健康的な食生活を送っている人は年を取っても脳の健康を維持しやすい――。当たり前のように思えることかもしれませんが、科学者たちはその理由を明らかにできていませんでした。しかしこのほど、その答えとなり得る研究結果が発表されました。この研究によると、健康的な食事は生物学的老化のスピードを遅くし、脳機能の保護に役立っている可能性があるといいます。論文の筆頭著者である、米コロンビア大学アルツハイマー病・加齢脳タウブ研究所のAline Thomas氏は、「われわれの研究では、より緩徐な老化速度が、健康的な食事と認知症リスク低下との関係の一部を媒介していることが示唆された」と述べています。この研究の詳細は、「Annals of Neurology」に2月26日掲載されました。
Thomas氏らは今回、健康的な食事は生物学的老化を遅らせ、それにより認知症の発症リスクが低下するという仮説を立て、フラミンガム心臓研究のデータを用いてこの仮説を検討しました。フラミンガム心臓研究は、心血管疾患リスク因子を評価する目的でフラミンガム町在住の男女5000人以上、3世代のコホートを対象に1948年に開始された大規模研究で、現在も継続中です。今回の報告では、1971年に開始された第二世代コホートのうち、60歳以上で認知症がなく、食事、エピジェネティクス(生物学的老化の計測に必要)、および追跡データのそろう1,644人(平均年齢69.6歳、女性54%)が対象とされました。これらの対象者は、4~7年おきに9回の追跡調査を受けており、調査ごとに身体診察を受け、ライフスタイルに関連した質問票へ回答するとともに、血液採取と、1991年以降は神経認知テストも受けていました。5回目(1991~1995年)から8回目(2005~2008年)の調査時の食事内容から、MIND(マインド)食の遵守状況の指標となるMIND食スコアが算出されました。
MIND食は、生活習慣病の予防に良いとされる地中海食に、高血圧予防を目的としたDASH(ダッシュ)食を組み合わせた食事法で、アルツハイマー病の予防に効果があるとされています。MIND食では、全粒穀物、野菜、ナッツ類、豆類、葉物野菜、魚、家禽肉などの脂身の少ない肉を多く摂取する一方で、赤肉、砂糖の多い食品、飽和脂肪酸やトランス脂肪酸の多い食品は避けるようにします。
8回目の追跡調査から2018年までの記録を用いて認知症の発症と死亡率について調査したところ、140人(8.5%)が認知症を発症し、471人(28.6%)が死亡していました。解析の結果、MIND食スコアが高いほど生物学的老化の速度が遅くなり、認知症の発症リスクが低下することが明らかになりました。具体的には、MIND食スコアが1SD増加するごとにDunedinPACEと呼ばれる老化速度の指標が0.20SD遅くなり、10,000人当たりの認知症発症数が33.6例減少するという結果が得られました。媒介分析からは、健康的な食事と認知症発症リスクの低下との関連性のうちの27%相当が老化の遅れに起因すると推定されました。
論文の共著者である、コロンビア大学公衆衛生大学院のDaniel Belsky氏は、「認知症と栄養素の関連についての研究の多くでは、特定の栄養素が脳に与える影響に焦点が当てられてきた。これに対してわれわれは、健康的な食生活を送ることで体全体の生物学的老化速度が遅くなり、それが認知症の発症に保護的な効果をもたらすという仮説を検証した」と話します。
上記のような結果が得られたものの、Thomas氏は、「食事と認知症の関連については、まだ解明されていない部分があるため、十分に計画された介入研究で、脳特異的なメカニズムについて引き続き検討する必要がある」と述べています。