約250万年以降、4万年から10万年の周期で氷期と間氷期を繰り返しています。最後の氷期が終わったのが約1万年前で現在は間氷期にあたります。 現代人類の祖先であるホモ・サピエンスは約14万年前にアフリカにいた小集団で、約10万年前にアフリカを出て世界に分布を広げていき、現代社会につながっていきます。
氷河期に入ってから人類は肉食が中心になり、脳と知能が発達し、同時に低糖質の食事に適応するように進化していきます。しかし、この低糖質の食事が最後の氷期が終わった約1万年前に大きく変化します。十分に知能が発達していた人類は気候が暖かくなってくると農耕と牧畜を始めたからです。
この農耕と牧畜によって人類は安定的に食糧を得ることができるようになり、人口が増え、社会が豊かになりました。獲物を求めて移動する必要が無くなり、時間ができると発明によって生活をより便利にし、高度な文明を作り出しました。 狩猟採集時代の糖質摂取量は1日10から125グラムと推定されています。一方、現代人では1日250から400グラム程度の糖質を摂取しています。
農耕が始まって穀物からの糖質の摂取量が増えても、健康上の問題は現れなかったと思われます。それは、この頃に摂取していた糖質は食物繊維が豊富で吸収が遅かったからです。 食品がどれほど血糖値を上げやすいかを示す指標としてグリセミック指数が使われます。食品中に含まれる炭水化物が消化されてグルコース(ブドウ糖)に変化する速さを、精製したグルコースを摂取した場合を100として相対値で表します。糖質として同じ量を摂取しても、素材が異なると血糖値への影響は異なるという考えに基づいた指数です。 グリセミック指数の高い食品はインスリンの分泌を刺激する作用が高い食品です。精白していない穀物は食物繊維が豊富で消化管での消化や吸収がゆっくりなので、血糖値を急激に上げることがないのでインスリンの分泌を抑えることができます。インスリン分泌の負荷が少なければ、肥満や糖尿病のリスクは上がりません。 問題は、産業革命以降の急速な工業化と、近代における精製した単純糖質の摂取が増えたことです。単純糖質は殆ど低分子の糖質で出来上がっている食品で、代表は砂糖です。穀類は糖質が主体ですが、タンパク質や脂質や食物繊維も含まれます。穀類を精製して糖質だけにした食品や、砂糖や異性化糖(でんぷんを酵素などで処理して作ったグルコースとフルクトースの混在した糖)は近代に入るまで人類の食事には無かった食品です。
産業革命は機械や動力の発明によって18世紀末から英国を中心に起こりました。機械化や燃料の進歩によって農業の生産性が飛躍的に向上し、貯蔵技術の進歩と相まって、それ以前は起こりえた飢饉(天候異変などで、農作物の収穫が少なく、食糧が欠乏すること)は先進国では起こらなくなりました。
穀物は機械による脱穀によって高度に精製され、砂糖の消費や摂取カロリーが増えています。食品中からビタミンやミネラルのような微量栄養素は減少し、食物繊維の摂取は極端に減少しています。さらに、機械化された生活と交通機関の発達と自動車の普及によって体を動かす量が減っています。 精製した糖質の摂取と運動量の減少が肥満や糖尿病やメタボリック症候群など多くの病気の原因になっています。このような食事と生活環境の変化が急激に起こったために、人類は適応できていないのが原因となっています。
肥満や糖尿病やメタボリック症候群などの生活習慣病は、遺伝的要因(体質)と環境要因によって発症リスクが決まります。糖尿病の疑いがあるとき最初の診察で医者が聞くのが家族歴です。糖尿病になりやすい遺伝形質があるからです。親や兄弟に糖尿病患者がいると糖尿病になりやすい体質をもっており、運動不足や過食といった環境要因が重なると糖尿病を発症します。 中国では大量の米が消費され食事中の糖質の割合が多いのが特徴です。体を多く動かすので、農村部の多い中国では今まで肥満はあまり問題になっていませんでしたが、経済成長とともにライフスタイルが変わり、中国の都市部では肥満が増加し、糖尿病も急激に増えています。 インスリンは余ったエネルギーを脂肪に変えて蓄える作用があります。欧米人はインスリンの分泌能が高い人種で、糖質の摂取が増えると肥満を起こしやすい体質を持っています。この遺伝形質だけであれば肥満も糖尿病も起こりません。産業革命以前は、穀物は潰したり荒く粉にしたりして調理していたので、食物繊維が豊富で糖質の消化や吸収が遅く、インスリンの分泌も多くありませんでした。 しかし、産業革命後は機械による穀物の精製技術が進歩し、精製した糖質や砂糖の摂取量が増え、インスリンの分泌量が増えたために肥満が増えました。高血糖によるインスリン分泌刺激が増えると、膵臓のランゲルハンス島のβ 細胞の酸化ストレスが増強し、β 細胞がアポトーシスで死滅して数が減っていき、最終的にはインスリン分泌能が極端に低下して糖尿病を発症します。
農耕が始まっても、つい最近までは肥満も糖尿病も珍しい病気でした。食糧が十分に獲得でき、労働で体を動かす必要のない上流階級の病気でした。しかし、近年は肥満と糖尿病はごく普通の病気になりました。
精製した穀物や単純糖質の消費が増え、機械の発達によって労力を使わなくなり、暖房や衣服の発達によって寒い気候でも体の熱産生を高める必要がなくなりました。その結果、摂取エネルギーが消費エネルギーを超えるようになり、太りやすい体質を持っている人は簡単に肥満になります。
人間は肥満になりやすい形質を多数持っています。つまり生活習慣病を起こしやすい遺伝的要因は人類の中に蔓延しています。残念ながらこのような遺伝形質を体から消し去ることはできません。したがって、生活習慣病を減らすには環境要因を改善するしかありません。その第一が精製した糖質の摂取を減らすことです。
銀座東京クリニック 院長
福田 一典(ふくだ かずのり)氏
昭和28年福岡県生まれ。昭和53年熊本大学医学部卒業。熊本大学医学部第一外科、鹿児島県出水市立病院外科勤務を経て、昭和56年から平成4年まで久留米大学医学部第一病理学教室助手。その間、北海道大学医学部第一生化学教室と米国Vermont大学医学部生化学教室に留学し、がんの分子生物学的研究を行う。
平成4年、株式会社ツムラ中央研究所部長として漢方薬理の研究に従事。平成7年、国立がんセンター研究所がん予防研究部第一次予防研究室室長として、がん予防のメカニズム、および漢方薬を用いたがん予防の研究を行う。平成10年から平成14年まで岐阜大学医学部東洋医学講座の助教授として東洋医学の教育や臨床および基礎研究に従事した。現在、銀座東京クリニック院長。
<主な著書等>
「がん予防のパラダイムシフト--現代西洋医学と東洋医学の接点--」(医薬ジャーナル社,1999年)、「からだにやさしい漢方がん治療」(主婦の友社,2001年)「見直される漢方治療~漢方で予防する肝硬変・肝臓がん」(碧天舎,2003年)など。
・掲載12 糖質制限のための食事
・掲載11 糖質は必須栄養素ではない
・掲載10 糖質を減らすと寿命が延びる
・掲載9 糖質や甘味を減らすと食事摂取量が減る
・掲載8 糖質と甘味は中毒になる
・掲載7 糖質摂取を減らすと太りにくくなる
・掲載6 糖質を減らせば老化しにくくなる
・掲載5 糖質が増えると欧米人は肥満になり日本人は糖尿病になる
・掲載4 農耕が始まり糖質摂取量が増えた
・掲載3 人類は糖質で太る体質を持っている
・掲載2 人類は肉食で進化した
・掲載1 なぜ糖質制限が議論されるのか
・掲載5 癌治療におけるサプリメントと役割
・掲載4 ホリスティック医療の重要性
・掲載3 自然治癒力はどこまで期待できるか自然治癒力を上げる方法
・掲載1 東洋医学との出会い、なぜ、癌代替医療に取り組むのか
・掲載3 病気は正気と病邪のせめぎ合い
・掲載2 「未病を治す」は全ての病気の予防の原則