炭水化物は水酸基(-OH)を多数持ち、さらにアルデヒド基(-CHO)またはケトン基(>C=O)のどちらかを持っています。アルデヒド基を持つ単糖をアルドースといい、ケトン基を持つ単糖をケトースといいます。 分子内に遊離性のアルデヒド基やケトン基を持っていると還元性を示すので、このような糖類を還元糖と言います。「還元」というのは、他の物質から酸素を奪い、自分は酸化される性質です。この還元糖の性質があるため、グルコースやフルクトースはタンパク質やアミノ酸と反応して結合する性質を持っています。
タンパク質のN未端あるいは分子内に含まれるリジン残基の遊離アミノ基はグルコースのアルデヒド基と非酵素的に結合します。この給合はいったん形成されると自然に解離することはありません。これを「タンパク質の糖化」といいます。
タンパク質の糖化は血糖値の高さに比例して起こるため、寿命の判明しているタンパク質の糖化度を測定すれば、過去のある一定期間の血糖の高さを推定することができます。この原理を利用したのが、糖尿病の検査に使われるヘモグロビンA1cです。赤血球の寿命は約120日なので、赤血球に含まれるヘモグロビンというタンパク質の糖化の度合いを測定すると、過去1〜2ヶ月間の血糖値の指標になると考えられています。
料理で食材を加熱すると、グルコースやフルクトースのような還元糖とアミノ化合物(タンパク質やペプチドやアミノ酸)が反応して様々な物質ができます。これらの物質は料理の味や香りや色とも関係しています。
この反応はアミノカルボニル反応、あるいは発見者の名前をとってメイラード(Maillard)反応と呼ばれています。このメイラード反応は非酵素的な反応で、加熱によって短時間で進行しますが、常温でも長い時間をかけて進行します。ホットケーキを焼くと褐色になるのは、卵や牛乳のタンパク質と砂糖が反応するからです。味噌や醤油の色もメイラード反応によって生成した成分の色です。生体内でグルコースやフルクトースなどの還元糖がタンパク質に結合する糖化反応も生体内で起こるメイラード反応です。
体内で生成した糖化タンパク質はその後分解して様々な低分子物質が生成します。これらの物質を糖化最終生成物(advanced glycation endproducts;AGE)と言います。AGE(エイ・ジー・イー)というのは糖化反応による生成物の総称で、多数の種類が知られています。このAGEという物質が、さらにタンパク質を変性させ、炎症や酸化ストレスを高めて老化を促進します。
AGEは細胞外の結合組織に蓄積して結合組織のタンパク質(コラーゲンやエラスチンなど)をクロスリンク(架橋)して弾力性を低下させます。これは血管や皮膚が硬くなる原因になります。
AGEは細胞のタンパク質も架橋して変性させます。細胞質内の解糖系で代謝される途中の物質がタンパク質を糖化させることが知られています。糖の摂取が多くなり、細胞内での糖代謝が亢進すると細胞内のAGEも増えます。細胞膜や細胞内のタンパク質にAGEが結合すると細胞の老化が進み、働きが低下します。
さらにAGEは細胞の受容体を介して遺伝子発現に変化を及ぼします。マクロファージなどの炎症細胞や血管内皮細胞など多数の細胞に、AGEで修飾されたタンパク質が結合する複数種類の受容体があります。血中のAGE濃度が高くなるとアルブミンなどの血清中のタンパク質にAGEが結合します。このようなAGE修飾タンパク質がAGE受容体に結合すると細胞内のシグナル伝達系が活性化されて、増殖因子や炎症性サイトカインの産生が促進され、活性酸素の発生も増えてきます。
消化管粘膜上皮や血液細胞のように再生によって絶えず入れ替わっている細胞であれば、タンパク質の糖化や糖化最終生成物(AGE)によってタンパク質の架橋や変性が起こっても、新しい細胞に交代することで若い状態を維持できます。一方、寿命の長い細胞やタンパク質は架橋・変性が蓄積するので、機能障害が次第に顕著になります。例えば、神経細胞は増殖や再生をしないで一生使われるので、加齢とともにタンパク質の架橋や変性が蓄積すると機能が低下していきます。皮膚のコラーゲンが架橋・変性すると肌の張りや弾力性が低下します。
血管のコラーゲンやエラスチンも寿命が長いので、これらのタンパク質の架橋・変性が蓄積すると体中の血管が徐々に破壊されて多くの臓器の働きが低下します。糖尿病では、タンパク質の糖化やAGEの生成によって微小血管が障害されると神経系や腎臓や網膜にダメージが生じ、大血管が障害されると動脈硬化が進行して、心筋梗塞や脳卒中や末梢動脈の血行障害が発症します。 「人は血管とともに老化する」と言われています。血管が老化して固くなると、臓器や組織を養う血液循環が悪くなり働きが低下するからです。健康を維持するためには血管を柔らかい状態に維持することが必須であり、そのためには血管のタンパク質の糖化やAGEの蓄積を防ぐことが大切なのです。
白内障もタンパク質の糖化が原因です。眼のレンズに相当する水晶体を満たすクリスタリンというタンパク質は一度作られると補充や交換ができません。クリスタリンの糖化による変性が進行すると固くなり透明度が低下して視力に障害がでるのが白内障です。このように、神経や血管や皮膚や水晶体などのタンパク質に糖化が進むことによって、様々な老化現象が起こっています。糖質を多く摂取すると血糖が上昇し、タンパク質の糖化やAGEの産生が増えます。健常者でも、皮膚コラーゲン中のAGE蓄積量は加齢とともに増加し、糖尿病患者で同年齢の健常者よりもAGEの量が多いことが報告されています。
糖化によるAGEの生成・蓄積は、糖尿病における様々な組織の機能低下だけでなく、動脈硬化や認知症、骨粗鬆症、皮膚の弾力低下など、加齢に伴う多くの老化現象の根本的な原因となっています。AGEは老化促進物質であり、様々な病気を引き起こす元凶と言えます。つまり、糖質自体に老化を促進する作用があり、タンパク質の糖化やAGEの産生を減らすこと、すなわち糖質摂取を減らすことで老化を遅らせることができると言えます。
銀座東京クリニック 院長
福田 一典(ふくだ かずのり)氏
昭和28年福岡県生まれ。昭和53年熊本大学医学部卒業。熊本大学医学部第一外科、鹿児島県出水市立病院外科勤務を経て、昭和56年から平成4年まで久留米大学医学部第一病理学教室助手。その間、北海道大学医学部第一生化学教室と米国Vermont大学医学部生化学教室に留学し、がんの分子生物学的研究を行う。
平成4年、株式会社ツムラ中央研究所部長として漢方薬理の研究に従事。平成7年、国立がんセンター研究所がん予防研究部第一次予防研究室室長として、がん予防のメカニズム、および漢方薬を用いたがん予防の研究を行う。平成10年から平成14年まで岐阜大学医学部東洋医学講座の助教授として東洋医学の教育や臨床および基礎研究に従事した。現在、銀座東京クリニック院長。
<主な著書等>
「がん予防のパラダイムシフト--現代西洋医学と東洋医学の接点--」(医薬ジャーナル社,1999年)、「からだにやさしい漢方がん治療」(主婦の友社,2001年)「見直される漢方治療~漢方で予防する肝硬変・肝臓がん」(碧天舎,2003年)など。
・掲載12 糖質制限のための食事
・掲載11 糖質は必須栄養素ではない
・掲載10 糖質を減らすと寿命が延びる
・掲載9 糖質や甘味を減らすと食事摂取量が減る
・掲載8 糖質と甘味は中毒になる
・掲載7 糖質摂取を減らすと太りにくくなる
・掲載6 糖質を減らせば老化しにくくなる
・掲載5 糖質が増えると欧米人は肥満になり日本人は糖尿病になる
・掲載4 農耕が始まり糖質摂取量が増えた
・掲載3 人類は糖質で太る体質を持っている
・掲載2 人類は肉食で進化した
・掲載1 なぜ糖質制限が議論されるのか
・掲載5 癌治療におけるサプリメントと役割
・掲載4 ホリスティック医療の重要性
・掲載3 自然治癒力はどこまで期待できるか自然治癒力を上げる方法
・掲載1 東洋医学との出会い、なぜ、癌代替医療に取り組むのか
・掲載3 病気は正気と病邪のせめぎ合い
・掲載2 「未病を治す」は全ての病気の予防の原則