肥満度の指標としてボディマス指数(Body Mass Index:以下BMIと略す)が使われます。これは体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)で求められます。例えば身長170cmで体重60kgの場合は、60÷1.7÷1.7で計算して20.8(kg/m2)になります。 BMIの標準値は22で、標準から離れるほど有病率が高くなることが知られています。肥満は糖尿病や動脈硬化性疾患やがんを増やし、低体重は抵抗力や免疫力の低下によって肺炎などの感染症に罹りやすくなります。
肥満の判定基準は国により異なります。世界保健機関(WHO)ではBMIが25以上を過体重(overweight)、30以上を肥満(obese)としています。日本肥満学会では、BMIが22を標準体重としており、25以上を肥満、18.5未満を低体重としています。日本人ではBMIが30以上の高度肥満の人の割合は2~3%程度であるのに対して、米国ではBMI30以上の肥満が人口の約30%を占めるという事情が関連しています。
米国では急速に肥満が増加しています。米国ではこの30年間で肥満(BMIが30以上)は2倍以上、小児の肥満や成人の高度の肥満(BMI35以上)は約3倍になっています。米国の人口の3分の1が肥満(BMI30以上)、3分の1が過体重(BMIが25〜30)です。
このような肥満の急速な増加が1980年代以降に起こっている点に注目する必要があります。
1977年にまとめられた「アメリカ合衆国上院栄養問題特別委員会報告書(通称:マクガバン・レポート)」というレポートで肉や脂肪の摂り過ぎが心臓病やがんや脳卒中などの生活習慣病の発生に深く関与していることを指摘しました。 そこで、健康的な食事の基本は、肉と脂肪を減らすことが目標になりました。しかし、肥満も糖尿病も逆に増えてしまうという結果になっています。 1971年から2006年にかけての米国における食事の内容の推移と人口の肥満率の推移を調査した論文があります。(Am J Clin Nutr 93:836–843.2011年) この論文の報告によると、1971–1975年の肥満の率(BMIが30以上の割合)は男性が11.9%で女性が16.6%でしたが、2005~2006年の調査ではBMI30以上は男性が33.4%で女性が36.5%に増えています。つまり、30年くらいの間に男性では3倍近く、女性では2倍以上に肥満の人の率が増えています。 さらに、炭水化物と脂肪とタンパク質のカロリー比について年代別に検討しています。1971年~1975年と2005年~2006年の比較では、食事中の炭水化物のカロリー比率は44.0%から48.7%に増えています。一方、脂肪のカロリー比率は36.6%から33.7%に減っています。タンパク質のカロリー比率も16.5%から15.7%に減っています。 つまり、マクガバン・レポート以降、肉と脂肪の摂取を減らすような食事指導が行われ、実際に脂肪とタンパク質の摂取が減っているのに肥満が爆発的に増えています。 脂肪やタンパク質の摂取を減らすと糖質の摂取量が増えます。糖質はインスリンの分泌を刺激するので肥満を起こしやすくなります。摂取カロリー量が同じであれば、高脂肪食より高糖質食の方が肥満を引き起こします。インスリン分泌が増えるほど肥満になりやすいからです。
体を動かしたり、心臓や肺や脳やその他全ての臓器や組織を正常に働かせるためにはATPというエネルギーが必要です。このATPは糖質や脂肪を燃焼(酸化)することによって生成します。ATPはアデノシン3リン酸(Adenosine Triphosphate)の略語で、アデノシンに化学エネルギー物質のリン酸が3個結合したものです。リン酸を切り離すときにエネルギーが生じ、細胞内でエネルギーの貯蔵と供給を行うエネルギー通貨のような分子です。
細胞は糖質や脂質(脂肪)を燃焼させることによって、これらに保存されている化学エネルギーをATP分子に捕獲し、筋肉の収縮や物質合成などの細胞の仕事に使っています。タンパク質もアミノ酸に分解されたあと、体内のタンパク質の合成に使われる以外に、一部のアミノ酸はグルコースなどに変換されてエネルギー産生に使われます。
これらの栄養素は呼吸によって取り入れた酸素によって燃焼してエネルギーを作り出し、体の運動や細胞の活動や体温維持など生命の維持に消費されます。摂取エネルギーが消費エネルギーより多いと余分なエネルギーは主に脂肪となって貯蔵されます。
蓄えられた余分な脂肪は、体がエネルギーを必要としたとき、すぐに燃焼してエネルギーに変わればなんら問題ありません。しかし、そうならない理由がたくさんあります。
人はエネルギーを必要とする時、蓄えられた余分な脂肪を燃やす前に空腹感を覚え、糖質を欲しがります。貯蔵されるエネルギー源としては脂肪の他にグリコーゲンがあります。グリコーゲンは筋肉や肝臓に貯蔵されていますが、その体内貯蔵量は200~300グラム程度です。糖質1gのエネルギーは4キロカロリーなので、800〜1200キロカロリー程度、すなわち数時間から半日程度で枯渇します。 一方、体脂肪には1〜2ヶ月分程度のエネルギーが貯蔵されています。体脂肪率20%で体重60kgの人では12kgの脂肪が存在し、これが全て燃焼すれば約10万キロカロリーになり、1日2000キロカロリーを消費しても約50日分になるという計算です。
糖質が入ってこなければ体脂肪が燃焼し始めますが、食料が豊富な現代においては、脂肪に蓄えられたエネルギーを使う前に、手近なエネルギー源である糖質の摂取を体は要求し、多くの人はその誘惑に負けてしまいます。
糖質は単純な構造をしており最も迅速にエネルギーに変わることができる栄養素です。空腹時や運動の後に糖質を欲しがるのは、迅速にエネルギーに変わるからです。脂肪の分子構造はより複雑で、燃焼(酸化)してエネルギーに変えるには余計なエネルギーと時間がかかります。したがって、食事から摂取したり蓄積している脂肪を分解する前に、手近な糖質をエネルギー源として欲するのです。そして、糖質を多く摂取しているかぎり脂肪は燃焼しません。欲するままに糖質を摂取すれば、脂肪は燃焼せず、余分な糖質が脂肪に変換されて蓄積し、さらに体脂肪が増えるという悪循環を形成します。 食事中の糖質摂取量を減らして脂肪を燃えやすい状態にすることが太りにくくなる最も効果の高い方法と言えます。
銀座東京クリニック 院長
福田 一典(ふくだ かずのり)氏
昭和28年福岡県生まれ。昭和53年熊本大学医学部卒業。熊本大学医学部第一外科、鹿児島県出水市立病院外科勤務を経て、昭和56年から平成4年まで久留米大学医学部第一病理学教室助手。その間、北海道大学医学部第一生化学教室と米国Vermont大学医学部生化学教室に留学し、がんの分子生物学的研究を行う。
平成4年、株式会社ツムラ中央研究所部長として漢方薬理の研究に従事。平成7年、国立がんセンター研究所がん予防研究部第一次予防研究室室長として、がん予防のメカニズム、および漢方薬を用いたがん予防の研究を行う。平成10年から平成14年まで岐阜大学医学部東洋医学講座の助教授として東洋医学の教育や臨床および基礎研究に従事した。現在、銀座東京クリニック院長。
<主な著書等>
「がん予防のパラダイムシフト--現代西洋医学と東洋医学の接点--」(医薬ジャーナル社,1999年)、「からだにやさしい漢方がん治療」(主婦の友社,2001年)「見直される漢方治療~漢方で予防する肝硬変・肝臓がん」(碧天舎,2003年)など。
・掲載12 糖質制限のための食事
・掲載11 糖質は必須栄養素ではない
・掲載10 糖質を減らすと寿命が延びる
・掲載9 糖質や甘味を減らすと食事摂取量が減る
・掲載8 糖質と甘味は中毒になる
・掲載7 糖質摂取を減らすと太りにくくなる
・掲載6 糖質を減らせば老化しにくくなる
・掲載5 糖質が増えると欧米人は肥満になり日本人は糖尿病になる
・掲載4 農耕が始まり糖質摂取量が増えた
・掲載3 人類は糖質で太る体質を持っている
・掲載2 人類は肉食で進化した
・掲載1 なぜ糖質制限が議論されるのか
・掲載5 癌治療におけるサプリメントと役割
・掲載4 ホリスティック医療の重要性
・掲載3 自然治癒力はどこまで期待できるか自然治癒力を上げる方法
・掲載1 東洋医学との出会い、なぜ、癌代替医療に取り組むのか
・掲載3 病気は正気と病邪のせめぎ合い
・掲載2 「未病を治す」は全ての病気の予防の原則