古来より、祈りはストレスを緩和し、精神や身体機能にも良い影響を与えるといわれている。近年では、「精神神経免疫学」といったアカデミックな研究領域で、各種疾患やがんにも作用することが明らかになりつつある。アメリカで、公的医療機関も注目する「祈りの療法」の近況を報告する。
相補・代替医療の中でもトップの利用者数
アメリカで、代替療法を調査・研究するNational Center for Health Statistics and NCCAMが2004年に発表した調査報告によると、代替療法の利用者は62%で、そのうち最も多かったのが、「祈祷者に健康を祈ってもらう」で45%、次いで「自分で自身の健康を祈る」43%、「他の人の健康を祈る」25%という結果が出た。
調査は、全米の18歳以上、約3万1000人を対象にカイロプラクティクス、鍼療法、食餌療法、祈り療法など27種類の代替医療の利用度を調べたもので、全米の6割以上が何らかの代替医療を利用しており、中でも、「祈り療法」が最も利用度が高いことが明確となった。
近年、現代医学において、ストレスと身体機能の相関に注目が集まる中、治療法として瞑想やヨガなどスピリチュアリティ分野への関心が高まり、研究が盛んに行なわれるようになった。
米政府医療機関に属する相補・代替医療の研究機関、National Center for Complementary and Alternative Medicine(NCCAM)では、現在、精神と身体機能の相関を解明する研究を優先分野とし、中でも、「祈り」によるスピリチュアルなパワーは、身体機能に好ましい影響を及ぼすとみなし、スピリチュアリティ治療の研究支援を行なっている。
当面の研究目標としては、QOLの改善、免疫システムの強化、重症の慢性心臓病や末期患者のアシストなどに焦点を当てている。
祈祷による治癒効果とは
今後、この分野に期待がかかるとはいえ、祈祷者や祈祷方法についてのコンセプトや定義はまちまちで、論議が多く、課題は山積みといえる。
そうした中で、1999年Archives of Internal Medicine(10月25日号)に掲載された研究は専門家の関心を引いた。Saint Luke’s Hospital研究者グループによるもので、入院中の虚血性疾患患者を、祈りを行うグループ(466人)と行わない対照グループ(524人)に無作為に 割り当て、祈祷グループの患者には、ボランティアの祈祷チームを割り当てた。祈祷チームは患者の「合併症が併発せず、早い回復」を28日間、毎日祈り続け た。ボランティアの祈祷チームの構成は、プロテスタント、またはカソリックが38%、英国国教会系が27%、無宗派のキリスト教徒が35%となっている。
祈祷チームに知らせられたのは患者のファーストネームのみ。患者の診断や病状に関する情報は一切与えられていない。患者本人、また医師らにも患者が振り分けられるグループを知らせないばかりか、研究が実施されていることも伏せられた。
入院後に発生した新たなイベント(診断、合併症、医療行為)を、その重症度合い(死亡6点から抗生剤使用を1点まで)でスコア付けした合計点は、対照グループが平均7.13点だったのに対し、祈祷グループでは6.35点と10%の改善が見られたという。新たなイベント数を加算した場合でも、対照グループ は3.0回、祈祷グループでは2.7回と、同じく10%改善。ただし、平均入院期間は、対照グループ5.97日、祈祷グループ6.48日で有意差はなかっ たという。
一方で、疾患治癒に影響ナシという報告も
しかしながら、その一方で、祈祷自体は手術回復に何の影響も与えない、という研究結果も報告されている。American Heart Journal(2006年3月号)に掲載された研究では、心臓バイパス手術患者に対する祈祷の影響を調べている。
全米学術メディカルセンター6ヶ所から心臓バイパス手術を受ける患者1,800人を無作為に次の3グループに振り分けた。1)患者は祈祷チーム(70人)に祈ってもらうが、「祈られる」、「祈られない」の違いを告げられる(604人)、2)患者は祈ってもらわない(その事実を告げられる)(597人)、3)患者は全て祈ってもらう(その事実を告げられる)(601人)、というもの。祈祷チームは「手術の成功および合併症が起こらず素早い回復」を、 手術前日の真夜中から祈り始め、手術後14日間続けた。
結果、合併症の発生率は、祈祷を受けた患者の52%(604人中315人)、受けなかった場合(597人中304人)も51%と差異は見られなかった。 また、祈祷されていることがはっきり分かっている場合の合併症の発生率は59%、祈祷されている事実を知らない場合が52%と、特に「祈り」が影響を及ぼ していないことが明らかとなった。