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感染症と免疫シリーズ

掲載5

細菌感染と抗生物質:抗ウィルス薬は細菌には効かない

ウィルスは生物の定義から外れており、地球上における生物直前の存在あるいは構造物といえます。細胞内の、ほぼ核だけの構造体です。DNAかRNAの複製部分を持っており周囲にエンベロープというわずかの脂質あるいは糖タンパク質の被膜を有しています。この被膜の脂質を壊すことができるのはアルコールですから、手洗いに高濃度アルコールが有効であり、石鹸や洗剤も有効となります。この場合有効とはウィルス被膜構造の破壊を期待できるという事です。DNA成分あるいはRNA成分は壊れませんが、環境内には豊富にこれらを破壊する酵素(DNアーゼやRNアーゼ)があふれています。ですから、被膜が破壊されれば、一応ウィルスは消滅したという事になりましょう。
このウィルスの被膜構造は細菌の菌体膜とは全く異なります。細菌の菌体膜は脂質と多糖類からなります。明治時代に世界で活躍されたデンマーク人のグラム先生が開発したグラム染色によって、地球上の細菌は陽性群と陰性群に大別されます。細菌の菌体膜の構造のちがいで、染色後の色が異なります。例えば大腸菌はグラム陰性菌ですし、ブドウ球菌や結核菌はグラム陽性菌です。この違いが抗生物質であるペニシリンと深いかかわりがあります。

いずれにしましても、こうした異物はヒトにとって異物であり、非自己です。鼻粘膜や口腔からの気道系あるいは消化管系では、これらが体内に入ることを様々な防波堤で食い止めて、体内に入らないようにしています。体内に入ると免疫監視が応答を始めることになります。このスタートを握る細胞が自然免疫系のマクロファージです。異物が体内に侵入した段階で、異物を貪食した多数のマクロファージは細胞表面に多数の抗原断片(エピトープ)を提示します。このありさまをイメージして、マクロファージはさながら千手観音かなとおもいます。たくさんの手に様々な抗原断片を提示して、対応するTリンパ球とBリンパ球にIgM特異的抗体産生を促します。2度目の攻撃では、より強力に、そしてより鋭い特異性の高いIgG抗体産生がBリンパ球からさらに抗体産生に特化した形質細胞が多量に分泌することになります。これが獲得免疫系です。このIgG抗体が同一の異物を排除できる能力(オプソニン効果)があると、完全抗体といって血清療法に使える抗体となります。つまり完全抗体を生み出せる抗原を、ワクチン効果ありと言えます。不完全抗体は多くの機会に産生されます。これにはオプソニン効果はないので、この抗体を産生する抗原物質はワクチン使用には不適当となります。
細菌感染には抗生物質が威力を発揮して、ほとんどの細菌感染の治療薬となるので私たちは安心して生活できています。これは青カビ変異型を材料としてペニシリンを発見したアレクサンダー・フレミングの功績は筆舌に尽くせません。

ペニシリンはグラム陽性菌の菌体膜形成に必要な細菌酵素を破壊することで、グラム陽性菌の生存を止める力があります。細菌あるいは真菌たちが自然界で戦いあっているという事実をだれが想像したでしょうか。土中の放線菌からストレプトマイシンをワックスマンは発見し、「抗生物質」antibioticsと名付けました。日本人の梅澤濱夫先生もその一人で、カナマイシンは有効です。その後の抗生物質の開発と発展はグラム陰性菌に対しても有効なバンコマイシンあるいはメシチリンも登場しました。しかし細菌もDNA突然変異を持続して、耐性菌が登場することになります。
一方、抗ウィルス薬はどのようなものかといいますと、核酸アナログというウィルスのDNAあるいはRNAの塩基配列形成を阻害しようというもので、これらは細菌の菌体膜を通過しえないと考えられており、細菌の核酸とは全く異なるわけで、細菌感染を治療する事には使用されません。例えばC型肝炎ウィルス(RNAウィルス)に使用される核酸アナログ剤は内服できるようになっており、20世紀では考えられないような時代です。

一般的に、DNAウィルスは塩基配列に変異が起きにくいのですが、RNAウィルスは塩基配列変異が起きやすい性質があります。インフルエンザウィルスはRNAであり、変異しやすい。インフルエンザ治療薬のタミフルは、ウィルス被膜に存在するノイラミニダーゼという酵素の阻害剤で、ノイラミニダーゼは感染細胞内で増えたウィルスを細胞外に放出する際に働きます。タミフルはこの酵素を阻害することで、治療効果を得ようとする感染早期治療薬です。またウィルス同志を凝集させて、細胞感染を防ぐ効果もあるようです。インフルエンザウィルス対策にはアビガンもあります。
COVID-19もRNAウィルスで、SARSやMERSと同様のコロナ系のウィルスです。開発中の抗ウィルス薬のレムデシビルは核酸アナログであり、細胞内でのウィルス複製を阻害しようという物質です。
RNAウィルスのRNA塩基配列が変異しやすいという性質は大変厄介で、これは核酸アナログでウィルス塩基配列の複製ブロックがかけにくいということになります。またこのことはワクチン作成の抗原が一定しないということであり、ワクチン注射がヒトに完全抗体の産生を妨げる可能性が高いのです。
いずれにしましても、ウィルス感染と細菌感染に対する治療の標的は根本的に異なるので、抗ウィルス薬は細菌には効かないのです。

プロフィール
遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)氏

浜松医科大学(第一病理)

遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)

昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。虎の門病院免疫部長、病理、細菌検査部長兼任後退職。カナダ・マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授となる。現在、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問、看護学校顧問。免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、現在に至る。

<主な研究課題> 生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学

バックナンバー

感染症と免疫シリーズ

・掲載5 細菌感染と抗生物質:抗ウィルス薬は細菌には効かない

・掲載4 ウィルス感染症の治療と予防:抗ウィルス薬、血清療法、免疫

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病理専門医からみた健康戦略シリーズ[2]

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病理専門医からみた健康戦略シリーズ[1]

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病理医からみた一人ひとりのがん戦略

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