血栓症が生じる背景には、肥満、糖尿病、高脂血症などの生活習慣病が危険因子として存在します。前回もお話しましたが、あしに生じる血栓を予防するためには、あしをこまめに動かすこと、そして生活習慣病を予防することが重要なのです。
わが国では生活習慣病が大きな社会問題となってきています。2004年の調査によると、20~69歳の男性のうち、肥満者(BMIが25以上)の割合は29.0%にものぼります。また、2002年に厚生労働省が行った栄養実態調査によると、糖尿病が強く疑われる人は740万人、糖尿病の可能性を否定できない人は880万人いるそうです。
なぜこのような社会になったのでしょうか。自動車社会の到来や交通網の発達によって、人々の歩く距離が減ったことが挙げられます。そして、大きな原因は、食生活が乱れ、わが国の伝統的な食文化が失われてきたことです。
わが国をはじめとするアジアの国民は農耕民族であったため、比較的高温多湿な環境で米作を主とし、植物性蛋白を中心に摂ってきました。しかし近年、日本人の食生活は欧米化し、肉食を主とした動物性脂肪の摂取が多くなりました。
ここ50年間で、日本人の1日に摂取する平均エネルギー量は、2000kcal前後で変化していません。しかし、脂肪のしめる割合は6~7%であったのが、26~27%にまで増加しているのです。これが、まさに生活習慣病が増えた所以なのです。したがって、飽食の時代といわれる今日こそ、日本古来の伝統的食生活を見直すことが重要ではないでしょうか。
江戸時代に活躍した医学者、儒学者、本草学者でもある貝原益軒の有名な著書に「養生訓」があります。この中で食生活すなわち、食事をとおした健康管理、疾病の予防について記されています。腹八分、薄味淡泊なものを食べる、脂っこいものを食べない、ゆっくり噛んで食べる、などです。これらは、まさに、現代の生活習慣病予防に重要なポイントでしょう。
政府も疾病予防に向けた取り組みとして食事(栄養)バランスに気をつけること、そして適度な運動を行うことを推奨してきました。2005年には食育基本法が施行され、健康的な食生活の推進、理想的な食事バランスの具体的内容が普及されました。
「食育」とは、生きるうえでの基本であり、健全な食生活を実践する人間を育てることと記されています。すなわち、食事をとおした心身の健康管理、疾病予防の推進なのです。
みなさんもこれを機会に、日頃の食生活を見直してはいかがでしょうか。次回は日本の伝統食品の一つである納豆の効用についてご紹介します。
滋賀医科大学 教授
一杉 正仁(ひとすぎ まさひと)氏
1994年、東京慈恵会医大卒。川崎市立川崎病院勤務を経て東京慈恵会医大大学院修了、同大助手、獨協医科大学法医学講座准教授を経て、現職。国立大学法人滋賀医科大学医学部社会医学講座 法医学部門教授。医師、医学博士。日本法医学会法医認定医。日本法医学会評議員。
専門は血栓症突然死の病態解析、バイオレオロジー、予防医学。国際交通医学会東アジア地区担当理事、日本バイオレオロジー学会理事、日本交通科学会理事、日本医学英語教育学会副理事長などを務める。2010年、International Health Professional of the Year, 2010 受賞。いわゆるエコノミークラス症候群の原因究明、納豆による血栓症予防についての研究で広く知られており、代表著書に「ナットウプロテアーゼ」などがある。
・掲載6 長生きするための血流改善
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・掲載4 メタボリックシンドロームを予防するために
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・掲載1 メタボリックシンドロームが注目された背景
・掲載6 健康食品と上手につきあう
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