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掲載70 音楽で脳機能を高める

超高齢化社会の到来により、認知症の増加が懸念されています。このような中で、音楽を利用した脳機能の改善に関心が高まっています。今回は、失語症のリハビリに用いられている音楽療法についてご紹介いたします。

音楽で、精神疾患などを治療 

音楽を鑑賞する、音楽に感動する、ということは非常に高度な脳の働きによってもたらされます。そのため、脳機能の改善に音楽が用いられる場合が多くあります。2015年9月16日(水)、有楽町朝日ホールで「第23回 脳の世紀シンポジウム 音楽と脳」が開催されました。この中で、佐藤 正之氏(三重大学大学院医学系研究科 認知症医療学講座 准教授)が、「神経疾患に対する音楽療法:音楽がもたらす脳の可塑性」と題して講演しました。

現在、音楽に反応する脳のメカニズムの研究は、以下の3点を中心に進められています。

  1. 人間がどのように音楽に反応し、感動をするのかという「鑑賞のメカニズム」
  2. 音楽を音楽として理解するために必要な「知覚のメカニズム」
  3. 演奏や高度な技術を獲得するための「演奏のメカニズム」

音楽を演奏するためには、繰り返し練習することが必要です。このような音楽の知覚や演奏の訓練は、脳障害のリハビリにも活かすことができるといわれます。

音楽で脳に可塑変化が生じる

今回の講演で、佐藤氏は「失語症」と「認知症」という2つの疾患に、音楽療法がどのように活かされているかを紹介しました。仮に、脳内の神経回路が切断されるようなことがあっても、適切な働きかけを行えば、可塑性によって新しい回路の獲得が可能になるというメカニズムがあります。

このような可塑性変化が、音楽によっても生じることが明らかになっています。プロのピアニストやバイオリニストは、優れた技術を獲得するために反復練習が必要ですが、これはアスリートがスポーツ技能を獲得するのとほぼ同じメカニズムで、脳に新たな回路が作られていきます。普通の人でも楽器の訓練を15週行うと、多くの場合、脳内に変化が起こる(新たな回路ができる)ことが証明されています。

失語症のリハビリで期待される「MIT」 

「失語症」や「認知症」も、このような脳の可塑性を利用することで、脳機能の回復やリハビリができるのではないかと考えられています。今回、佐藤氏らのチームは、失語症のリハビリにMITという音楽療法を用いた成果について報告しました。MITとはメロディック・イントネーション・セラピーの略です。この手法は1973年にアメリカで開発されたもので、「失語症になっても、馴染みの歌を流すと患者は歌唱することができる」という現象がベースになっていると言われています。

しかし、ただ馴染みの歌を繰り返し歌唱させるだけでは、それ以外の言語や基本的な発語機能を取り戻すことはできません。失語症は左脳の損傷により生じますが、音楽を理解するのは右脳の機能です。そこで、MITでは音楽のリズムやメロディーにより右脳を効果的に刺激し、左脳にアプローチしていきます。「おはよう」「こんにちは」といった簡単な言葉であっても、少し大袈裟な抑揚をつけ(本人の従来のイントネーションを基にするため、方言であれば方言で行う)、手でリズムをとりながら言葉を発するというリハビリを続けます。これによって、数週間後に発語能力の回復傾向が見られた事例もあるそうです。

一般的には、発語能力を回復するために簡単な単語からスタートし、ビルド・アップ方式で単語数を増やしていきます。しかし、MITでは音とリズムによる刺激を脳に与えることで、一度に複数の言語や短文が取り戻せるということです。現在、日本で脳梗塞や脳卒中による失語症患者はおよそ75万人と推定されています。MITのエビデンスについてはまだ解明されていないことも多いそうですが、慢性失語患者であっても改善が見られたという事例もあり、MITに期待が寄せられています。

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