人は退屈に思われる雑談でも実は楽しんでいる

人は退屈に思われる雑談でも実は楽しんでいる

人は退屈に思われる雑談でも実は楽しんでいる

エレベーターでの何気ない雑談、長い行列に並んでいるときの会話、あるいは自分には全く興味のない話題を中心としたやり取りなどをした経験は、誰にでもあるでしょう。一見すると、このような退屈な話題について話すことに意味はないように思えるかもしれません。しかし、新たな研究で、人々はそのような会話を意外に楽しんでいることが明らかにされました。米ミシガン大学のElizabeth Trinh氏らによるこの研究の詳細は、「Journal of Personality and Social Psychology」に4月13日掲載されました。

この研究では、1,800人の参加者を対象に、9つの実験を通じて、退屈な会話に対する予想と実体験を比較しました。参加者には、本人が「退屈」と感じる話題についての会話をどの程度楽しめるかを予測してもらいました。話題は、第一次世界大戦や第二次世界大戦、ノンフィクション書籍、株式市場、猫、ビーガン食などでした。その後、参加者は、これらの退屈な話題について、実際に対面やオンラインで会話を行いました。会話の相手は、友人の場合もあれば見知らぬ人の場合もありました。その後、会話がどの程度楽しかったかを評価しました。

その結果、人々は一貫して、「退屈な話題」についての会話の楽しさや面白さを過小評価する傾向があることが明らかになりました。たとえ双方が「それほど面白くない話題」と認識していたとしても、実際の会話は事前の予想よりもはるかに楽しいと感じられることが示されました。
Trinh氏は、「その効果の強さには、われわれ自身も驚くと同時に気持ちが高ぶった。人々は一貫して、退屈に思われる話題の会話はつまらないと予想していたが、実際にはそうではなかったのだ」と述べています。

研究グループは、このずれは、人々が会話を始める前の段階での予測の立て方に起因していると述べています。というのも、事前に話題に意識を向けることは容易だが、実際に会話がどのように展開するかを事前に正確に予測することは難しいためです。
Trinh氏は、「楽しさを生み出す本質的な要素は、関与である。相手が話を聞いていると感じ、互いに応答し合い、相手の背景や経験について思いがけない発見をすることが、平凡な話題を意味のあるものに変える」と説明しています。端的に言えば、会話の楽しさを左右するのは、話題そのものよりも人と人とのつながりだということです。

これらの結果は、一部の人が気軽な会話を避ける傾向と、それによって機会を逃している可能性を説明し得ます。Trinh氏は、「もしコーヒーマシンの前で同僚と話さなかったり、エレベーターで隣人と会話しなかったり、イベントで見知らぬ人と話さなかったりすれば、われわれは小さなつながりの機会を失っているかもしれない。日常的な会話は、われわれが考えている以上に価値があるものなのかもしれない」と話しています。

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