前回は肺動脈血栓塞栓症についてご紹介しました。肺動脈をふさいでしまう血栓がおこりやすい部位は、あしの深部静脈です。
あしの筋肉が動かされることで血管が収縮され、この勢いで静脈血が心臓に戻る仕組みになっています。しかし、あしを動かさない状態が続くと、血流が悪くなり、血栓を作りやすくなります。
座っている状態を考えてみて下さい。心臓はあしの先から約1m高い位置にあります。あしの筋肉を動かして静脈血を心臓に返さなくてはなりません。
しかし、座った状態でじっとしていれば、1mの高さまで血液を戻すことができず、血流が悪くなります。このときに血栓症は起こり始めるのです。そして、あしは赤く腫れ上がります。
乗り物などで長時間座っていると、あしの血流が悪くなり、血栓が作られ、時には肺動脈血栓塞栓症が発症します。
1977年に、飛行機旅行後に生じる肺動脈血栓塞栓症がエコノミークラスに搭乗した乗客に多く発生するという学説が出されました。そして、狭い座席で足を動かせないことが原因で肺動脈血栓塞栓症を生じる、「エコノミークラス症候群」と名付けました。
しかし、エコノミークラス以外の飛行機利用者や、バス、電車、船などの交通機関を利用した旅行者からの静脈血栓症が数多く報告されています。また、長時間のドライブ後に発症された方もいます。したがって、今日では「旅行者血栓症」と呼ばれています。
なにも乗り物の中だけでなく、日常生活空間でも肺動脈血栓塞栓症を発症することがあるのです。日常生活空間で、2時間安静に座っているとどうなるか?
私は、20歳前後の健康な成人男性に、2時間安静に座ってもらい、前後で、腕とあしの血液粘度を調べました。血液粘度とは血液の流れやすさの指標です。
その結果、座る前と後で、腕の血液粘度に変化はなかったものの、あしの血液粘度は有意に上昇し、あしはむくんでいました。これは、あしの血流が悪くなって、血栓を作りやすい状態になったことを示しています。
健康な若い人でさえ、日常生活空間で2時間足を動かさないと、このような変化に陥ります。危険因子を持つ人では、より発症する危険性は高くなるのです。
血栓症を予防するために、生活習慣の改善や既存疾患の治療によって、危険因子をなくすことが重要です。また、血流が悪くなれば血栓がつくられやすくなりますから、血流を良好に保つことが重要です。
ほとんどの静脈血栓症はあしにできやすいので、あしの血流を改善することが何よりの予防策です。足にむくみが出たら、危険のサインだと思って、こまめに足を動かして下さい。
次回は血栓症予防に向けた食生活習慣の改善についてご紹介します。
※あし・・・下肢(大腿部、下腿部、足を含む)を示します。
滋賀医科大学 教授
一杉 正仁(ひとすぎ まさひと)氏
1994年、東京慈恵会医大卒。川崎市立川崎病院勤務を経て東京慈恵会医大大学院修了、同大助手、獨協医科大学法医学講座准教授を経て、現職。国立大学法人滋賀医科大学医学部社会医学講座 法医学部門教授。医師、医学博士。日本法医学会法医認定医。日本法医学会評議員。
専門は血栓症突然死の病態解析、バイオレオロジー、予防医学。国際交通医学会東アジア地区担当理事、日本バイオレオロジー学会理事、日本交通科学会理事、日本医学英語教育学会副理事長などを務める。2010年、International Health Professional of the Year, 2010 受賞。いわゆるエコノミークラス症候群の原因究明、納豆による血栓症予防についての研究で広く知られており、代表著書に「ナットウプロテアーゼ」などがある。
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