源。催眠療法を行うセラピストは、 トランス状態と呼ばれる深いリラクゼーションに患者を誘い、患者の意識を意図的にコントロールし、身体および精神機能への介入を試みる。
NIH(米国立衛生研究所)、慢性の痛みの緩和に催眠療法を推奨
トランスという変性意識状態では、被暗示性が高まることから、古代よりシャーマン(呪術師)が儀式の中で用いてきた。
「催眠」という言葉が最初に登場したのは1700年代になってから。オーストラリアの医師、Franz Anton Mesmerが治療技術に応用したのがはじまりと云われている。
Mesmerは催眠により、頭痛や関節の痛みなどの軽減をもたらしたが、当時は、「非科学的、詐欺」と揶揄されたという。催眠療法が市民権を得たのは1900年代半ば。精神科医、Milton H Ericksonが治療の中で用いてから以降のことだ。
その後、1958年に、American Medical AssociationおよびAmerican Psychological Associationが催眠を有効な医療手段として認める。1995年には、National Institutes of Healthでも、慢性の痛みの緩和に催眠療法を推奨する。
催眠療法とは
人は周囲で起きた事象をまず記憶する。しかし脳に潜む記憶には、すでに同様な記憶が刷り込まれている場合もあり、さまざまな事象に対して、心地良さではなく、不快な感情を抱く場合がある。
セラピストは、そうした不快な感情を患者に想起させ、記憶から引き離し、替わりに健全な記憶を新たに植え付けていく。
催眠療法中は、体はリラックスし、意識は一点に集中し、神経は研ぎ澄まされる。他のリラクゼーション療法と同様、血圧や心拍が下がり、アルファ波やシータ波といった、リラックスを示す特有の脳波が出てくる。
こうした状態では、人は非常に被暗示性が高まる。喫煙を望んでいる場合、タバコの味がキライになるような暗示をセラピストが与えると、禁煙に成功する例も報告されている。
さらに、セラピストは、患者に自己催眠を指導し、自身で意識をコントロールできるようにする。催眠療法の各セッションは通常1時間で、4~10セッション受けると症状の改善が見られるといわれる。
自己催眠で鎮痛剤が減少という報告も
催眠療法は、ストレスや痛みを取り除き、リラックスを高め、免疫システムの改善に繋がる、といった効用があり、救急治療から外来治療、歯科治療に至るさまざまな医療現場で用いられている。
Gastroenterology誌(2000年)に掲載された研究によると、消化不良を起こしている患者126人に催眠療法か、あるいは通常の治療剤を与え、16週間観たところ、催眠療法グループは症状を示すスコアが59%減少したことが分かったという。
The Lancet誌(1992年)に掲載された研究で、過敏性大腸炎(IBS)患者18人に催眠療法を施したところ、結腸の動きが調整され、下痢や痛みを抑えられたという報告もある。
また、Journal of Cardiovascular Surgery誌(1997年)に掲載された研究では、心臓バイパス手術が予定されていた患者32人に手術前に、自己催眠を指導したところ、術後のリラッ クス度が増し、鎮痛剤投与も減ったことが分かったという。
最近では、ダイエットプログラムに催眠療法を採用するところもある。催眠療法自体が体重の変化に影響を及ぼすという科学的な裏付けはないものの、食生活や運動などライフスタイルの改善からダイエットに繋がることは報告されている。
催眠は比較的、大人より子供の方がかかりやすいことから、子供の行動障害やPTSD治療などに用いられることが多い。セラピーでは、子供に自己催眠を指導し、リラックス状態へと導き、悪習慣や問題行動の改善を図るという。