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病理専門医からみた健康戦略シリーズ[2]

掲載16

自己とは?非自己とは?(16)腸管免疫

本論にもどります。前回に述べました「内胚葉」が粘膜免疫系の主役となる場だといえば、ほぼ正しいはずです。免疫能全体から見ると、粘膜免疫系は約70%の能力を示します。いわゆるそれ以外の、一般的にいう全身免疫系は約30%という役割分担です。一般的なイメージからすると、粘膜免疫系はまったく目立たず、地味で「黒子」のような存在といっても過言ではありません。

消化管は外界から無限に近い抗原刺激と密接にかかわる場所であることはいうまでもありません。しかも、粘膜免疫系はそれらすべてに対応するというのではなく、きわめて研ぎ澄まされた反応ができるように免疫系として成長しています。しかもシステム全体として、抗原刺激に対して「柔軟性」と「調和性」を維持しているという点を強調したいわけです。

現象としてこのような反応となる基本は、全身免疫系でもおなじみの特異的反応の無数の組み合わせなのです。その結果、無数の抗原-抗体反応という簡単な反応の積み重ねは、簡単にはくずれない冗漫性{無数の衝立(ついたて)のような無駄=redundancyとして役立っているのです。この場合、ブレーキ役そしてアクセル役の反応として理解すると、さまざまなペアの免疫反応の複雑系総体として重厚でブレ無い免疫反応の首尾一貫性、つまり自然免疫系と獲得免疫系の相互作用が理解できるはずです。

以下に消化管内の「体外」からの「非自己物質」と「体内」の「粘膜免疫系」のかかわりについて、具体的な現象について述べていきます。

腸内細菌

粘膜免疫系といいますと、腸内細菌とのかかわりは無視できませんので、はじめに触れます。腸内細菌は、生まれたての赤ちゃんには初めてで、しかも無限の抗原刺激となる生き物たちです。胎児の間に自然免疫系はゆっくりしかも確実に発達してきて、これに加えて胸腺を中心に全身免疫系がスタートします。この講義のかなり前の章で出生直後の胸腺内の「大嵐」-自己反応性Tリンパ球クローンの除去-のことはお話ししたとおもいます。

胎児は母体内では羊水の中に浮かぶように成長していきます。妊娠後期ともなりますと、大きくなった胎児が母体の「腹壁を蹴る」までになります。それだけではなく、胎児は羊水を「ガブガブ」飲みながら成長していきます。羊水は当然消化管の中を通って肛門から羊水中に出て行きます。そして羊水は母体との間で新陳代謝しています。胎児、羊水ならびに胎盤は「無菌状態」で維持されています。ということは、胎児には外からの抗原刺激はほとんど無いという環境です。

おとなになるとこれとはまったく逆の外敵だらけのような状況で、健康を維持して生活していくことを考えると、いったいどうなっているのだろうとおもわざるを得ません。このことはすでに述べたとおりで、自己と非自己の関係性でした。こうした見方で、腸内細菌の意義を加えて考えてみる必要があるわけです。

大分飛躍しますが、これと同じような状況のイメージがあります。アフリカ大陸のサバンナ地帯での河馬(カバ)の生態をおもってください。河馬が淀んだ川の中に潜って熱気を避けているとしましょう。河馬は一日中そうしているわけで、その間に川の水を飲み、大小の産物も排出して快適に過ごしているという状況です。河馬の棲んでいる川水は丁度「腸内細菌」と「腸外細菌」と協調している状態なのかもしれません。川水は適度に流れ、適度に淀んでいるべきでしょう。池のような川水だったら、河馬はたまったものではありません。これは多分原始的な共存関係のモデルかもしれません。人間の場合、河馬の体外の「細菌池」が無くなって、腸内に細菌を溜め込むことで成立した共存関係となったともいえましょう。

腸内細菌はどこから来るの?

胎児は分娩後一週間前後で腸内細菌が棲むようになります。これらの細菌はどこから来るのかという問題は永遠に未解決の様な様相です。最も可能性の高いのは、胎児が母体の産道を通るときに周囲細菌、母体の肛門細菌が胎児の口から入るのであろうか?あるいはまた胎児の肛門から大腸へ入るのであろうか?はたまた分娩室やその後の病室の細菌か?このようなことを 名著「腸内細菌」の筆者である光岡知足先生が詳しく述べています。

ここで明らかなことは腸内細菌の内容は母親の消化管内容と密接にかかわり、父親とはほとんどかかわらないという推論です。しかし、子の免疫系の成長には父母からの遺伝子の影響を受けることは確かです。

腸内細菌の特性

腸内細菌は約100兆個以上存在するといわれています。そして約300種類の細菌たちだそうです。前掲の光岡先生の経験ですと、すべての腸内細菌種を培養して、菌種を同定することは難しく、未発見の細菌種が未だ存在している可能性があるというのです。また死菌も多いはずです。従って、これらの数字は必ずしも根拠が明確かどうかはっきりしませんが、膨大な数の細菌が棲んでいることは確かです。

毎朝の”大”産物はすべて食べ物の「カス」ではなく、これは約1/3に過ぎないといわれています。約1/3は生死併せた腸内細菌、そして残り1/3は消化管上皮細胞の死骸(アカのようにはがれた上皮細胞集団)といわれています。ですから、食事を取らなくても、毎日予測の2/3の量が肛門から排出される必要があるわけです。

腸内細菌の種類や数の優劣性には個人性、家族性のちがいがあるといいます。また、民族性さらに動物種属性にちがいが明確であるということです。こうした事実は、各個人に棲み付いている腸内細菌は無秩序ではないという重要な事実です。

どうして腸内細菌は感染といわないのか

これは大変良い疑問です。腸内細菌は、医学的には「常在(細)菌」という呼び名です。また病原(細)菌ということばがあります。これらのことばはヒト-細菌相対的関係という条件で通用することばです。つまり、細菌の中に良い細菌と悪い細菌がいるわけではなく、ヒトの抵抗力との相対的な関係で病原菌にもなるし、一方常在菌にもなるということを意味しています。

19世紀のドイツの衛生学者ペッテンコッファーは当時病原細菌といわれていたコレラ菌をごくりと飲み干しました。しかし、コレラの症状は起こらず、彼の上記の説の正しいことが証明されました。

歴史に「もし」はないといわれますが、もし彼が抗生物質を服用した後で、コレラ菌を飲み込んだら、どうなったでしょうか。

腸内細菌とそのヒトの体内との関係を見るとき、腸内細菌群内の無数のかかわりのほかに体内の免疫系防御システムとのかかわりもあるという二段構えの複雑系を考慮する必要があります。

無菌動物と粘膜免疫系

動物でもヒトでも妊娠中に帝王切開によって取り出された赤ちゃんはまったくの無菌状態です。動物の場合、無菌状態の動物を実験対象とする場合があります。無菌状態で飼育した無菌動物から採血した場合、血漿中のガンマグロブリン量(免疫グロブリン)は非常に低いのです。つまり、液性免疫系の武器である免疫グロブリン例えば全身免疫系の抵抗力であるIgGは低く、粘膜免疫系の抵抗力であるIgAも低値です。I型アレルギー反応にかかわるIgEも低いはずです。

つまり、生まれたてで消化管免疫系は未熟であり、消化管からの抗原刺激がないと、細胞性であろうと液性であろうと免疫反応がおこる状態ではありません。

ところが、動物を無菌状態から取り出して一般的な状態で飼育すると、一週間もしないうちに通常の動物のガンマグロブリン量に増加し健常な動物の値に到達します。つまりバランスよく腸内に細菌が増殖していくと免疫反応が起こり、粘膜免疫系が急速に成熟していきます。そしてバランスよく腸内に侵入してきた細菌は常在菌化して定着するのです。

一方、一旦おとなの免疫系が完成した後に免疫状態が低下するような病態の場合はどうでしょう。たとえば、HIVウィルス感染のエイズ患者の場合です。消化器症状を示すので、抗生物質をはじめとするさまざまな薬物治療の影響が起こってきます。通常は常在細菌としておとなしい細菌も、免疫系の低下により勝手な振る舞いをするようになります。消化管全長にわたってさまざまな感染性変化、潰瘍、穿孔などを起こし、きわめて危険な感染症となってしまいます。また潜在していたウィルスやカビの顕在化も起こります。こうした、細菌と生体防御体制の相対的崩れから生ずる感染を、「日和見感染」感染といいます

腸内細菌の変容

筆者は何度か欧米に滞在した際に気のついたことがあります。それは食べたものによって”大きな産物”がはっきり変化するということでした。具体的に写実しますと妙なことになりそうですから、大雑把なところで述べることにいたしましょう。北米に行きますと、どうしても牛豚肉が主なおかずとなり、野菜類が減少し、果物やアイスクリーム、牛乳、ヨーグルトなどの乳製品の摂取も多くなります。自然に便秘傾向となり、比重の高い”産物”となり、緑っぽい色や”きついにおい”になります。

前掲の光岡先生もご講演の中で大きな産物に言及され、「ベストな産物とは」の答えとして、ひとこと「ゴールデン イェロウ(GY)」と!

これらの現象を解説しますと、次のような重要な示唆が隠されているかとおもわれます。さまざまな乳製品や油っこい食べ物にさらされた生活ですと、これらの食物は水に馴染みませんから、胆汁分泌の増加が必要不可欠となりましょう。そうなりますと産物の色調がGYから、緑っぽくなります。腸内細菌の種類が変容し、乳酸発酵菌から嫌気性菌のクロストリジウムなどの悪玉細菌がはびこってきます。腸内細菌の変容は粘膜免疫系にも多大な影響を与えますし、胆汁物質の発がん物質への化学変化を引き起こしえます。このことは大腸内の変容した化学発がん物質の体内吸収が、全身の外分泌系に発がんさせる怖い効果を示すことはすでに述べた通りです。

 次回で粘膜免疫系のまとめを「パイエル板」を中心に触れながら説明します。そして最終章の「がん免疫療法」について重点的に説明していく予定です。ご期待ください。

 

参考文献

光岡知足著:腸内細菌の話 岩波新書58 1978年9月20日 第1刷発行

馬場錬成著:腸内宇宙 100兆個のハーモニー 健康科学センター 

1992年5月1日 第1刷発行

プロフィール
遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)氏

東京脳神経センター(病理/内科)

遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)

昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。虎の門病院にて免疫検査部創設・部長、病理/細菌検査部長を務める。その後カナダ マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問・看護学校顧問を経て、現在、東京脳神経センター(病理/内科)。免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、発表した論文は110報以上。

<主な研究課題> 生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、頭痛と首コリの解消、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学

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