癌は1981年以降、死亡原因の第一位になっています。私が大学医学部を卒業した1978年頃は、癌の患者さんが増えていると同時に、癌の診断や治療が急速に進歩している時期でした。医学の進歩がいずれは癌を克服できると多くの研究者や臨床医が信じて疑わない時代であったように思います。
私も、学生の時から癌を専門に研究しようと決心し、卒業と同時に外科の医局に入りました。外科を選んだのは、癌をもっとも直接的に治せる治療法だと思ったからです。
目に見える癌細胞を切り取れば、癌を治すことができると信じて外科医になったのですが、多くの癌患者さんを治療しているうちに多くの問題点を認識するようになりました。目で見える癌を全部切除したつもりでも、1、2年後には多くの患者さんに癌が再発してきます。
食道癌や膵臓癌や肝臓痺など診断された時点で手術ができない患者さんも多くいます。癌細胞も生き延びるために種々の仕組みを使って治療に抵抗してきます。敵に勝つためには相手を十分に知らなければなりません。
癌という病気が一体どうして発生し、どのような病気であるかを理解し、その弱点を探らなければならないと思い、3年間の外科研修のあと、久留米大学(病理学)、北海道大学(生化学)、米国バーモント大学(分子生物学)などで癌の基礎研究に従事しました。
特に、免疫増強や癌予防や抗腫瘍などの活性をもった成分を見つけて、癌の治療や予防に応用することを目標に研究を進めてきましたが、漢方薬の生薬にそのような癌治療に有効な成分が多く見つかっていましたので、株式会社ツムラの研究所で研究することにしました。
ツムラは漢方薬の最大のメーカーであり、そこの研究所には、生薬やその成分のサンプルが多くあるので、私の研究にはもってこいのところでした。そこにある生薬サンプルを用いて、免疫増強作用を持つ成分、癌予防効果を持つ成分、癌細胞にアポトーシスを起こす成分などの研究を開始しました。
植物由来である生薬は抗酸化物質の宝庫です。植物は紫外線から自分を守るためフラボノイドなどの抗酸化力に優れた物質を多く含んでいるからです。炎症細胞における一酸化窒素や活性酸素などのフリーラジカルの産生を抑えると同時に、それらを消去する活性を持った生薬も多く見つかりました。
さらに免疫力や体力を高める滋養強壮効果に優れた成分の宝庫でもあります。肝臓の解毒機能を高めたり、組織の新陳代謝や血液循環を改善する効果などもあります。癌細胞の増殖を抑える作用を持つ生薬もあり、漢方薬は複数のメカニズムで癌予防効果や抗腫瘍効果を発揮することがわかりました。
手術や抗癌剤や放射線によって癌細胞を攻撃するだけでなく、漢方薬や食品素材を用いて、体力や抵抗力や治癒力を高めることが、癌治療の成績を向上させると確信するようになりました。
漢方薬を用いて癌の予防や治療の研究を行っているときに、国立癌センター研究所から誘いがあり、癌予防研究部の室長として、平成7年から約3年間、癌予防の研究を行いました。
私が国立がんセンターで研究していた頃、食品の中の癌予防物質の研究がさかんに行われていました。例えば、大豆の中のイソフラボンや、うこんに含まれるクルクミン、あぶらな科野菜(ブロッコリーなど)に含まれるイソチオシアン酸、ぶどうの皮に含まれるレスベラトロールなどの物質が、癌の予防や治療に有効であることが報告されるようになりました。癌予防には、中国医学における医食同源の考えが役に立つ根拠と言えます。
私が国立癌センターで癌予防の研究を行っているとき、非常にショッキングな研究がアメリカから報告されました。ベータカロテンで肺癌の発生が増えるという研究結果です。野菜のニンジンを多く摂取することは癌予防に効果があります。
ニンジンに含まれるベータカロテンが癌予防効果の主成分であろうと考えられ、べ-タカロテンの癌予防効果の臨床試験が行われていました。その結果、タバコを吸っている人がベータカロテンを摂取するとかえって肺癌になる人が増えることがわかりました。ニンジン中の癌予防物質がベータカロテンであっても、ベータカロテンだけを摂るということは問題があるのです。
つまり、単一の成分にしないと薬として認めないという西洋医学の要素還元主義の考え方では、本当の癌予防は達成できないのではないかと考えるようになりました。
一方、漢方では医食同源思想を基本にしており、漢方薬も生薬を組み合わせて効果を高めることを基本にしています。
西洋医学の癌予防の考え方は、食品や生薬の中から癌予防物質を見つけてそれを癌予防薬として開発するという手法ですが、癌予防にはむしろ医食同源思想から発展してきた漢方の考え方の方が良いように思いました。
生薬から癌予防物質の候補がたくさん見つかってきて、生薬の組み合わせである漢方薬は、食事より高い癌予防効果が期待できると考えられるようになりました。そのころ岐阜大学医学部に「東洋医学講座」が新設され、助教授に採用されましたので、岐阜大学で漢方薬の研究や漢方診療を行うことになりました。
漢方医学では、病気の原因や病気を悪化させる要因を「病邪」といい、病邪に対する体の抵抗力や治癒力を「正気」と呼んでいます。癌細胞や、癌細胞の発生を促進する活性酸素やフリーラジカルなどが病邪と言えます。一方、体の抗酸化力や免疫力などの抗病力が正気となります。
漢方治療では、病邪を抑える方法と同時に、正気を扶助する治療法をバランスよく組み合わせて治療を行います。体の抵抗力や治癒力を重視するのが漢方医学の特徴です。
西洋医学では癌細胞の除去だけに固執する傾向があり、体の抗酸化力や免疫力などの抗病力に対する配慮は少ないようです。癌細胞だけでなく、体全体の抵抗力や治癒力にも目を向けることが、癌の発生や再発が予防する上で大切なのですが、西洋医学には適当なものがありません。この戦略においては、漢方治療は有効な方法と理論を持っています。
以上のような経緯で、癌の漢方治療の有効性を確信するようになり、3年前に、癌の漢方治療と代替医療を専門に行うクリニックを開設し、抗癌漢方薬や抗癌サプリメントの臨床と研究を実践しています。
銀座東京クリニック 院長
福田 一典(ふくだ かずのり)氏
昭和28年福岡県生まれ。昭和53年熊本大学医学部卒業。熊本大学医学部第一外科、鹿児島県出水市立病院外科勤務を経て、昭和56年から平成4年まで久留米大学医学部第一病理学教室助手。その間、北海道大学医学部第一生化学教室と米国Vermont大学医学部生化学教室に留学し、がんの分子生物学的研究を行う。
平成4年、株式会社ツムラ中央研究所部長として漢方薬理の研究に従事。平成7年、国立がんセンター研究所がん予防研究部第一次予防研究室室長として、がん予防のメカニズム、および漢方薬を用いたがん予防の研究を行う。平成10年から平成14年まで岐阜大学医学部東洋医学講座の助教授として東洋医学の教育や臨床および基礎研究に従事した。現在、銀座東京クリニック院長。
<主な著書等>
「がん予防のパラダイムシフト--現代西洋医学と東洋医学の接点--」(医薬ジャーナル社,1999年)、「からだにやさしい漢方がん治療」(主婦の友社,2001年)「見直される漢方治療~漢方で予防する肝硬変・肝臓がん」(碧天舎,2003年)など。
・掲載12 糖質制限のための食事
・掲載11 糖質は必須栄養素ではない
・掲載10 糖質を減らすと寿命が延びる
・掲載9 糖質や甘味を減らすと食事摂取量が減る
・掲載8 糖質と甘味は中毒になる
・掲載7 糖質摂取を減らすと太りにくくなる
・掲載6 糖質を減らせば老化しにくくなる
・掲載5 糖質が増えると欧米人は肥満になり日本人は糖尿病になる
・掲載4 農耕が始まり糖質摂取量が増えた
・掲載3 人類は糖質で太る体質を持っている
・掲載2 人類は肉食で進化した
・掲載1 なぜ糖質制限が議論されるのか
・掲載5 癌治療におけるサプリメントと役割
・掲載4 ホリスティック医療の重要性
・掲載3 自然治癒力はどこまで期待できるか自然治癒力を上げる方法
・掲載1 東洋医学との出会い、なぜ、癌代替医療に取り組むのか
・掲載3 病気は正気と病邪のせめぎ合い
・掲載2 「未病を治す」は全ての病気の予防の原則