健康豆知識

健康の温故知新

掲載16 微量放射線による健康効果

福島原発事故で放射線による健康への影響が連日報道されていますが、実は私達はふだんから宇宙や大地から自然放射線を浴び、食物から放射性物質を取り込んでいます。放射線は一度に大量に浴びると危険ですが、微量の場合はどうなのでしょうか。今回は、微量放射線による健康効果についてご紹介いたします。

アポロ計画から放射線ホルミシス

放射線は人体にどのような影響を及ぼすのか—。
1961年から始まった、米国ケネディ大統領による有人月面探査「アポロ計画」では、このことが大きな問題となりました。地上の100倍ともいわれる放射線(宇宙線)を飛行士たちが浴びることになるためです。

当時ミズーリ大学教授だったトーマス・D・ラッキー博士はNASAから宇宙飛行士の放射線被曝に関する研究を依頼されます。アポロ計画は1972年に終了しますが、その後もラッキー博士は研究を続け、1982年12月、「Health Physics Journal」(米国保健物理学会誌1982.12号)に200もの参考資料を付けた論文を発表します。

その内容は、「微量の放射線は免疫力を高め、生殖力など生命活動を向上させる」というものでした。ラッキー博士の説は、「放射線ホルミシス」(ギリシャ語の”ホルメ(刺激する)”に由来)と命名されます。

しかし、ラッキー博士の論文は、国際放射線防護委員会(ICRP)で受け入れられることはありませんでした。当時、放射線は大量であれ微量であれ、有害性に直線的な関係があるという「直線的無閾値仮説(直線仮説)*注1」を国連科学委員会(UNSCEAR)が支持し、1959年に、国際放射線防護委員会もそれを採択していたからです。

直線仮説(LNT仮説)については、「確たる情報に乏しい低線量の範囲について、放射線防護の立場からリスクを推定するために導入されたもの。低線量放射線の影響についてはよくわからないが、影響があると考えておいた方が安全側だという考え方に基づいたもので、科学的に解明されたものではないことから“仮説”と呼ばれている」(電力中央研 放射線安全研究センター)といいます。

1988年、電力中央研と岡山大医学部で共同研究を開始

国際放射線防護委員会は現在も、「放射線量に安全領域は無い、微量でもなんらかの生物学的な悪影響を発生させる」という直線仮説に準じています。ラッキー博士の提唱する放射線ホルミシスはこれを根底から覆すものでした。

ラッキー博士の説については、1985年に、100名を超える専門家がオークランドに集まり、「放射線ホルミシス・第一回国際シンポジウム」と呼ばれる会議で検討が行われています。

1988年には日本でも、電力中央研究所と岡山大学医学部が共同で放射線ホルミシスの研究を開始し、東大、京大、阪大など14の研究機関で10年以上に渡り動物実験を行いました。1995年までに、放射線の低線量域において、老化抑制、抗酸化、がん抑制、免疫活性などホルミシス効果が誘導されることが報 告、国連科学委員会や国際原子力機関(IAEA)からも注目されています。

放射線ホルミシス効果の検証 >

いまだ決着がつかない「直線仮説」を巡る論争

直線仮説を巡る論争は現在も続いていますが、低線量域での放射線の健康への有益性が明らかになるにつれ、国際放射線防護委員会の、放射線はたとえ微量でも人体に有害であるという直線仮説に基づいた厳しい放射線規制は、高線量における実験及び疫学的データに基づいたもので、低線量における生物応答での適合性は不明確であるとし、20世紀最大の科学上のスキャンダルと批判する科学者もいるといいます。

2000年10月、日本で低線量放射線研究センター(東京都狛江市)が設立され、2001年5月、設立記念シンポジウムが開催されました。この中で、低線量放射線における抗酸化物質の増強、DNA修復機能や免疫機能の活性化、発がん抑制などが報告されています。

実験では、セシウム137線源をマウスに1ヵ月ほど照射し、その後に発がん剤のメチルコラントレンを投与したところ、発がん剤だけを投与したマウスは216日経過した時点で約94%にがんが発生したが、線源から5mの距離に置いたマウスでは、がんの発生率が明らかに低く、がんの発生抑制が示唆されたといいます。

低線量放射線研究センター設立記念シンポジウム(2001.5.16)概要 >

放射線ホルミシスで評判のラジウム温泉

では、放射線ホルミシスのいう人体に有益とされる放射線量とはどれくらいなのでしょうか。私達はふだんから宇宙線やウランやトリウムなど放射性物質を含む岩石や大地から自然放射線を浴びています。また食物や飲用、吸引で放射線を発する放射性物質を取り込んでいます。こうした放射線量は日本では年間平均1.5ミリシーベルト(mSv)といわれます(世界では年間平均2.4ミリシーベルト)。ラッキー博士によると、こうした自然放射線の100倍程度がホルミシス効果の最適値といいます。*注2

放射線ホルミシスの実証例は数々あります。秋田県にある玉川温泉はがんや難病を抱えた人々が年間25万人ほど訪れ、長期滞在する湯治客も多く、予約を取るのも難しいといわれていますが、ここにある北投石(ラジウム鉱石)に横たわる岩盤浴や源泉に浸かることで、さまざまな病気の改善が期待できると評判になっています。

玉川温泉の効能については昭和初期に、東北大学、岩手大学などが研究を始め、玉川温泉関連の研究で12名の医学博士が誕生しているといわれます。ちなみに、岩盤浴では、0.4~2μSv/h(3.5~17.52mSv/年)、源泉では6~15μSv/h(52.5~131.4mSv/年)という放射線量です。

また、鳥取県の三朝温泉もラジウム温泉として知られますが、ここには岡山大学病院三朝医療センターが併設され、ラドン療法による診療や低線量放射線がもたらす免疫調整や抗老化作用などの研究が盛んに行われています。

三朝温泉地区の放射線量は年間で4~5mSvで、日本の平均1.5mSvの約3倍です。これまでに、三朝温泉地区と全国とがん死亡率を比較した37年間にわたる調査では、全がんの死亡率で全国平均を1.0とすると、三朝温泉地区では男性0.54、女性0.46と低い数値であることが報告されています。また、胃がんや肺がんもほぼ半分という結果が出ています。

世界でもこうした地域は点在します。中国の広東省にある陽江地区の地層はウランやトリウムを多く含む花崗岩や多く、自然放射線量も5.4mSv/年と高いですが、肺がんや胃がんの発生率が少ないことが知られています。

また、オーストリアのアルプス山系にあるバドガシュタイン温泉も有名です。洞窟内の坑道には自然界の3000倍といわれるラドンガスが満ち、ラジウムの放射線とラドンガスの吸引による療養が行われています。坑道入口には国営の病院があり、オーストリアやドイツでは健康保険が適用されるといいます。

2007年10月、統合医療に携わる医療関係者らを中心に、「ホルミシス臨床研究会」が発足されました。11月には、トーマス・D・ラッキー博士らが招かれ、横浜で国際シンポジウムが開催されました。今後、さらなる放射線ホルミシスの啓蒙と普及が望まれるところです。

放射線ホルミシス国際シンポジウム(2007.11.14)概要 >

注1:「直線的無閾値仮説(直線仮説)」 >
(財団法人 電力中央研究所 原子力技術研究所 放射線安全研究センター)
注2:放射線の安全レベル >
(一般社団法人 ホルミシス臨床研究会)

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