肥満の原因を議論するとき、多くの研究者は糖質と脂肪の摂取量を重視しています。タンパク質に関しては、全摂取エネルギーのせいぜい15%程度をタンパク質から摂取しているに過ぎないという事実と、肥満が流行するようになってもタンパク質摂取量に大きな変化がないからです。
しかし、タンパク質の摂取量が少し減っただけで人間の摂食行動に大きな影響を及ぼすことが示されています。すなわち、食事のタンパク質の量が減ると食事の量が増えるという関係です。低タンパク食では食事の摂取量が増えるという現象は、昆虫、魚、鳥、齧歯類、霊長類、人間と多くの生き物で確認されています。
脂肪や糖質は主に体を動かすエネルギー源となりますが、タンパク質は筋肉や内臓や血液などの細胞を作り、生命活動に必要な酵素やホルモンや増殖因子などを作っています。タンパク質は生命の維持と体内の代謝を円滑に行うためになくてはならない栄養素であるため、生き物にとって栄養素の中で糖質や脂肪より蛋白質の方が重要なのです。タンパク質が摂取できなくなると、ショウジョウバエは交尾を先延ばしにし、こおろぎは共食いを初め、人間は過食になると言われています。「多くの生物は体に必要な量のタンパク質を獲得するまで食事の摂取量を増やす」という理論は英国のオックスフォード大学のシンプソン博士(Stephen Simpson)とルーベンハイマー博士(David Raubenheimer)が2005年に「Protein leverage hypothesis」という名称で報告しています。「protein」は「タンパク質」、「leverage」は「てこ」、「hypothesis」は「仮説」という意味です。直訳すると「タンパク質てこ仮説」になります。なぜleverage(てこ)なのかと言うと、食事中のタンパク質の量がほんのわずかに変化するだけで、食事摂取量が大きく変わるからです。
例えば、必要なカロリーが2400キロカロリーで15%(360キロカロリー)をタンパク質から摂取していたとすると、残りの85%(2040カロリー)が糖質と脂肪から摂取することになります。360キロカロリーのタンパク質は90グラムです(タンパク質1gが4キロカロリー)。食事中のタンパク質の含量が13%に減ると、90g(=360キロカロリー)のタンパク質を摂取するには、摂取カロリーは360÷0.13=2769キロカロリーになります。つまり、食事に含まれるタンパク質の量が15%から13%に減ると、同じ90gのタンパク質を摂取するために、369キロカロリーも増えるということです。これは毎日体脂肪が40gずつ増えることになります。
米国では食品中のタンパク質の濃度が平均14〜15%から最近は12.5%に減少しており、これが米国において摂取カロリーが増えた原因だという報告があります。タンパク質は体を作るものとして体はより要求度が高いので、糖質が増えてタンパク質の含量が減れば、それだけ多くの食事を食べなければなりません。摂食量が増えれば、摂取カロリーも増えて肥満になることになります。
食事中のタンパクの含有量が1.5%低下すると、摂取カロリーが14%上昇するという計算がなされています。つまり、食事中のタンパク含量がほんのわずか変化するだけで、摂取カロリーが大きく変化するというのが「タンパク質てこ仮説」です。人間での臨床試験で高タンパク食は満腹感を得やすく、自然と摂取カロリーが減少し、その結果、減量効果や肥満予防効果が高いことが明らかになっています。
人間が食品中の甘味を感じるのは、砂糖などの甘味を起こす物質が舌の味蕾にある甘味受容体に結合するためです。この甘味受容体は、体のエネルギーになる食べ物(糖質など)が体に入ったという情報を脳に伝えるためにあります。 しかし、たとえカロリーにならなくても、甘味受容体に結合するものは人間には「甘い」と感じられます。これを利用したのが人工甘味料です。人工甘味料(サッカリン、アスパルテーム、スクラロースなど)はエネルギーにならないため、ダイエットコーラやダイエットソーダなどの飲料に使われています。エネルギーにならず、インスリン分泌を刺激しないので、糖尿病や肥満の原因にならない、むしろ肥満や糖尿病を防ぐ目的で使用されるようになりました。 しかし、最近の多くの研究で、人工甘味料の入った飲料を多く摂取している人は肥満や2型糖尿病やメタボリック症候群や血管系疾患が多いということが明らかになっています。 ニューヨーク市マンハッタン北部地区の住民を対象にした前向きコホート研究では、人工甘味料を使ったカロリーゼロのソフトドリンクを毎日飲んでいる人は、飲んでいない人たちに比べて脳卒中や心筋梗塞などの血管系疾患を発症する率が43%も高かったという結果が得られています。カロリーがある糖類の入ったソフトドリンクでは血管系疾患のリスクを高める作用は認められていません。(J Gen Intern Med. 2012 Sep;27(9):1120-6.)そのメカニズムはまだはっきりとは分っていません。いろんな説があります。例えば、消化管粘膜や膵臓にも甘味受容体があるので、これらを刺激してインクレチンやインスリンの分泌を刺激する可能性も報告されています。インクレチンは食事を摂取したとき小腸から血液中に分泌される消化管ホルモンの一種で、膵臓β細胞からのインスリン分泌を増加させたり、膵臓α細胞からのグルカゴン分泌を抑制したりします。インスリンが分泌されると肥満を促進することになります。甘味自体がグルコースのインスリン分泌能を増強するという報告もあります。
人工甘味料が体の代謝に何らかの影響を及ぼすという考えもあります。甘味の情報が来て体はエネルギー産生の体勢に準備しているのに、エネルギーが増えないので次第に食事の量が増えるというメカニズムです。実際にラットの実験などで、人工甘味料の入った飲料を日頃から摂取させると食事摂取量が増えて肥満になる事が報告されています。
摂取カロリーを減らすために人工甘味料を使ったダイエットソーダやダイエットコーラを推奨したら、甘味自体に報酬系を活性化する作用があるのと、甘味受容体を刺激してもエネルギー源が入ってこないことを学習した人間はさらに食事摂取量を増やす結果になったので、人工甘味料の摂取が肥満や糖尿病の原因になったという予想外の結末になったのです。
銀座東京クリニック 院長
福田 一典(ふくだ かずのり)氏
昭和28年福岡県生まれ。昭和53年熊本大学医学部卒業。熊本大学医学部第一外科、鹿児島県出水市立病院外科勤務を経て、昭和56年から平成4年まで久留米大学医学部第一病理学教室助手。その間、北海道大学医学部第一生化学教室と米国Vermont大学医学部生化学教室に留学し、がんの分子生物学的研究を行う。
平成4年、株式会社ツムラ中央研究所部長として漢方薬理の研究に従事。平成7年、国立がんセンター研究所がん予防研究部第一次予防研究室室長として、がん予防のメカニズム、および漢方薬を用いたがん予防の研究を行う。平成10年から平成14年まで岐阜大学医学部東洋医学講座の助教授として東洋医学の教育や臨床および基礎研究に従事した。現在、銀座東京クリニック院長。
<主な著書等>
「がん予防のパラダイムシフト--現代西洋医学と東洋医学の接点--」(医薬ジャーナル社,1999年)、「からだにやさしい漢方がん治療」(主婦の友社,2001年)「見直される漢方治療~漢方で予防する肝硬変・肝臓がん」(碧天舎,2003年)など。
・掲載12 糖質制限のための食事
・掲載11 糖質は必須栄養素ではない
・掲載10 糖質を減らすと寿命が延びる
・掲載9 糖質や甘味を減らすと食事摂取量が減る
・掲載8 糖質と甘味は中毒になる
・掲載7 糖質摂取を減らすと太りにくくなる
・掲載6 糖質を減らせば老化しにくくなる
・掲載5 糖質が増えると欧米人は肥満になり日本人は糖尿病になる
・掲載4 農耕が始まり糖質摂取量が増えた
・掲載3 人類は糖質で太る体質を持っている
・掲載2 人類は肉食で進化した
・掲載1 なぜ糖質制限が議論されるのか
・掲載5 癌治療におけるサプリメントと役割
・掲載4 ホリスティック医療の重要性
・掲載3 自然治癒力はどこまで期待できるか自然治癒力を上げる方法
・掲載1 東洋医学との出会い、なぜ、癌代替医療に取り組むのか
・掲載3 病気は正気と病邪のせめぎ合い
・掲載2 「未病を治す」は全ての病気の予防の原則