最近、多くの方が死傷する痛ましい交通事故のニュースを目にします。
私が勤務している栃木県でも昨年、小学生6人が死亡するという交通事故が発生しました。その原因は、運転者のてんかん発作による意識障害だそうです。このように、交通事故も運転者の体調変化によって生じるのです。
ここで自動車の運転と病気の発症について考えてみます。これまで、自動車事故原因の多くは運転者の前方不注意などのヒューマンエラーと考えられてきました。しかし、運転中の急激な体調変化によって運転操作に支障をきたし、結果的に事故につながることがあるのです。
諸外国の報告によると、死亡事故の約1割以上が運転者の体調変化で生じるそうです。さて、それでは一体どのような病気が多いのでしょうか。業務中に病気を発症して運行が継続できなくなった職業運転者を対象にした調査では、脳血管疾患(脳卒中)が28.4%と最も多く、心疾患が23.2%と続きました。
すなわち、これらで半数以上を占めていたのです。さらに、これら病気を発症した人のうち36.0%が発症直後に死亡していました。一方、自動車運転中に突然死亡した人について調査した報告によると、原因疾患として虚血性心疾患が71.7%と最も多く、以下、脳血管疾患と大動脈疾患が10.9%ずつと続きました。
やはり虚血性心疾患と脳血管疾患で大部分を占めていたのです。このように心疾患や脳血管疾患を引き起こす危険因子といえば・・・、高血圧、耐糖能障害、脂質代謝異常といった、いわゆる生活習慣病なのです。
例えば高血圧を例に挙げます。平成18年度の国民健康・栄養調査によると、高血圧症患者は全国で3970万人であり、国民全体の31%を占めています。しかし、40歳~74歳の高血圧の人のうち、実際に降圧(血圧を下げる)治療を受けていた人は22.9%と低かったのです。
また、降圧治療を受けている人の約半数以上では、血圧管理が不十分であったそうです。したがって、多くの人がコントロール不良な高血圧の状態であることになります。高血圧は様々な疾患の発症に影響を及ぼしますが、厳格な降圧管理を行うことは、脳血管疾患や心疾患の罹患率や死亡率低減につながるのです。
わが国の疫学調査研究をまとめた報告によると、国民全体の平均収縮期血圧が2mmHg低下することで、脳卒中による死者は9127人、虚血性心疾患による死者は3944人低減でき、さらに脳卒中罹患率を6.4%、虚血性心疾患罹患率を5.4%低下させることができるそうです。
したがって、生活習慣の是正や治療薬を内服することによる積極的な降圧治療が行われれば、自動車運転中の病気発症も低減されるのではないでしょうか。
さて、運転中に病気が発症すると、制御がきかない自動車が走行することになります。すなわち、運転中に病気が発症すれば高率に事故につながり、交通社会参加者を危険にさらすことになるのです。健康になると交通事故死傷者が減る所以をご理解頂けたと思います。
滋賀医科大学 教授
一杉 正仁(ひとすぎ まさひと)氏
1994年、東京慈恵会医大卒。川崎市立川崎病院勤務を経て東京慈恵会医大大学院修了、同大助手、獨協医科大学法医学講座准教授を経て、現職。国立大学法人滋賀医科大学医学部社会医学講座 法医学部門教授。医師、医学博士。日本法医学会法医認定医。日本法医学会評議員。
専門は血栓症突然死の病態解析、バイオレオロジー、予防医学。国際交通医学会東アジア地区担当理事、日本バイオレオロジー学会理事、日本交通科学会理事、日本医学英語教育学会副理事長などを務める。2010年、International Health Professional of the Year, 2010 受賞。いわゆるエコノミークラス症候群の原因究明、納豆による血栓症予防についての研究で広く知られており、代表著書に「ナットウプロテアーゼ」などがある。
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