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病理専門医からみた健康戦略シリーズ[2]

掲載7

自己とは?非自己とは?(7)外部からの非自己②

今回も「外からのいやな奴」について、さらに説明を続けます。その後に「内なるいやな奴」による慢性炎症の話になります。

これは「アレルギー」(過剰免疫反応)の1型である慢性炎症の花粉症や喘息などのI型アレルギーと、自己免疫疾患による慢性炎症であるII型、III型、IV型アレルギーについての話しになります。ゴールはまだまだ先のことで、お楽しみ下さい。

再び急性炎症と慢性炎症

急性炎症に対して慢性炎症とは治りにくい炎症であり、原因に対してからだの側が反応する細胞成分や炎症性情報物質(サイトカイン)が互いに異なります。急性炎症では血液の中の成分である主にマクロファージと好中球や血漿成分が一挙にかかわります。慢性炎症では主にマクロファージとリンパ球がじわりじわりとかかわります。

しかし、急性炎症が繰り返しておこることが一見慢性炎症のように見えることもありますが、これは今議論している「真の慢性炎症」とは異なります。このタイプのくりかえす急性炎症反応で、局所に出現する好中球やマクロファージの産生する活性酸素が前講座で詳しく説明しました「発がん」の促進因子、すなわちDNA損傷の直接因子になるのです。これら三つのちがいを十分に理解しておけば、現代医学の8割(炎症論と腫瘍論)は究めたといっても良いでしょう。

筆者が1960年代後半当時(旧いですね!)に東京大学医学部の病理学講義を聴講した頃は、免疫学の「夜明け前」でした。そしてまた、東大闘争前夜でした。その頃は「急性炎症」と「慢性炎症」のちがいは、病気の期間の長さであるとされていました。病気の長さが短ければ「急性」で、長ければ「慢性」と!?ではその間は?「亜急性」とか「亜慢性」とか。

血清学から免疫学へ

科学が進歩しているというのに、こんなバカな話はないなという印象が強かったことを強烈に覚えています。医学とはこんな程度だったのか。そのころ、日本のどこにも免疫学という講座はなくて、「血清学講座」だったのです。その後、千葉大学医学部出身の免疫学者として有名だった多田富雄先生を東京大学に招聘するために、新たに「免疫学講座」を創設しました。この経緯は医学史的には当然の帰結でした。

当時、血清学の大黒柱のような存在だった「梅毒血清反応」が大通りを闊歩していました。患者のカルテにある隠語のWaR実は「ワッセルマン反応」のことです。この反応(+)という臨床データは、「男の変な勲章」のようなものでした。

これは治癒したという意味であり、その血液は危険ではないのです。しかし当時では、この反応(+)とは、現代でいうエイズウィルス抗体(+)と同じくらいの怖さで一般的に重要性を意味していたといっても過言ではありません。

その後の免疫学の進歩は大変急速であり、現代医学をリードした感があります。「そして現代では…」の話を今皆さんにしているわけです。そして驚くべきことに、今や「免疫学」ということばすら消え、「生体防御学」ということばに代わりつつあります。

話を元にもどします。いずれにしましても、急性炎症と慢性炎症の両者の炎症病因と現象は本質的に異なると考えた方が正解なのです。慢性炎症の病因の一つである結核菌を代表例としてとりあげ、それに対する生体防御そして治療について説明しましょう。

光学顕微鏡の威力

結核菌についてお話しする前に、研究の歴史を通覧することは心の通った医学の意義を理解する近道と考えます。医学史的には19世紀初頭までは、フランス、イタリア、オランダを中心として肉眼レベルでの病理解剖が医学の主流であり、そのレベルでの科学的情報収集の時代でした。「肉眼から微小へ、ミクロの世界」へ飛び込むことが、現代医学の扉を開けました。

ご存知のように、天文学の世界では凸レンズを利用した倒立顕微鏡で天体を観察していました。ガリレオ、ケプラー、コペルニクスなどが宇宙とくに太陽系の観察をした時代でした。19世紀になって、物がそのまま見えるように拡大する顕微鏡つまり正立顕微鏡という凸レンズと凹レンズを組み合わせた光学顕微鏡が開発されました。

その普及がドイツを中心に発展していくことになり、これが現代医学の進歩に欠かせないものとなったのです。正立顕微鏡の普及がいわば現代医学の革命的道具となったといっても過言ではありません。当時は単眼の顕微鏡でした。筆者が東京大学医学部の病理学教室に入った頃は、教室の隅に古ぼけた単眼顕微鏡がひっそりと置かれてあり、集光用に使われた硫酸銅(青色の溶液)入りの球形フラスコも見かけたものです。これらは、現在でいう青いフィルターと光コンデンサーにあたります。

カール・ツァイス社とかライツ社というブランド名は、デイジタルカメラの現代社会以前では光学系カメラの老舗として世界に名前をとどろかせました。この光学顕微鏡を駆使して医学に革命を起した人物が病理学者のルドルフ・ウィルヒョウ先生と細菌学者のロベルト・コッホ先生です。

ウィルヒョウ先生はベルリンにあるシャリテ病院(慈善病院(数千床の大病院で現存)の病理主任となり、数多くの病理解剖をしました。これからお話しするような細菌感染の真っ只中の病理解剖が如何に危険であったか、御想像下さい。抗生物質の恩恵の約百年前のことです。多くの有為な若き医学研究者が亡くなっています。

かくいう筆者は虎の門病院という一総合病院で約800例の病理解剖を行う中で、結核に感染したようです。スイス留学中に健康診断で肺結核が見つかり、ひと月の間バーゼル大学病院の結核病棟に入院後、一年間の抗結核薬治療した経験があります。

染料化学

こうした医学的研究対象の細胞、組織あるいは細菌は特殊な染料で染めなければ、光学顕微鏡で観察することが出来ません。さまざまな染料を発見する地道な経緯が大変重要なことだったのです。その過程には化学的な基礎研究が不可欠で、その後の化学立国ドイツの名をほしいままにしました。

ちなみに、ホメロスの叙事詩のトロイ遺跡を発掘したドイツ人のシュリーマンは染料のアニリン販売で大金持ちになって、江戸末期の日本を旅行後に有名な大発掘調査したと聞いています。免疫学の天才的研究者のパウル・エーリッヒもエバンスブルーという青色色素の染料の化学的研究から、脳や脊髄の生理学的特徴である「血液脳関門」という概念を導きました。

病理解剖

ウィルヒョウ先生は現代医学のゴッド・ファーザーともいうべき人物です。この先生は「細胞病理学」という自分の講義録を元にした書物を出版し、世界に問いかけました。「細胞は細胞から生まれる」というラテン語の名言を残した人でも有名です。病理学徒である筆者はこの本の英語訳と日本語訳を読みました。

残念ながらドイツ語オリジナルは読んだことがありません。ウィルヒョウ先生は1847年に革命的な医学雑誌Virchows Archiv(ウィルヒョウ宝函)(病理解剖、生理学ならびに臨床医学のための雑誌)の第一巻を刊行し、現代まで続いています。筆者もこの雑誌にある彼の革新的な論文はかなり読んだつもりです。

いずれも格調高い新しい医学思想を含む文章であり、これからの医学医療の魂、つまり生理学と病理学を基盤とした臨床医学のイメージを伝えたいという野心的な意欲を感じます。現代医療で頻繁に使われている専門用語の多くは彼の造語によるものです。

彼の門下から国際的に優れた医学徒ならびに科学者が無数に輩出しました。ベルリン大学の彼の教室に日本からも、そして米国からも多数の留学生が訪れました。ノーベル賞級の化学発癌の実験を世界で始めて成功させた山極勝三郎先生も彼から多いに影響を受けました。ウィルヒョウの顕微鏡的観察と分析は優れていました。

しかし、彼には「疾患はさまざまな刺激によって起こる」という根本的な見方あるいは偏見がありました。彼の疾病観の根本的な誤りはこれからお話しする細菌のかかわる病気を無視した点です。

19世紀は、一方で「細菌狩人」microbe hunterの時代でした。フランスのパスツールが「自然発生説」を否定した有名な「パスツールのフラスコ」を用いた実験は殺菌という今日では当たり前の現象であります。これは細菌の存在の予言的な実験でした。この革命的現象も光学顕微鏡の開発と普及と密接にかかわっています。ちなみに、20世紀は「ウィルス狩人」の時代です。そして現代は「遺伝子狩人」の時代とも言えるでしょう。

結核菌

結核菌の発見者であり現代細菌学の父とは、これからご登場いただくロベルト・コッホ先生のことです。彼は1882年のベルリンでの国際的な生理学会で、「結核症の病理学」という画期的な発表をしました。当時の「細菌」の存在をはじめて予告したパスツールは、彼の仕事に喝采し大いに賞賛しました。しかし、かのウィルヒョウ先生はコッホの仕事を全く認めず、静かにその会場を立ち去ったということです。

コッホの偉大さは、独自で細菌の純培養法を開発したことです。この方法は現代の大病院や大学病院の臨床検査の現場でも通用しているものです。結核症で死亡した患者の結核病巣から結核菌を純培養し、さらに結核菌を顕微鏡的に確認しています。さらに結核菌を用いて結核症と同様な病変を実験的に作成しました。これらの条件と結果は、原因菌と病理発生についての「コッホの三要請」と呼ばれるようになり、臨床微生物学の原点となりました。

結核菌に対する生体防御反応はアレルギーのIV型と呼ばれ、マクロファージとTリンパ球主体の過剰な細胞免疫反応(アレルギー)にほかなりません。この病巣は肉眼的に「粒状」の結核結節(肉芽腫=ニクゲシュ)というもので、結核症の特徴的なものです。まさに「1:1」に対応するもので、前回の内容の特異性炎というわけです。

こうした免疫反応をおこす細菌は、細胞内寄生する結核菌、らい菌や梅毒菌という細菌に限られているわけで、真の意味で慢性炎症として生体防御反応が起こるのです。

その後の研究で、特徴的な「肉芽腫」病巣は生きた結核菌でなくてもおこりうることがわかりました。それは結核菌の細胞膜にある特殊な脂肪酸だったのです。このような結核菌成分を使うことで、コッホは結核治療の可能性としてツベルクリン物質を開発しました。しかしこれには治療効果はなく、結核菌に対する細胞性免疫反応検査でしかなったわけです。

ツベルクリン反応陰性とは、結核菌の侵入のないヒトです。この場合、結核菌はそのヒトにとって免疫学的に「処女抗原」ということになります。そこで、BCG注射をすることで、牛結核菌からの物質によって結核菌に対する偽似の細胞性免疫反応を起こさせようとするわけです。その結果ツベルクリン反応陽性者はBCG陽転ということになります。いずれも、細胞性免疫反応と密接にかかわることがわかります。

結核菌と丸山ワクチンとの関係

結核菌の強毒株からの水溶性の細菌細胞膜成分である丸山ワクチンは皮膚結核に対する治療薬として開発され、有効性が評価されました。抗生物質の登場により当然丸山ワクチンの出番は激減しました。丸山教授は結核症患者の発癌率が低いという現象に着目して、癌免疫療法として臨床治験を行いました。一定のがん治療効果のあることは、さまざまの研究結果が報告されています。この主成分は、前述の脂肪酸ではなくアラビノマンナンという高分子多糖類です。

一方、大阪の林博士のクリニックで使用されているものは、結核菌の細胞膜由来の脂溶性成分であり、主体はアラビノガラクタンという多糖類とされています。

これら両者は経口的には体内に吸収されないので、皮下注射という投与法となります。一方、バイオブランはアラビノキシランという多糖類ですが、小さい分子量のために経口的に体内吸収が可能です。三者いずれも、細胞性免疫系を能動免疫的に作用する共通点が検証されています。つまりバイオブランは「飲む丸山ワクチン」ということができましょう。

主題とは離れますが、前述の三者はそれぞれマンノース、ガラクトースあるいはキシロースの長い鎖に共通するアラビノースという五炭糖の枝が付いているという興味深い細胞性免疫賦活分子です。

慢性炎症を引き起こす「外からのいやな奴」から細胞性免疫系の強化調整というところまでたどりつきました。次回は「外からのいやな奴」に革命的に効果のある抗生物質の話から「内なるいやな奴」に展開していきます。ご期待ください。

プロフィール
遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)氏

東京脳神経センター(病理/内科)

遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)

昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。虎の門病院にて免疫検査部創設・部長、病理/細菌検査部長を務める。その後カナダ マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問・看護学校顧問を経て、現在、東京脳神経センター(病理/内科)。免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、発表した論文は110報以上。

<主な研究課題> 生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、頭痛と首コリの解消、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学

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病理専門医からみた健康戦略シリーズ[1]

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