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ドクターから健康アドバイス

病理医からみた一人ひとりのがん戦略

掲載3

抗生物質から抗がん剤開発へ

抗生物質の登場で寿命が急速に延びる

「人生50年」とは、皆様ご存知のように今から400年以上も前に生きた織田信長の好んだ舞いのせりふのはじめです。第二次世界大戦の終わった1945年までは、人類の平均寿命は50年を大きく変わることはありませんでした。

ペニシリンをはじめとする抗生物質そして抗結核剤の発見、普及により人類の寿命は急速に伸び、先進国ではいまや人生80年といわれています。その後の50年の間に平均寿命が30年も延びたことは人類史上革命的ともいえるでしょう。しかし一方、先進国では高齢化とともに主要な死亡原因であるがんの治療に悩む時代に突入しているわけです。

これを先取りするかたちで、1940年代から50年代にかけて米国ではがん治療を目指したがん治療センターが次々と創設されました。例えば米国東海岸に設立された国立癌研究所やニューヨークのスローンケタリングがんセンターはがん治療とがん研究で有名です。

当時のがん治療の主流は外科手術で、必要に応じて放射線治療が加えられものでした。抗生物質に匹敵するような抗がん剤が期待され、外科メスよりも優れて放射線をしのぐものが求められました。といいましても外科麻酔の技術や放射線照射装置は現代に比べてはるかに未熟だった時代でした。

1950年代より米国立がん研を中心に抗がん剤の開発が始まる

毒ガスのマスタードガスが悪性リンパ腫に効果があったということは、第一次世界大戦に従軍した兵士の臨床経験がヒントといわれています。1920年代のことでした。一時的にでも効果のあるいくつかの薬剤は主として白血病や悪性リンパ腫に対するものでした。しかしこれらは胃癌や大腸癌といった塊をつくる大人のがんに対して効果が乏しいことは、当初より気がついていました。

一方、副作用は強いものでした。1950年代から米国の国立がん研究所が中心となって新しい物質の開発がはじまりました。数万種類の化学物質がふるいにかけられてしぼりこまれていきました。今日抗がん剤として使われているタクソールは米国の抗がん剤開発の目玉商品ともいわれており、多大な国家予算や人的資源がつぎこまれました。

しかし残念ながらいままでのところ、抗生物質に匹敵するような革命的に優れた抗がん剤はありません。つまり、副作用はなく、効果は抜群というものが期待されているのです。ここで、抗がん剤がどのように効くのかということとがんの特徴について少し説明する必要があります。

抗がん剤は増え方の速い細胞のDNAや核内の物質を先にこわす

がんといいましても大人のがんと子供のがんには大きな違いがあります。白血病や悪性リンパ腫あるいは網膜や脳におこるがんは子供に多くおこります。一方、大人のがんは、胃、大腸、肺、乳腺、前立腺、子宮などからおこるかたまりをつくるいわゆる固形がんです。

大人のがんはゆっくり大きくなります。抗がん剤は増え方の速い細胞のDNAや核内の物質をこわそうとします。増え方の遅いがんをもった身体に抗がん剤が入った場合、正常の細胞の方が先にこわされてしまうため副作用が目立つようになります。

大人の多くのがんは増え方の遅いがんで、抗がん剤はがんをいためるよりも強く正常の細胞をだめにしてしまいます。こうした反省から現在ではさまざまながんの増え方に関係する細胞表面の物質を壊すことを目的とした分子標的薬剤やがんのかたまりを養う栄養血管をつぶしてしまう兵糧攻めをする薬剤が開発されています。

「夢の抗がん剤」の出現はまだほど遠い

しかし、がん細胞と正常細胞を分けてパトリオットミサイルのような攻撃ができるような「がんの目印」はわかっていません。新しい抗がん剤の重篤な副作用のニュースが目についてしまいます。「夢の抗がん剤」の出現はまだまだほど遠いといわざるをえません。

以上のような現状で、理想的な医療現場とはがんを病んでいる患者が中心となって家族と医療チームが信頼関係で一体となっている状況(同じ目線)でしょう。がんの説明とともに抗がん剤の限界と副作用情報が正確に説明されて、まず患者自身が納得することでしょう。それから抗がん剤を使用した場合としない場合の今後の見通しや治療方法の可能性などが真剣に両方向的に話し合わなければならないと考えます。

治療方法には現代医療のみならずあらゆる補完代替医療に目を向ける必要があります。なぜなら現代医療は完全ではないのですから。そしてまた、人間丸ごと医療をめざすならヒポクラテスの原点に帰る必要があるでしょう。のちほどこの点にもどってくる予定です。

プロフィール
遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)氏

東京脳神経センター(病理/内科)

遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)

昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。虎の門病院にて免疫検査部創設・部長、病理/細菌検査部長を務める。その後カナダ マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問・看護学校顧問を経て、現在、東京脳神経センター(病理/内科)。免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、発表した論文は110報以上。

<主な研究課題> 生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、頭痛と首コリの解消、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学

バックナンバー

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・掲載2 花粉か、細菌か、ウィルスか、自己とのちがいとは?

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病理専門医からみた健康戦略シリーズ[2]

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・掲載19 自己とは?非自己とは?(19) パイエル板

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・掲載17 自己とは?非自己とは?(17)粘膜免疫

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・掲載2 自己とは?非自己とは?(2)自己の確立②

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病理専門医からみた健康戦略シリーズ[1]

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・掲載3 からだの防御システム(3)「食-医同源」

・掲載2 からだの防御システム(2)新型インフルエンザウィルス

・掲載1 からだの防御システム(1)はじめに:「病気」、「病態」そして「病 名」

病理医からみた一人ひとりのがん戦略

・掲載21 頭頚部がん(2)

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・掲載6 環境要因による胃がん予防

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・掲載4 生活習慣病としてのおとなのがん

・掲載3 抗生物質から抗がん剤開発へ

・掲載2 現代医学と病理学

・掲載1 はじめに

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