動物の体の中で筋肉や肝臓にグリコーゲンが貯蔵されていますが極めて微量です。牛肉や豚肉では炭水化物は0から0.5%程度、レバー(肝臓)で2から3%程度の炭水化物含量です。したがって、トラやライオンのような野生の肉食動物では、摂取栄養素のほとんどが蛋白質と脂肪であり、糖質は極めて少ないことになります。しかし、肉食動物にとって糖質をほとんど摂取しなくても健康上の問題はおきません。このように糖質がほとんどゼロでも人間を含めて肉食動物は生きていけます。それは、これらの動物にとって糖質は必須栄養素ではないからです。人間が生きていく上で必須の栄養素は、水、必須アミノ酸(ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、スレオニン、トリプトファン、バリン)、必須脂肪酸(リノール酸、α-リノレン酸)、ビタミン(ビタミンA、ビタミンC、ビタミンD、ビタインE、ビタミンK、チアミン、リボフラビン、ナイアシン、ビタミンB6、葉酸、ビオチン、ビタミンB12)、ミネラル(カルシウム、リン、マグネシウム、鉄)、微量元素(亜鉛、銅、マグネシウム、ヨード、セレン、モリブデン、クロム)、電解質(ナトリウム、クロール、カリウム)と幾つかの超微量元素ということになっています。 つまり糖質は必須栄養素のリストの中に入っていないのです。脂質やタンパク質に比べて糖質は少ない酸素消費量でエネルギーを産生できるため、エネルギー源として糖質は役立っています。しかし、脂肪やアミノ酸が糖質の代わりにエネルギー源となるのと、一部のアミノ酸や乳酸、グリセオール(脂肪が分解してできる)などから肝臓でグルコースを作ることができるので、たとえ糖質を食事から摂取しなくても、血糖は正常に維持でき生きていけます。
細胞はグルコースが無くても脂肪やアミノ酸を燃焼させてエネルギーを産生でき、脂肪とタンパク質、ビタミン、ミネラルがあれば、細胞を増やして体を正常に維持することができます。糖質(炭水化物)は五大栄養素の一つですが、脂肪(脂質)とタンパク質、ビタミン、ミネラルは体にとって必須ですが、糖質だけは必須ではありません。エネルギー源として使いやすいので糖質が主食になっていますが、糖質が無くても人間は生きていけるし健康を害するという証拠も無いようです。
糖質を減らすように説明したとき、最も多い反論は「糖がなければ脳が働かなくなるのではないか?」というものです。確かに、脳のエネルギー源はグルコースが主であり、脂肪酸は血液脳関門(神経細胞への物質供給を制限している仕組み)を通れないので脂肪酸は脳のエネルギー源にはなれません。
しかし、例えば山で遭難して10日間以上飢餓状態になっても、何らかの目的(修行や難病治療など)で長期間絶食しても、思考力や記憶力には全く障害はないはずです。その理由は、糖質や食事を全く摂取できなくても、体に蓄えた脂肪やタンパク質から肝臓でグルコースを生成できることと、グルコースが枯渇した状況で脂肪酸が燃焼するとケトン体(アセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸)という物質ができ、このケトン体は脳のエネルギー源となるからです。
ケトン体は細胞膜や血液脳関門を容易に通過し、骨格筋や心臓、腎臓、脳など多くの臓器に運ばれ、これらの細胞のミトコンドリアで代謝されてグルコースに代わるエネルギー源として利用されます。特に脳にとってはグルコースが枯渇したときの唯一のエネルギー源となります。つまり、グルコースを摂取しなくても、脳の働きは正常に維持されるのです。
砂糖などの糖類の摂取量の増加が、最近の世界中の肥満や糖尿病、メタボリック症候群の増加の原因であることが明らかになったため、WHOが糖類の1日の摂取量の制限を25g以下に厳しく制限する指針を発表しています。しかし、世の中には砂糖や糖質を摂取するメリットを主張する意見もあります。
例えば、「脳や神経系は血液中のグルコース(ブドウ糖)しかエネルギー源にできないので、血糖値(血液中のグルコースの量)が一定以上なければ脳の働きは悪くなり、疲れを感じたり、イライラしたり、集中力が低下する」という意見があります。しかし、砂糖や糖質を摂取しなくても脳の働きは低下しません。イライラや集中力が低下するのは砂糖中毒の禁断症状であり、日頃から砂糖を摂取していなければこのような症状は起こりません。「砂糖は最も消化されやすく、グルコースを作り出しやすい食品で、速やかに体内に吸収され、血糖値を上昇させ、脳の働きを活発にさせる」と砂糖を推奨する意見もあります。吸収が良いから脳の働きを活発にすると言う理論は、脳だけの短期的な作用に目を向けているだけで、インスリン分泌を刺激して肥満や糖尿病、メタボリック症候群、がんなど多くの疾患を増やす有害作用を無視しています。また、砂糖の摂取過剰が長期的には認知症など中枢神経の変性性疾患を増やすことが明らかになっています。
「砂糖は脳内報酬系を刺激して脳に快感を与え、やる気を引き起こすために、砂糖を積極的に摂取すべきである」という意見もあります。脳内報酬系を活性化するために覚せい剤や麻薬は使えないので、砂糖で脳内報酬系を積極的に活性化して幸福な気分になる方が良いという論理は、砂糖の摂取を少なくすべきだというWHOのガイドライン(指針)に逆行する意見です。これらは、国民の健康を考えるとこれらは全く間違った意見です。
糖質制限を実行すれば、肥満や糖尿病、動脈硬化、メタボリック症候群、認知症、がんなど多くの疾患の発症率を低下させることができます。「血糖を上げるのは糖質だけだから、糖質を摂取しなければ糖尿病は発症しない」という当たり前のことを実践すれば、糖尿病という病気を減らし、医療費も大幅に少なくできます。
今のような糖質摂取が続く限り、病気が増え、医療費の増大を止めることはできないと思います。医学が進んでいるのに病人も医療費も増えているのは異常です。国の医療費を減らすことを真剣に考えるのであれば、糖質の摂取を減らすことをもっと啓蒙すべきだと思います。少なくとも世界保健機関(WHO)は1日の糖類(単糖類と二糖類)の摂取量を25g以下にすべきだと2014年3月に発表しました。糖質摂取を減らさないと肥満や糖尿病の増加は食い止められないというWHOの焦りを感じるような指針です。糖質摂取の増加が人類の健康への悪影響と医療費高騰の元凶になっているのは間違いなく、「糖質制限が人類を救う」といっても過言でないくらいの状況に人類は陥っているのです。
銀座東京クリニック 院長
福田 一典(ふくだ かずのり)氏
昭和28年福岡県生まれ。昭和53年熊本大学医学部卒業。熊本大学医学部第一外科、鹿児島県出水市立病院外科勤務を経て、昭和56年から平成4年まで久留米大学医学部第一病理学教室助手。その間、北海道大学医学部第一生化学教室と米国Vermont大学医学部生化学教室に留学し、がんの分子生物学的研究を行う。
平成4年、株式会社ツムラ中央研究所部長として漢方薬理の研究に従事。平成7年、国立がんセンター研究所がん予防研究部第一次予防研究室室長として、がん予防のメカニズム、および漢方薬を用いたがん予防の研究を行う。平成10年から平成14年まで岐阜大学医学部東洋医学講座の助教授として東洋医学の教育や臨床および基礎研究に従事した。現在、銀座東京クリニック院長。
<主な著書等>
「がん予防のパラダイムシフト--現代西洋医学と東洋医学の接点--」(医薬ジャーナル社,1999年)、「からだにやさしい漢方がん治療」(主婦の友社,2001年)「見直される漢方治療~漢方で予防する肝硬変・肝臓がん」(碧天舎,2003年)など。
・掲載12 糖質制限のための食事
・掲載11 糖質は必須栄養素ではない
・掲載10 糖質を減らすと寿命が延びる
・掲載9 糖質や甘味を減らすと食事摂取量が減る
・掲載8 糖質と甘味は中毒になる
・掲載7 糖質摂取を減らすと太りにくくなる
・掲載6 糖質を減らせば老化しにくくなる
・掲載5 糖質が増えると欧米人は肥満になり日本人は糖尿病になる
・掲載4 農耕が始まり糖質摂取量が増えた
・掲載3 人類は糖質で太る体質を持っている
・掲載2 人類は肉食で進化した
・掲載1 なぜ糖質制限が議論されるのか
・掲載5 癌治療におけるサプリメントと役割
・掲載4 ホリスティック医療の重要性
・掲載3 自然治癒力はどこまで期待できるか自然治癒力を上げる方法
・掲載1 東洋医学との出会い、なぜ、癌代替医療に取り組むのか
・掲載3 病気は正気と病邪のせめぎ合い
・掲載2 「未病を治す」は全ての病気の予防の原則