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病理専門医からみた健康戦略シリーズ[2]

掲載17

自己とは?非自己とは?(17)粘膜免疫

このシリーズで粘膜免疫系における「自己と非自己関係」についての解説は終わる予定です。以下に書いていきますと、次から次へと考えが広がりなかなか終えることができませんでした。この分野は私の専門分野のひとつであり、少し長くなりました。しばらくお付き合いください。

粘膜免疫系として、消化管にあるリンパ装置のことをGALT(gut-associated lymphoid tissue)と略すことがあります。ご存知のように消化管の入り口にある「のど」のリンパ装置は扁桃(腺)といい、見た目が桃の種子のような表面をしています。「腺」と呼ばれますが、扁桃(腺)は何かを分泌することが主な役割ではありません。扁桃(腺)は食べ物や空気の通るトンネルのような「のど」をとり囲むようなリング状のリンパ装置群で、さまざまな抗原刺激の入り口という免疫系の門戸となります。ワルダイエルという解剖学者の名前で「ワルダイエルの扁桃(腺)リング」と呼ばれることもあります。子どもでは、このリンパ装置が抗原刺激によって大きく発達しすぎる(過形成)ことがあります。そのような場合は睡眠中にのどの空気の通りが悪くなるので、睡眠時無呼吸症候群という状態です。その後の成長発達に大変悪い影響をおよぼします。そこで呼吸に邪魔となる腫れた扁桃(腺)を摘出する必要が生じます。

気道系の気管支粘膜にもリンパ装置が分布しており、ALT(bronchus-associated lymphoid tissue)と呼ばれています。GALT、BALTならびに鼻腔粘膜などを含めて、現在ではこれらをまとめて粘膜リンパ装置(MALT= mucosa-associated lymphoid tissue)と呼ぶことがあります。粘膜免疫系総体はからだ全体の免疫系防御能の約70%を占めるという、いい伝えのような説があります。どのように測定し評価したのか疑問ですが、大雑把にいって粘膜免疫系が生体防御のかなり優勢な部分を占めていることだけはイメージできます。つまり粘膜免疫系の中で、とくに消化管の粘膜では内容物は質的にも量的にも無限ともいうべき異物でありますから、それも原始的な自然免疫系が備わっているはずですから、それらは体内の免疫系にとって過剰な免疫反応を起させてもおかしくない状況です。しかし消化管系の粘膜免疫系ではそれが起こらないような、いわば免疫学的寛容状態が維持されています。というよりも、免疫学的寛容に突然変異した動物のみが生き残ったと考えた方が免疫系の自然淘汰進化論として説明しやすいのではないでしょうか。つまり今日生存している人類はじめ多くの動物達の消化管粘膜免疫系では、過剰な免疫反応つまり炎症反応が起こらないような抑制性の免疫機構がバランスよく維持されており、それにはマクロファージ系、Tリンパ球系の細胞たち、とくに調節系Tリンパ球(Tregと略することが多い)そして多くのサイトカインが関与していることがわかってきています。

パイエル板 

パイエル板はGALTの中でも小腸に分布する消化管免疫系の重要な抗原の第二の門戸となっています。スイスの解剖学者のパイエルが小腸を調べて、粘膜面に大小の突起物あるいは周りよりも平たい部分が散在していることを見出しました。この事実を発表したのはなんと1677年だそうです。また今から50年ほど前にコーンズ(J.S.Cornes)がヒトの小腸を系統的に調べています。パイエル板の数はヒト胎児から生後12歳まで305箇所に増えていき、その後思春期から20歳までは200個までに減少していくそうです。その後は徐々に減少して95歳には少なくとも100個前後となるようです。これらの数の変化はヒトの免疫系の成長と加齢の現象を反映していることになるわけです。

小腸粘膜面は「のっぺらぽう」の管構造ではなく、空腸ではリング状の高いヒダ構造が約2メートル続きます。回腸になりますとヒダの高さが低くなだらかになり、約2メートル続きます。筆者の病理解剖の肉眼的な体験では、その回腸粘膜でヒダが消失した平坦な粘膜部位は20箇所ぐらいではなかったかと記憶しています。一人のヒトのパイエル板が百数十個あるということは、小さな目立たないリンパ装置も含めてのこととおもわれます。

上記の研究結果ではパイエル板は小腸全長にあるようですが、解剖例や手術で切除された小腸を観察した結果では、パイエル板は回腸の終末側に多く分布する傾向があります。また回腸はバウヒン弁という小腸の出口にあたる消化管の関所から大腸、いわゆる盲腸部分に通じています。盲腸は大腸のスタートの部分にある休憩場所のような盲端部であり、内容物が溜まるような構造になっています。草食動物では盲腸が長くなっており、著しく発達しています。たとえば、ネズミのような雑食系でも、お腹を解剖すると内容物でパンパンになった盲腸は大変目立ちます。

パイエル板の組織形成には腸の上皮細胞の分泌するサイトカインの一つであるIL-7が深くかかわっていることが報告されています。リンパ球やマクロファージだけでなく腸管上皮細胞も免疫系に関わるサイトカインを分泌していることは、重要な事実です。後述するように、免疫系細胞は末梢の自律神経系と密接に情報交換しているという重要な事実も証明されています。

急性虫垂炎

バウヒン弁をはさむ回腸終末と盲腸という重要な部分を回盲部と呼んでいます。盲腸部にはさらに長さ5,6センチメートルの「イモムシ」のような形の盲端の虫垂(虫様突起)が存在しています。一般的に「盲腸」炎といっているのは、「虫垂」の急性炎症のことなのです。虫垂もれっきとしたリンパ装置で、構造はパイエル板に類似しています。しかしいまだに虫垂の本質的な役割つまりなくてはならない機能と虫垂炎の原因はいずれも不明といっても過言ではありません。

昔も今も子どもに起こりやすい急性虫垂炎は未だに予防法は無く、なってしまったらなるべく早く診断して手術をするしかありません。放っておくと炎症反応を起こしている白血球の仲間の好中球が虫垂にどんどん集まってきます。これらの好中球の放出するサイトカインやタンパク分解酵素によって虫垂の壁が壊れて急性腹膜炎となれば、救急車の出動となりましょう。今日では急性虫垂炎でなくなることはありませんが、筆者の小さい頃の約半世紀以上前では、小学生の友人の数人は急性虫垂炎でなくなりました。

一般的に、ブドウやスイカの種子を飲み込んでしまうと、それが虫垂に紛れ込んで急性虫垂炎になるといわれています。しかし、これは迷信に近い根拠の無いものでしょう。もちろん度を過ごした場合に種子類は紛れ込まないとも限りませんが。まれに寄生虫が迷い込むことや糞便の濃縮したもの(糞石)が充満して炎症を起こすことがあります。

プロフィール
遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)氏

東京脳神経センター(病理/内科)

遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)

昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。虎の門病院にて免疫検査部創設・部長、病理/細菌検査部長を務める。その後カナダ マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問・看護学校顧問を経て、現在、東京脳神経センター(病理/内科)。免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、発表した論文は110報以上。

<主な研究課題> 生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、頭痛と首コリの解消、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学

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感染症と免疫シリーズ

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病理専門医からみた健康戦略シリーズ[2]

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・掲載17 自己とは?非自己とは?(17)粘膜免疫

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病理専門医からみた健康戦略シリーズ[1]

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・掲載4 からだの防御システム(4)免疫ホメオスタシス/感染症と炎症

・掲載3 からだの防御システム(3)「食-医同源」

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・掲載1 からだの防御システム(1)はじめに:「病気」、「病態」そして「病 名」

病理医からみた一人ひとりのがん戦略

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・掲載17 多発性骨髄腫(1)

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・掲載11 肝細胞がんに対する予防戦略 2)肝硬変と慢性炎症

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・掲載9 前立腺がんに対する戦略

・掲載8 乳がんに対する戦略

・掲載7 肺がんの予防戦略

・掲載6 環境要因による胃がん予防

・掲載5 大腸がんに対する防衛戦略

・掲載4 生活習慣病としてのおとなのがん

・掲載3 抗生物質から抗がん剤開発へ

・掲載2 現代医学と病理学

・掲載1 はじめに

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