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病理専門医からみた健康戦略シリーズ[2]

掲載8

自己とは?非自己とは?(8)抗生物質の発見/一型アレルギー/免疫グロブリン

前回の最後で抗生物質のはなしを少ししましょうといいました。ここで閑話休題としてお話します。

抗生物質の発見物語

実は抗生物質という名前を提唱したのは、抗結核薬のストレプトマイシンを発見したワックスマンです。微生物同士が互いに戦う化学物質を産生するという画期的な現象=anti-biotics(生物間対抗産物現象)が認識されたことを意味します。

発見された最初の抗生物質はいうまでもなくペニシリンです。この物質をアオカビPenicillium notatumの培養濾液の中に見出したのは、ロンドンにあるセントメリー病院の接種科に就職した内科医アレクサンダー・フレミングです。このアオカビは変異型種であることが後で判明しました。通常型アオカビはこの物質を産生しないというわけで、かれは奇跡的な偶然に遭遇したといえるでしょう。

上記のいきさつはNewton Press社発行の「医学の10大発見」(文献1)という本の第9章に「アレクサンダー・フレミングと抗生物質」として詳細に書かれています。彼はコッホの細菌の純培養法を応用して、いくつかの細菌種に対するアオカビの抗菌性について厳密に研究しています。

結局、驚くべきほどの偶然と必然が重なって、抗菌性のペニシリンの発見にたどりついています。しかし、当初彼はその奇跡的な効力の本質と薬剤としての可能性に気づいていなかったのです。

フレミングは変異型アオカビについて学会発表し、論文は1929年に医学雑誌(文献2)に掲載されました。しかし、その内容に対する反響は今から思えば驚くほどなかったのです。当時、ロンドンでも梅毒が流行しており、医師たちはその治療に手を焼いていました。パウル・エールリッヒの発明したサルバルサンは当時にしては特効的な注射薬でしたが、数ヶ月の注射治療を要するものでした。

フレミングはその接種医師として忙しかったようで、かなりの財をなしたとあります。つまり、稼ぐに忙しくて自分の虎の子の研究はそっちのけだったのかもしれません。あるいは、当時における医学医療状況の常識の流れ以上に彼の洞察は超えられなかったのかもしれません。彼はペニシリンの研究を放置しますが、変異型アオカビは培養維持し続けました。

その後、第二次世界大戦に突入する最中のイギリスで、ナチスドイツから亡命してきていた醗酵化学者チェーンはフレミングの論文について興味を持っていました。彼をチームに引き入れたオックスフォード大学病理学教室のフローレイ教授らは感染症の病因論的研究として変異型アオカビを対象としました。かれらはロックフェラー財団の資金援助を得て精力的にペニシリンの基礎研究を始めました。

そして薬物としての臨床効果検証へと展開しました。幾多の困難の後に大量生産の方法開発が実を結びました。1940年には、チェーンを筆頭著者としたペニシリンに関する研究論文が国際的な医学雑誌のランセットに採択されて、優先的に掲載されたとあります。そして第二次世界大戦終結直前にこのミラクルドラッグの効果が人々に提供されるようになりました。

論文発表後わずか5年で、フレミング、フローレイそしてチェーンは1945年の医学生理学部門のノーベル賞を受賞しています。戦時中にはナチスドイツと連合国側の熾烈なスパイ合戦があったように聞いています。又、研究者間でペニシリンの特許申請にかかわる角逐もあったように聞きます。ペニシリンの情報については戦時下の日本にももたらせられました。

昭和19年1月27日の朝日新聞に「米英最近の医学界、チャーチル首相命拾い。ズルフォン剤を補うペニシリン」(文献3)の記事が載りました。敗戦後の日本人には、ペニシリンはまさに干天の慈雨のようなものだったはずです。こうした話は尽きませんが、再び今回のテーマの慢性炎症に戻ります。

アレルギーI型=いわゆる過敏症

気管支喘息やアトピー、花粉症は液性免疫の過剰現象として従来から過敏症としてとらえられていました。炎症をひき起こす過剰免疫病態(アレルギー)をⅣ型のまとまりのある臨床病態として世界に提唱した臨床家がクームス先生です。

クームス分類はこのシリーズの(3)で少し触れたとおもいます。Ⅳ型の分類の第一に過敏症を挙げたのです。その理由は定かではありませんが、蜂アレルギーなどの致命的な過敏症のアナフィラキシーという病態を含んでいるからとも考えられます。

これは液性免疫異常ということで、免疫グロブリンIgEが病態発生の主役といってもよい即時型炎症反応です。IgEの発見者でありI型アレルギー研究の世界的牽引車だったのが、石坂公成博士夫妻でした。一方、アレルギーIV型は結核症やツベルクリン反応に代表される細胞性アレルギーの肉芽腫性慢性炎症ということになります。

免疫グロブリンのクラススイッチ

I型アレルギーについては「からだの防御システム」(3)でお話した「モンゴルの馬ふん」をおもいだしていただけますと幸いです。液性免疫の基本的なしくみにはクラススイッチという重要な現象があります。「からだの防御システム」(6)で予告しましたクラススイッチのことです。ここで説明することにします。

クラススイッチに関する重要な実験があります。白いウサギに非自己の抗原、ここでは卵白アルブミンをおしりの皮下に注射したとします。この場合、卵白アルブミンは白ウサギにとって「処女抗原」ということになります。

約一週間後にはウサギの血液中に卵白アルブミンに対する多クローン性の抗体が産生されます。この抗体はBリンパ球系の幼い細胞が造りだす免疫グロブリンでIgMなのです。抗体の量はピーク状に推移します。

つまり、造りだされたIgM量は増加して後に減少することになります。このピーク状の推移にかかわるリンパ球がTリンパ球で、IgM量が増加する時はヘルパーTリンパ球が優勢で、減少する時はサプレッサ-Tリンパ球が優勢になってIgM量を減らすことになります。

これらのしくみを作動する究極の「黒子細胞」がマクロファージということになります。同じ抗原を二度目に注射しますと白ウサギの免疫系は「免疫記憶」をたどって急激に関連細胞たちが増殖します。

そして短期間に莫大な抗体量を産生し、半永久的に持続します。このとき産生される免疫グロブリンクラスが大変重要になります。ここがクラススイッチという現象にほかなりません。もしIgGという免疫グロブリンクラスならば、一般的にいわれている全身性液性免疫系の抵抗力という抗体なのです。

このプロセスはまさにワクチン療法の意味であります。しかしこれがもしIgEにクラススイッチしたとすると、I型アレルギーをひき起こす可能性が大きくなります。またもしIgAという抗体ならば、粘膜液性免疫系の抵抗力ということになります。

IgEクラススイッチ

以上の抗原刺激に伴う自然免疫系から獲得免疫系への推移におこる免疫グロブリンのクラススイッチは京都大学の本蔗教授によって解明された現象です。自然免疫系の液性因子はIgMという五個の免疫グロブリン単位からなる巨大な免疫グロブリンクラスです。

獲得免疫系でより特異性の高い免疫グロブリンが大量に効果的に産生されるようになっています。IgEにクラススイッチしやすい人とそうでない人がいるのです。これは免疫系の成長の過程で獲得してくるもので、胎児期ならびに環境に大きく左右されるもので、家族的あるいは遺伝的な要因はむしろ少ないと認識されつつあります。これについては既におはなしたことであります。

皮膚に病変をひきおこすアトピーはI型アレルギーと細胞性免疫異常のIV型との合併で皮膚病変をおこすとされていて、気管支喘息なども同類と考えられています。I型アレルギーの方は血液中のIgE量が日頃から多く、レアギンと呼ばれています。レアギンに対するアレルゲン(抗原)は患者さん一人一人で異なることはありますが、大枠では類似しています。

季節的あるいは通年的に目、鼻あるいは口などの粘膜からアレルギー抗原(アレルゲン)が刺激すると、免疫系が揺さぶられてしまいます。このような患者さんのからだには日頃から肥満(マスト)細胞という血液中の好塩基球の成人型がからだ中に分布しています。また好酸球という白血球もI型アレルギーには重要な細胞で、患者さんの血液中には増加しています。

アレルゲンとレアギンが結合するとその抗原抗体複合物は肥満細胞の細胞膜上にある受容体と特異的に親和性を高めて結合します。すると活性化したこの肥満細胞は細胞質中の顆粒内の物質を放出することになります(脱顆粒現象)。

この物質の成分でもっとも強力なものがヒスタミンです。これがさまざまな気分を悪くする症状をひきおこす元凶です。そして、局所にさまざまな炎症反応をひき起こしていきます。くりかえし炎症がおこる慢性炎症ということになるわけです。I型アレルギーの典型例は慢性副鼻腔炎や鼻タケ、気管支喘息による気道系の不可逆的気管支炎(リモデリング)などです。

このほかにアトピー、装飾品の金属に対する接触性皮膚炎などもI型プラスIV型アレルギーとして認識されています。I型アレルギーとの関連性の深いものとしてシックハウス症候群があげられます。
次回では、アレルギーII型とIII型について説明しましょう。

文献1:マイヤー・フリードマン/フリードマン著 鈴木 邑訳。医学の10大発見。
-その歴史の真実- Newton Press 2000年。
文献2:A.Fleming: British Journal of Experimental Pathology 10:226, 1929.
文献3:梅沢浜夫著。抗生物質の話。 岩波新書 472 1962。

プロフィール
遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)氏

東京脳神経センター(病理/内科)

遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)

昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。虎の門病院にて免疫検査部創設・部長、病理/細菌検査部長を務める。その後カナダ マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問・看護学校顧問を経て、現在、東京脳神経センター(病理/内科)。免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、発表した論文は110報以上。

<主な研究課題> 生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、頭痛と首コリの解消、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学

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