肝硬変になりますと、炎症はよくなったり悪くなったりをくりかえしていきます。肝細胞は壊れたり、再生したりをくりかえしていきます。こうした状態の場合、お医者さんに経過を診てもらうことになります。
よく肝機能検査ということばをきくことになります。とくにトランスアミナーゼということばをきくことがあるかと思います。これは肝細胞がもっているもので、肝細胞が壊れると血液中にもれ出てきます。
肝機能検査というのは、血液の中に出てきた肝細胞に関係した物質の増減を調べているわけです。ですからトランスアミナーゼが高いということは肝細胞が異常に壊れていることを意味しており、高さの数字が肝細胞の壊れのひどさをあらわしています。
この間に肝細胞はやられっぱなしではなく、しばしば肝細胞が再生して、増えようとします(*注)。肝細胞の壊れ、炎症そして肝細胞の再生、これらのくりかえしが次第に肝細胞がんの芽をつくっていきます。
このときの炎症細胞がつくりだす活性酸素が肝細胞のDNA、RNAだけでなくタンパク質やさまざまなからだの成分をランダムに壊します。DNAの壊れが、遺伝子の壊れとなり最終的にがんとなっていく肝細胞達なわけです。
つまり慢性炎症がくりかえされ、くすぶりつづけることががん化にとって大変重要なカギとなります。このことは今まで述べてきましたおとなのがんの発がん過程と共通しているわけです。
*注
肝臓は体内の細胞の中でもっともよく再生します。肝臓の重さはおとなでは約1キロから1.5キロあります。大きく二つの部分にわかれ、右半分が約3/4、左半分が約1/4の割合です。たとえば、がんのために肝臓の半分を取りさっても、時間とともに肝臓は再生してきます。
生体肝移植のときには、提供者の肝臓の約半分を受ける側に移植するのです。移植後、両者の半分の肝臓は数ヵ月後にはかなりの大きさに再生して、日常の生活に支障をきたすことはありません。したがって、肝細胞は多少こわされたとしても、復元力がつよい細胞といえます。アルコールの量がときに多少過ぎたとしても肝細胞がこわれたあとに再生します。また肝細胞は犠牲になることはなく、肝細胞は解毒というはたらきがあって、からだにとって余計なものを排除しようとします。
おとなになると、肝臓では毎日約5グラムの細胞たちがおきかわっています。いわば肝細胞のリニューアルです。この細胞のおきかわりがアポトーシスという現象です。これは再生とは異なりますが、細胞のリニューアルというきわめて重要なしくみです。
ひとつの細胞が分裂すると必ず二つになります。二つの細胞がそのまま生きつづけますと、肝臓はだんだん大きくなってしまいます。30日で150グラム、10ヶ月で1.5キロということで肝臓が二倍になってしまいます。
ですから普通は、二つのうちひとつの細胞が死ぬ運命にあるのです。「プログラムされた細胞死」といわれるゆえんです。肝細胞がんの場合も、このアポトーシスというしくみが壊れた細胞群ががんということでもあります。
東京脳神経センター(病理/内科)
遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)氏
昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。虎の門病院にて免疫検査部創設・部長、病理/細菌検査部長を務める。その後カナダ マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問・看護学校顧問を経て、現在、東京脳神経センター(病理/内科)。免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、発表した論文は110報以上。
<主な研究課題> 生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、頭痛と首コリの解消、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学
・掲載4 「ホモ バネ仕掛け」の頚と「新型うつ」
・掲載3 首の構造と頭痛=頭皮痛のおこりかた
・掲載2 体験/炎症とは
・掲載1 はじめに
・掲載6 感染症予防には手洗い、うがい、そして免疫をケアしよう
・掲載5 細菌感染と抗生物質:抗ウィルス薬は細菌には効かない
・掲載4 ウィルス感染症の治療と予防:抗ウィルス薬、血清療法、免疫
・掲載3 風邪、天然痘とSARS、MERSそして変異型コロナウィルス
・掲載1 ウィルス感染と免疫システム
・掲載22 自己とは?非自己とは?(22)過敏性腸症候群/食物アレルギー
・掲載21 自己とは?非自己とは?(21) 大腸と腸内細菌
・掲載20 自己とは?非自己とは?(20) Bリンパ球/IgA
・掲載19 自己とは?非自己とは?(19) パイエル板
・掲載18 自己とは?非自己とは?(18) 消化管の蠕動(ぜんどう)運動
・掲載17 自己とは?非自己とは?(17)粘膜免疫
・掲載16 自己とは?非自己とは?(16)腸管免疫
・掲載15 自己とは?非自己とは?(15)免疫と消化管
・掲載14 自己とは?非自己とは?(14)ウィルスと自己
・掲載13 自己とは?非自己とは?(13)妊娠とABO式血液型不適合
・掲載12 自己とは?非自己とは?(12)移植
・掲載11 自己とは?非自己とは?(11)輸血と免疫
・掲載10 自己とは?非自己とは?(10)Ⅲ型アレルギー/自己免疫疾患
・掲載9 自己とは?非自己とは?(9)Ⅱ型アレルギー/血液型
・掲載8 自己とは?非自己とは?(8)抗生物質の発見/一型アレルギー/免疫グロブリン
・掲載5 自己とは?非自己とは?(5)急性炎症:日焼けと免疫反応
・掲載4 自己とは?非自己とは?(4)炎症
・掲載3 自己とは?非自己とは?(3)アレルギー
・掲載2 自己とは?非自己とは?(2)自己の確立②
・掲載1 自己とは?非自己とは?(1)自己の確立①
・掲載6 からだの防御システム(6)特異的免疫細胞たち:リンパ球
・掲載4 からだの防御システム(4)免疫ホメオスタシス/感染症と炎症
・掲載3 からだの防御システム(3)「食-医同源」
・掲載2 からだの防御システム(2)新型インフルエンザウィルス
・掲載1 からだの防御システム(1)はじめに:「病気」、「病態」そして「病 名」
・掲載21 頭頚部がん(2)
・掲載20 頭頚部がん(1)
・掲載19 多発性骨髄腫(3)
・掲載18 多発性骨髄腫(2)
・掲載17 多発性骨髄腫(1)
・掲載16 おとなの進行がんの治療戦略(2)
・掲載15 おとなの進行がんの治療戦略(1)
・掲載14 子宮がん(2)子宮内膜がん
・掲載13 子宮がん(1)
・掲載12 肝細胞がんに対する予防戦略 3)ウイルス排除と抗炎症対策
・掲載11 肝細胞がんに対する予防戦略 2)肝硬変と慢性炎症
・掲載10 肝細胞がんに対する予防戦略 1)肝細胞がんのおこり方
・掲載9 前立腺がんに対する戦略
・掲載8 乳がんに対する戦略
・掲載7 肺がんの予防戦略
・掲載6 環境要因による胃がん予防
・掲載5 大腸がんに対する防衛戦略
・掲載4 生活習慣病としてのおとなのがん
・掲載3 抗生物質から抗がん剤開発へ
・掲載2 現代医学と病理学
・掲載1 はじめに