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病理医からみた一人ひとりのがん戦略

掲載17

多発性骨髄腫(1)

このシリーズは生活習慣病としての大人のがんの起こり方や予防について解説し、診断や治療についての戦略を示して行動計画を立てることでした。

各テーマについてほぼ網羅できましたことから、いったん終了予定でした。しかし、大和薬品の本ホームページをご利用いただいています皆様方からのご要望から、本シリーズの補遺として予告どおりに本テーマを数回にわけて取り上げます。

このがんはひとことでいいますと血液のがんで、生活習慣病とはいえません。これは今まで述べてきました生活習慣病の固形がんとは異なり、白血病と同じ種類のがんです。つまり、この種のがん細胞は血液の中で個々ばらばらになって増えるものです。

しかし、このがん細胞は通常の白血病とは異なり、一般的にいう血液(末梢血)の中に漂うことはまれで、骨髄の中にとどまっています。骨髄内で悪性化したがん細胞はおもに骨髄の中でばらばらにふえて、あちこちにかたまりをつくって骨をこわすという特徴があります。

この病気の特徴はことば通りなのであり、「多発性」とは「あちらこちら」ですし、「骨髄腫」とは「骨髄の中のかたまり」ということです。もうひとつの特徴は、免疫グロブリンという抗体と同じタンパク質を産生するということです。これは血液に増えてきますので、いわゆる腫瘍マーカーともいうべきもので、診断的価値があります。

血液細胞たち

この病気のことを解説する前に、末梢血液と骨髄(造血)の関係と免疫細胞たちについて少し説明しましょう。

私たちが健康のことでふだん口にする自然治癒力とは、まさに骨髄内でつくられるこれらの血液細胞たちによって担われています。したがってこれらの細胞が骨髄の中で造血されることとからだの中のさまざまな部分にいきわたる血液循環がぴったりうまくいっている状態が健康である証です。

これらの血液細胞たちあるいは免疫細胞たちの特徴は、ひとつひとつの細胞がばらばらに血液や体液の中に浮かんで、独立して働いているのです。これらの細胞たちを単細胞系としますと、もうひとつの特徴はからだの中を移動できるということです。

心臓のポンプ作用のおかげで血液は約1分でからだを一巡できます。これは驚異的な速さであり、血液循環器系は驚嘆すべきしくみです。血液細胞たちは血液に浮かびながらからだの中を移動して、さまざまに働いているわけです。

これらの細胞たちの中で、酸素運搬役としての赤血球はただ運ばれているだけですが、白血球たちは単純に運ばれているだけではありません。白血球たちは毛細血管レベルでは血管の外に出ていったり(遊走)、もどってきたりできます。

免疫細胞たちは血管の外に出るといろいろなはたらきをした後に、リンパ管に入って集められます。最終的にリンパ管は合流する両側の頚部静脈で血液中にもどり、再循環することになります。

以上のように単細胞系で移動できるという血液細胞の特徴は、からだの中ではきわめて特殊な細胞たちということになります。他のあらゆる細胞たちは互いにつながりあって固定されており、互いに助け合っています。こうした血液細胞のような単細胞系は、アメーバのようないわば原始的な細胞であるといえましょう。

造血細胞と自然治癒力

自然治癒力とは私たちにとってとてもかけがえの無いものですから、頑丈な骨に囲まれて守られているのではないかと思いたいところです。若い頃はからだ全体の骨の中で血液細胞たちはつくられますが、年をとるにつれて手足の骨の中ではつくられなくなり、からだの胴体の部分だけになります。手足がなくなっても、最後までもっとも大事なものが残されて、生き残れるように仕組まれているような印象です。

ほとんどの造血細胞たちはどんどんつくられて、どんどん死んでいきます。いわば「使い捨て」の細胞たちですから、その材料である栄養補給は常に必要です。つまり細胞膜というリン脂質や細胞質内のさまざまなタンパク質、そして核内のDNA関連物質の補給が常に必要になりますので、日ごろの食べ物の内容が大変重要なことがおわかりになるでしょう。

栄養状態のバランスがかたよりますと、しばらくの猶予の後に血液の内容の変化として反映されます。血液細胞たちの内訳や血漿内のタンパク質や脂質の内容が変化します。つまり自然治癒力の変化に反映されるようになるわけです。

血液細胞のおきかわり(細胞回転)は速やかですから、細胞がどんどん増えないと間に合いません。細胞が増えるためにはDNAの複製が必要で、丁度コピーが常につくられている状態と同じことです。

DNAの複製の時期は細胞にとって無防備状態に等しいのです。特にこの時期は放射線や抗がん剤の効果のターゲット(標的)となります。しがって、これらの効果は圧倒的に自然治癒力を減退させることになるわけです。

さまざまなはたらきの血液細胞たちがわたしたちのからだの防衛隊員になっています。これらの細胞たちの起源は、驚くべきことにたった一種類の幹細胞です。これが膨大な数にふえながら、大部分は赤血球になり、一部が白血球になり、また血小板をつくる細胞へとそれぞれに成熟していきます。通常の血液では白血球の70%は好中球です。

好中球は「使い捨て」の防衛最前線部隊のベテランです。この細胞たちのはたらきは強力な破壊爆薬(活性酸素)をあつかったり(殺菌作用)、異物を食べたり(貪食)して短い寿命で死に絶えます。

これらの細胞の武器は無差別攻撃をするのが特徴で、外来の細菌やウィルスだけでなく自分の細胞にも攻撃を加えてしまうのです。これらの細胞が大規模に死にたえた細胞集団が膿ということです。しかし、好中球は急性炎症では主役であり、すみやかに修復する過程をたどるか致死的な過程をたどることになります。

一方、白血球の中のリンパ球やマクロファージは壮大な免疫バランスの主役となり、個性を発揮した防衛反応を担います。これらの細胞たちは上記の好中球とは別に免疫反応や炎症反応を支える自然治癒力の強力なパートナーです。

次回に「免疫細胞たち」についてお話して、最終的に主役となる形質細胞とそのがん化(多発性骨髄腫)について説明していきます。

続く・・・

プロフィール
遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)氏

東京脳神経センター(病理/内科)

遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)

昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。虎の門病院にて免疫検査部創設・部長、病理/細菌検査部長を務める。その後カナダ マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問・看護学校顧問を経て、現在、東京脳神経センター(病理/内科)。免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、発表した論文は110報以上。

<主な研究課題> 生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、頭痛と首コリの解消、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学

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