初回にもお話ししましたが、メタボリックシンドロームは心・血管系疾患の危険因子を多く持っている状態です。したがって、この状態が放置されれば、心筋梗塞や脳梗塞といった重篤な疾患にかかりやすくなります。
今回は、数ある疾患の中で血栓症に注目します。血栓症は血液が異常に固まり(凝固し)、血液の正常な流れを阻害する状態です。血栓症は死因の約30%に関与しているといわれており、その予防が注目されています。
血管には動脈と静脈があります。動脈は心臓から出た血液を全身に送り出す経路です。内側には内皮という細胞が配列し、血液が凝固しないように抗血栓性が保たれています。
動脈硬化が生じると、この抗血栓性が破壊されます。そして、血管が部分的に狭窄するため、この付近で乱流や渦流など、血液の流れに変化が生じます。この状態が血小板や血液凝固因子に影響を及ぼして、血栓が形成されやすくなるのです。
一方、静脈は、全身の血液が心臓に戻る経路ですが、血管壁は薄く、末梢の筋肉の動きなどで、血液が還流します。この流れに異常があるとき、すなわち、血流がうっ滞すると、血液凝固因子に変化が生じて血栓が形成されやすくなります。
前回もお話しましたが、メタボリックシンドロームとは内臓に過剰な脂肪が蓄積された状態です。脂肪は、ただ居座っているだけではなく、多くのタンパク質(アディポサイトカイン)を分泌しているのです。
特に代表的な2つをご紹介します。まず、アディポネクチンです。これは、脂肪細胞から最も多く分泌されていますが、善玉のアディポサイトカインと考えられます。すなわち、動脈硬化を改善し、糖尿病を改善する作用を持っています。
しかし、内臓脂肪の蓄積量が増えると、このアディポネクチンの分泌量は減少していきます。アディポネクチンの分泌が低下すると、動脈硬化は進行し、最終的には血栓症も起こりやすくなります。
もう一つは、PAI-1という物質です。正常な人では、血液凝固作用と、これを溶かす(線溶)作用がバランス良く保たれています。この線溶を担う物質がプラスミンと呼ばれるものです。PAI-1は、プラスミンの生成を妨げ、血栓を形成しやすい方向に働くのです。
いわば、悪玉のアディポサイトカインです。このPAI-1は、内臓脂肪が蓄積するにしたがって、多く分泌されるのです。したがって、メタボリックシンドロームでは血栓ができやすくなるのです。
内臓脂肪が蓄積することで、前述のように多くの物質が脂肪細胞から分泌され、そして、血栓が形成されやすくなります。したがって、血栓症を予防するためにも、メタボリックシンドロームの改善は必要なのです。
日常の生活習慣、すなわち食事と運動習慣を見直すことは、肥満の解消だけでなく、血栓症の予防にも有用なのです。
滋賀医科大学 教授
一杉 正仁(ひとすぎ まさひと)氏
1994年、東京慈恵会医大卒。川崎市立川崎病院勤務を経て東京慈恵会医大大学院修了、同大助手、獨協医科大学法医学講座准教授を経て、現職。国立大学法人滋賀医科大学医学部社会医学講座 法医学部門教授。医師、医学博士。日本法医学会法医認定医。日本法医学会評議員。
専門は血栓症突然死の病態解析、バイオレオロジー、予防医学。国際交通医学会東アジア地区担当理事、日本バイオレオロジー学会理事、日本交通科学会理事、日本医学英語教育学会副理事長などを務める。2010年、International Health Professional of the Year, 2010 受賞。いわゆるエコノミークラス症候群の原因究明、納豆による血栓症予防についての研究で広く知られており、代表著書に「ナットウプロテアーゼ」などがある。
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