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掲載148 性ホルモンを知れば、健康長寿が見えてくる?東京都健康長寿医療センター講演取材リポート①

ヒトをはじめとする哺乳類には、生物学的な“性”を規定する仕組みが備わっています。「性ホルモン」は、男女の身体的特徴や体つきに影響を与えるのみならず、老年病、うつ、認知症やがんなどの病気の発症にも深くかかわっています。性ホルモンの機能について理解することは、私たちの健康を維持する上でとても有益な情報をもたらしてくれます。今回から、今年4月に開催された東京都健康長寿医療センター研究所セミナー「健康長寿を目指すために知っておくべき性ホルモンの働きと最新研究」より、同センター老化機構研究チーム専門副部長の高山 賢一氏の講演内容を全2回に分けて、ご紹介します。

健康長寿を支えるホルモンの役割 ― そもそもホルモンって何?

男性ホルモン、女性ホルモンというようにホルモンという言葉は、日常的に良く使われていますが、ホルモンについて正確に答えられる人はそれほど多くないと思います。ホルモンとは、内分泌腺から分泌される物質で、私たちの身体機能、身体のバランスを調整する機能があります。

病院の日常診療なんかでは、ホルモンに関係した病気、病態は非常に多いため、病院の採血では、まずはホルモンを計測することが一般的になっています。便秘や動悸、物忘れなどを引き起こす甲状腺ホルモン、高血圧の方は副腎から分泌されるホルモン、糖尿病や心筋梗塞が疑われる場合は、膵臓から出るホルモンであるインスリン、というように、お医者さんは、患者さんの症状の原因として疑われるホルモンを測定したりします。ホルモンは身体のバランスを整える上で非常に重要な役割を担っており、足りなくなっても、逆に多すぎても色々な不調につながると言われています。

男女で病気のかかりやすさが違う ― 原因は性ホルモンにあり

病気には性差があるという事は、意外と知られていません。実は男性がかかりやすい病気、女性がかかりやすい病気というものがあり、例えば新型コロナウイルス感染症は、女性より男性の方が圧倒的に発症しやすい (編集者注:正確には発症率の男女差は国ごとに様々に異なるが、重症化率に関しては男性のほうが統計的有意に高い) ことが知られています。また、女性に多い病気としては、骨粗しょう症や目まい症などがあげられます。このような男女差には、性ホルモンが深くかかわっています。

データからわかる ― 新型コロナウイルス感染症情報 ― (引用:厚生労働省)

代表的な女性ホルモンとしては、エストロゲン、プロゲステロンがあげられます。これらの主な役割は、月経周期を整え、妊娠、出産の準備をすることにありますが、エストロゲンには生殖以外にも、脳、脂肪、肝臓、筋肉、血球、骨などの働きを正常に整えることで、女性の健康全般を守る機能があることが知られています。加齢やストレスによってエストロゲンが減少すると、肥満やメタボリックシンドロームのリスクが高まることが分かっています。

一方、代表的な男性ホルモンであるアンドロゲン (テストステロン) は、男性らしい骨格の形成を促す効果を持っています。男子は成長期になると、アンドロゲンの分泌が増えることで、筋肉が分化するようになり、男性らしい体型が作られていくようになります。アンドロゲンを作らないように遺伝子を操作したマウスは、精巣が小さくなり、骨はもろく、筋肉が萎縮してしまう事が確認されています。さらに、男性らしい行動の意欲がなくなることが分かっています。
性ホルモンは、身体の成長だけでなく、加齢による変化にも大きくかかわっており、加齢に伴う性ホルモンの減少は、老年病の発症につながります。女性の場合、よく知られているのが更年期障害です。女性は50歳くらいで閉経を迎え、体内のエストロゲン濃度が急激に減少します。これにより、ほてりやイライラ、肩こりなどが起きやすくなり、骨粗しょう症、うつ、認知症にもつながっていきます。また最近の研究では、エストロゲンが不足することで、耳の中にある石 (耳石) が脆くなり、目まい発作や転倒が起きやすくなるといった仕組みが分かってきました。

日本女性の更年期症状発現の割合
(引用:日本産婦人科雑誌49:433-499,1997)

男性にも更年期障害があります。男性の場合は、30歳を超えたあたりからアンドロゲンの分泌量が徐々に減少していきます。それに伴いメタボや、性の機能障害、認知症、うつ、脳卒中などのリスクが高まります。また筋肉量や骨密度が減少してしまうサルコペニアやフレイルといった症状を誘発します。たとえば医師が前立腺がんを治療する場合には、アンドロゲンを枯渇させるという治療が行われますが、この時に副作用として骨粗しょう症や認知機能が低下することが知られています。

性ホルモンが正常に働くカギは?

それでは、ホルモンはどのように身体の中で作用しているのでしょうか?多くの人が聞き覚えのあるインスリンは、食事や血糖値の上昇に応じて膵臓で産生されるホルモンです。インスリンは血液を通じて、全身に運ばれていき、標的となる筋肉や脂肪、血管、肝臓などの臓器に到着すると、組織細胞の表面にある、受容体と呼ばれるタンパク質と結合します。この受容体が、ホルモンが正常に作用する上でカギになる物質です。インスリンの場合なら、血糖を取り込む、代謝するといった情報を伝達することで、効果を発揮します。

性ホルモンは、肝臓で合成されるコレステロールを原料として、副腎皮質や生殖腺で合成されます。男女ともに最初は男性ホルモンであるアンドロゲンが合成されるのですが、女性の場合は卵巣においてアンドロゲンを原料としてさらにエストロゲンへと合成されていきます。このエストロゲンを作る過程では、アロマターゼという酵素が作用しています。実はこのアロマターゼは、男性の脳や脂肪、骨にも存在しています、ですので、男性においても一定のエストロゲンが作られているのです。これらの性ホルモンは、共通した分子構造を持っており、これらの仲間はステロイドホルモンと呼ばれています。よく臨床で用いられるステロイド剤というのは、このステロイドホルモンのことを指しています。特定の臓器において性ホルモンが働くためには、インスリンと同じく、その受容体がカギとなるわけです。ですが性ホルモンの受容体は、インスリン受容体とは異なり、細胞膜の内側に存在しています。アンドロゲンやエストロゲンは細胞膜を突き破って、細胞内の受容体と反応し、活性化した受容体は細胞の核に移行して作用することから「核内受容体」と呼ばれています。

代表的なホルモンの構造と作用メカニズム
(引用:国立環境研究所 環境儀 No.17)

(次回に続く)

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