今まで述べてきました大人のがんで共通しているのは、日本人のがんとして頻度が高く、生活習慣に密接にかかわっているということです。
胃がんや子宮頚部がんを除いて近年増加傾向が目立っていることはすでに述べました。これで大人のがんとしてすべてかといいますと、食道がんや膵臓がんには触れておりません。
又近年注目されています頭部や頚部のがんとして治療対象がまとめられているがんも重要です。これらについては次回触れるとしまして、ひとまず「進行がん」について述べることで締めくくらせていただきたく思います。
これまでは、がんの予防のためにどうするかということを重点に戦略を述べてきたつもりです。提案申し上げてきましたものは主として食べ物です。時にサプリメントに触れてきました。これにはかなり深いわけがあります。そのことについて触れたかったわけで、このまとめとなるわけです。
食べ物やサプリメントへの関心は、1970年代に芽吹きはじめた地味な医学運動が発端であり、現代では補完代替医療や統合医療というかたちの具体的な医療活動に発展してきています。それは「ケモプリベンション」(chemo-prevention)という医学思想的な潮流であります。
意訳すると“あらゆる天然あるいは合成化学物質によるがん戦略”ということでした。欧米の政府が主導する形で、抗がん剤開発ならびに現代医療を補完する医療に着目し、1990年代には欧米国民にも受け入れられるようになりました。
現在の米国では、有力な医学校は補完代替医療(CAM)の教育機関を開設して、教育ならびに研究が政府の支援により根付いてきています。日本ではこの傾向は、残念ながら遅々としており、いまだ発展的な展望が描けずにおります。
そのようなわけで、このコーナーでの2年以上にわたった私の解説があったわけです。以上の提案が日本での医学医療の発展に少しでも役立つものであることを心より願っています。
上記の潮流が発展して、独自のさまざまな民間療法、薬草(ハーブ)、漢方、ホメオパシー、アロマテラピー、タラソテラピーなどが包含されてきています。いまや医療という境界が不明瞭なボーダーレスともいってよいような包括的な概念になっているのではないかとさえ感じています。
米国の国立公衆衛生研究所(NIH)には補完代替医療(CAM)のセンターがあり、研究費や教育費の支援や治験研究が実施されています。例えば、もし「サメ軟骨」が進行がんの「兵糧攻め」(毛細血管増生阻止で栄養補給を断つ)に有効なのかというと、科学的な根拠を得るために臨床治験研究を実施するということになります。結局、その有効性は認められなかったという厳しい結論が国際医学雑誌に掲載されました。
「がん細胞は一日にしてならず」ということは、すでに詳しく述べました。がんになるまでに、10年以上20年前後かかることが普通です。がんの塊が一旦目で確認できるくらいの大きさになってからは、大きくなり方は急速です。
消化管の場合には、粘膜表面にできたがん細胞はまわりに広がりながら、胃の壁や大腸の壁深くにしみこんでいきます。ある深さを過ぎてしまうとリンパ管や血管に入りこんでしまうことになります。あるいは壁をつきぬけてしまうと腹膜にひろがって、がん性腹膜炎という厳しい状態にいたります。リンパ管に入ると近くのリンパ節に広がり、最終的に血管に及び全身的に広がります。
がん細胞が血管に入ると、からだのあちこちに広がって転移という状態にいたります。こうなると、からだのどこへでも広がっているという可能性があります。
血管内への抗がん剤の投与が全身に広がったかもしれないがん細胞を殺すには、理論的に正しいことになるでしょう。しかし、これは抗がん剤が選択的にがん細胞を攻撃するという前提です。しかし、抗がん剤は抗生物質が細菌を選択的に殺せるような力はありません。
もともと抗がん剤のヒントは毒ガス製造と密接にかかわっていました。当時は細胞増殖を鎮めるということばのサイトスタティカ(cytostatica) という遠慮がちな言葉が使われていました。日本語では制癌剤でした。がん細胞の特性は「勝手な細胞増殖」であり、それはDNAの複製そのものです。
私たちのからだを構成する細胞たちは様々なスピードでDNAを複製して、増殖しています。毛根細胞、白血球、消化管の上皮細胞、精子形成細胞たちは速いスピードで細胞増殖しています。従来の抗がん剤が投与されますとそのような細胞たちもがん細胞と同じようにダメージを受けることになります。
つまり、「毛髪が抜ける」、「白血球減少」=抵抗力減退=易感染性、不妊症、消化管出血などなどの抗がん剤副作用。そして吐き気があります。要するに抗がん剤が作用するのは、無差別にDNAの複製を攻撃するということに尽きます。ごく最近では、DNAを直接攻撃するのではなく、細胞増殖にかかわる分子の受け皿などのある細胞膜上の部分を攻撃する分子標的薬が注目されています。
臨床の場面では、しばしば手術直前に抗がん剤が投与されることがあります。そして手術で取り出されたがんの部分が病理検査に提出されて、光学顕微鏡でがん組織の状況を観察することがあります。
多くの場合、抗がん剤はかなりがん細胞を破壊していますが、100%ではなく残念ながらがん細胞は結局残存し続けます。これらのがん細胞たちは、抵抗性を増して手ごわいことになり、がん細胞は変化していきます。
逆に、がん細胞はほとんど元気そのものという悲惨な状況も眼にします。この間に、患者さんの抵抗力は激減していることをご想像ください。これらの医療手法をアジュバント療法とかネオアジュバント療法と呼ばれています。手術を補助する治療法で、手術前に補助するのか手術の後に補助をするのかの違いです。
抗がん剤のリストは、インターネットで調べただけでも無数という形容となりまして、たとえが悪いですが百花繚乱です。そして多くの場合大変高価です。どれが何に効くのかということを考えますと、よほどの抗がん剤信奉者でなければ識別不可能といえましょう。
医薬史をちょっとでもひもとくだけで以下の結論となるはずです。つまり本当に効くのであれば、ある限られた数の物質であろうと。(次号につづきます。)
東京脳神経センター(病理/内科)
遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)氏
昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。虎の門病院にて免疫検査部創設・部長、病理/細菌検査部長を務める。その後カナダ マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問・看護学校顧問を経て、現在、東京脳神経センター(病理/内科)。免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、発表した論文は110報以上。
<主な研究課題> 生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、頭痛と首コリの解消、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学
・掲載4 「ホモ バネ仕掛け」の頚と「新型うつ」
・掲載3 首の構造と頭痛=頭皮痛のおこりかた
・掲載2 体験/炎症とは
・掲載1 はじめに
・掲載6 感染症予防には手洗い、うがい、そして免疫をケアしよう
・掲載5 細菌感染と抗生物質:抗ウィルス薬は細菌には効かない
・掲載4 ウィルス感染症の治療と予防:抗ウィルス薬、血清療法、免疫
・掲載3 風邪、天然痘とSARS、MERSそして変異型コロナウィルス
・掲載1 ウィルス感染と免疫システム
・掲載22 自己とは?非自己とは?(22)過敏性腸症候群/食物アレルギー
・掲載21 自己とは?非自己とは?(21) 大腸と腸内細菌
・掲載20 自己とは?非自己とは?(20) Bリンパ球/IgA
・掲載19 自己とは?非自己とは?(19) パイエル板
・掲載18 自己とは?非自己とは?(18) 消化管の蠕動(ぜんどう)運動
・掲載17 自己とは?非自己とは?(17)粘膜免疫
・掲載16 自己とは?非自己とは?(16)腸管免疫
・掲載15 自己とは?非自己とは?(15)免疫と消化管
・掲載14 自己とは?非自己とは?(14)ウィルスと自己
・掲載13 自己とは?非自己とは?(13)妊娠とABO式血液型不適合
・掲載12 自己とは?非自己とは?(12)移植
・掲載11 自己とは?非自己とは?(11)輸血と免疫
・掲載10 自己とは?非自己とは?(10)Ⅲ型アレルギー/自己免疫疾患
・掲載9 自己とは?非自己とは?(9)Ⅱ型アレルギー/血液型
・掲載8 自己とは?非自己とは?(8)抗生物質の発見/一型アレルギー/免疫グロブリン
・掲載5 自己とは?非自己とは?(5)急性炎症:日焼けと免疫反応
・掲載4 自己とは?非自己とは?(4)炎症
・掲載3 自己とは?非自己とは?(3)アレルギー
・掲載2 自己とは?非自己とは?(2)自己の確立②
・掲載1 自己とは?非自己とは?(1)自己の確立①
・掲載6 からだの防御システム(6)特異的免疫細胞たち:リンパ球
・掲載4 からだの防御システム(4)免疫ホメオスタシス/感染症と炎症
・掲載3 からだの防御システム(3)「食-医同源」
・掲載2 からだの防御システム(2)新型インフルエンザウィルス
・掲載1 からだの防御システム(1)はじめに:「病気」、「病態」そして「病 名」
・掲載21 頭頚部がん(2)
・掲載20 頭頚部がん(1)
・掲載19 多発性骨髄腫(3)
・掲載18 多発性骨髄腫(2)
・掲載17 多発性骨髄腫(1)
・掲載16 おとなの進行がんの治療戦略(2)
・掲載15 おとなの進行がんの治療戦略(1)
・掲載14 子宮がん(2)子宮内膜がん
・掲載13 子宮がん(1)
・掲載12 肝細胞がんに対する予防戦略 3)ウイルス排除と抗炎症対策
・掲載11 肝細胞がんに対する予防戦略 2)肝硬変と慢性炎症
・掲載10 肝細胞がんに対する予防戦略 1)肝細胞がんのおこり方
・掲載9 前立腺がんに対する戦略
・掲載8 乳がんに対する戦略
・掲載7 肺がんの予防戦略
・掲載6 環境要因による胃がん予防
・掲載5 大腸がんに対する防衛戦略
・掲載4 生活習慣病としてのおとなのがん
・掲載3 抗生物質から抗がん剤開発へ
・掲載2 現代医学と病理学
・掲載1 はじめに