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病理医からみた一人ひとりのがん戦略

掲載5

大腸がんに対する防衛戦略

食生活が欧米風の影響を受けるにつれ、大腸がんが増えている

がんに対する防衛戦略として、まず大腸がんをとりあげます。このがんほど食べ物と密接にかかわっている例がないからです。大腸がんはまさに生活習慣病としてのがんといわざるを得ません。つまり食生活が欧米風の影響を受けるにつれて、大腸がんは日本人男女に共通して増えているからです。

また大腸がん予防のヒントが新しい医学情報で証明されてきたからです。つまり炎症を抑える薬で大腸をおだやかにさせておくと大腸がんになりにくくできるということがわかってきたからです。

さて、大腸は右下腹部から「の」の字を書くように上腹部を通って左下腹部から肛門にいたります。全長1メートル半ほどあります。内容物は徐々に水分が吸収され、左下腹部とくに直腸でたまって固形になります。ですから、おなかをさわると左下腹部にたまった内容物をふれることがあるでしょう。右側や上腹部では内容物は液状ないし粥状で、大腸のうごめき運動で徐々に左下腹部へ押しやられていきます。

がん予防とは上皮細胞ががんにならないようにすること

内容物は大腸内では便というひとことで片付けがちですが、各部分で脂肪成分や蛋白量などのなかみが異なります。また内容物の通過時間が大腸に影響をおよぼすことが注目されています。

内視鏡で見ると大腸の内壁はやわらかい粘膜という膜でおおわれており、一見ピンク色の筒のようです。筒の壁を顕微鏡で拡大すると、細かく深いくぼみが密にならんでいます。このくぼみがあるおかげで大腸が内容物と接する面を膨大なものにしています。こうした粘膜の表面は一列の円筒状の上皮細胞でおおわれています。これらの上皮細胞が栄養分や水分を吸収したり、消化酵素や内容物の動きをよくする粘液を分泌したりしています。

このように内容物とじかに接している上皮細胞ががんになっていくわけです。がん予防とは上皮細胞をがんにならないようにすることです。食べ物の中にはこれらの上皮細胞をがんにしてしまうもの、あるいはやさしくおちつかせるものが潜んでいます。

消化管免疫能が自然治癒力の原動力

ところで、大腸の内容物は食べ物ばかりではありません。もともと膨大な量と種類の腸内細菌が存在しています。すこやかなからだを維持するために腸内細菌のバランスをよくしていることが重要です。腸内細菌は食べ物とともに便として出ていっても、ふたたびふえてバランスよく補強されて個性のある腸内細菌群をかたち作っています。

腸内細菌は母親の産道から移って住みつくといわれています。大腸の内容と大腸の壁との関係を考えるとき、食べ物だけでなく腸内細菌のことも十分に考えておく必要があります。さらに消化管の壁には免疫のはたらきによる防波堤があり、これは消化管免疫といわれています。

腸内細菌がいることでふだんの全身の免疫能がたもたれています。つまり消化管免疫能が自然治癒力の原動力といってもよいでしょう。大腸粘膜、内容物、腸内細菌の三つの因子が複雑にからみ合って大腸がんや腸の炎症性の病気(潰瘍性大腸炎やクローン病)のほかにさまざまな全身の病気をひきおこすことになります。

植物繊維と大腸がんとの関係

いままでくりかえし触れましたように、大腸がんも目に見えるような大きさになるまでに10年以上20年に近い潜伏期があります。昭和30年代以降、経済状態がよくなり欧米風の食べ物をとるようになってから約50年がたちます。約20年間ずれて大腸がんが増加している経過をみると、それを潜伏期間とする生活習慣病のイメージが実感できます。大腸がんは大人のがんであります。家族性大腸腺腫症(ポリポーシス)というまれな病気に合併するがん以外、子供の大腸がんなど聞いたことがありません。

皆さんも耳にすることが多いポリープといわれているものは、ツクシンボのように首があって粘膜からとび出しているものです。その頭の部分の上皮細胞がしばしばがんに進みますので、内視鏡検査で切除したり、一部を取って病理検査をします。大腸がんはこのポリープからがんになる場合と、はじめから浅い凹みのようになってがんになる場合があります。

前にも述べましたように、これらを顕微鏡でがんかがんでないかを診断する医師が病理医です。ですから内視鏡やレントゲン検査でがんと確定するわけではありません。最終診断として必ず病理(組織)診断検査があり、公文書である報告書があるわけです。もし内視鏡検査で病理検査された場合には、この報告書を自分の病歴として医療機関からいただいてセカンドオピニオンに活用されることをお勧めします。

欧米風の食べ物の中に大腸がんをおこしやすくする原因が

大腸がんは大腸全長にとりとめもなくおこるのではなく、日本人ではおよそ3/4の大腸がんは左下腹部を中心におこります。とくに直腸に集中しています。この傾向は国が異なってもほぼ共通しています。先進国になるとがんはそれ以外の部分にもおこってきます。このことから、直腸で内容物が固形になってたまっている間に直腸粘膜と長く接することががんをおこりやすくしていることを暗示しています。

それ以外のところにがんがおこるということは欧米風の食べ物の中にがんをおこしやすくする原因がより多く含まれていると考えることが妥当でしょう。牛豚肉の赤み肉や焦げ目、乳製品の脂肪成分とそれを溶かそうとする胆汁、腸内細菌がつくる代謝産物が発がん物質の候補として指摘されており、これらが大腸がん発生に複雑にかかわっていると考えられています。

一方、植物繊維と大腸がんとの関係がはじめて指摘されたのはイギリスのバーキット博士が報告した南アフリカでの調査報告です。主食がイモ類で肉食ができない原住民にはイギリス人に多い大腸がん、大腸ポリープ、大腸憩室、胆石などがほとんどないという事実があったわけです。このことは食べ物とくに豊富な植物繊維がこれらの病気を予防している可能性を暗示しています。

大腸がんになりやすい傾向(リスク)

ところで、日常の医療の現場では、大腸がんはしばしば手遅れになっています。自分で気がつく症状(自覚症状)が少ないからです。そして多くの場合、下痢や便秘など自覚症状が出た場合は、すでに進行した大腸がんです。大腸がんはゆっくり大きくなりますから、内視鏡でじっくり検査して異常がない場合、毎年の定期健診の必要はありません。

数年に一度の精密検査で治療に充分間に合います。便の潜血反応は簡便法でとつきやすく、ある程度有効です。しかし早い時期のがんを見つけるには十分ではありません。そこで、どのようにして大腸がんを早い時期に見つけるかが重要な点になります。まず大腸がんになりやすいか、なりにくいかに気づくことです。

大腸がんになりやすい傾向(リスク)としていくつかあげられます。家族に大腸がんいた場合、牛豚肉好き、乳製品好き、鶏卵好き、野菜嫌い、くだもの嫌い、喫煙者の場合には、自覚症状が何もなくても50歳を節目に一度大腸内視鏡検査をお勧めします。この段階ですでに数パーセントにがんが見つかるというという調査結果があります。一方、リスクの低い人々は上記の項目の逆のことはもちろんであります。リスクが低い方々でも一度精密な内視鏡検査をされて、安心されたほうがよいにこしたことはありません。

慢性炎症はがんの促進因子

最近、アスピリンなどの鎮痛剤の常習者は大腸がんだけでなくがんになりにくいという調査結果があり、注目されています。アスピリンはいくつかの副作用がありますから、これを読まれてもすぐには実行されないでください。アスピリンより洗練された薬が開発され、炎症の軽減に加えてがん予防薬として注目されています。アスピリンは炎症を抑えていたみをやわらげるはたきがあります。このはたらきが大腸の粘膜の場所でも作用していると考えられています。潰瘍性大腸炎やクローン病といわれている大腸の長期間の炎症(慢性炎症)で大腸がんがおこりやすくなります。

慢性炎症はがんの促進因子としてきわめて重要です。大腸のなかみをととのえて粘膜をすこやかにするために、さまざまな工夫ができます。大豆のヨーグルト、カルシウム、煮野菜や野菜サラダなどの植物繊維、最近注目されているプロバイオテイックスなどの食べ物が注目されます。多様な作用を示すバイオブランに抗炎症作用があり、大腸がん治療のみならず再発予防にも期待がもたれています。

がんを撲滅するというより、がんと共存するという考え方

現代医療では進行大腸がんの場合、抗がん剤が治療の第一選択あるいは唯一の治療法となっています。しかし大腸がんは患者一人一人でがんの広がり方、勢いなどの性格が異なり、抗がん剤の治療効果は大きく異なります。抗がん剤には抗生物質のような切れ味のよい治療効果は期待できません。一方で重大な副作用がおこります。一人一人にあった治療法の選び方は千差万別といえます。

近年、さまざまな最新の治療法が開発されてきています。さまざまながん免疫療法、血管内治療法、温熱療法、ハーブや漢方のカクテル療法などがあげられます。特効的な治療法がない現状では、少しでも効果のある方法を探し出して自分の治療に加えていくことが地道なこころみであると考えます。その際、がんを撲滅するというよりも、がんの勢いを少しでも弱めるあるいはがんと共存するという考え方に変える必要があります。それにはまず第一に患者と治療者の絶大な信頼関係が必須であり、あきらめることなくえらんだ治療法をこころみることが長期生存につながる期待しています。

最後に、消化管のがんに関連する医学の最大のなぞについてお話しましょう。大腸には前述のようにがんがおこります。一方、長さが大腸の約三倍もある小腸にはおとなのがんはまったくおきないという事実があり、これがそのなぞです。いろいろの仮説はありますが、納得できる医学的証拠はいまだに見出されておらず、21世紀の医学のなぞのひとつといってもいいでしょう。小腸にがんがおきない原因がわかると、大腸がん予防のヒントにつながると考えますが、いかがでしょうか。次回は胃がんの防衛戦略についてお話しましょう。

プロフィール
遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)氏

東京脳神経センター(病理/内科)

遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)

昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。虎の門病院にて免疫検査部創設・部長、病理/細菌検査部長を務める。その後カナダ マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問・看護学校顧問を経て、現在、東京脳神経センター(病理/内科)。免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、発表した論文は110報以上。

<主な研究課題> 生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、頭痛と首コリの解消、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学

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