前回のコラムでお話したように、私たちの頚部の構造に着目すれば、人類を「ホモ エレクツス=直立人」ではなく「ホモ バネ仕掛け」と呼ぶべきでしょうか。「ホモ ルーデンス」とはホイジンガーのことばで「何かを作り出す生き物」、「なにか遊びをする生物」という意味であり、人類の科学的名称である「ホモ サピエンス」とは「火を使う生き物」を意味します。あるいはヒトは笑う動物かもしれませんね。
そんな人類において姿勢の重要性を蔑ろにした結果、社会的な問題となっているのが、現代病ともいうべき首コリ症候群です。今回の私のコラムが、皆さんの首コリについての認識を改める機会となれるよう、説明していきます。
首コリはパソコン、スマホ、調理、居眠り、育児の時の「前のめり姿勢」を原因とする「姿勢の生活習慣病」です。ゲームのやりすぎのお子様でも、学業に熱心なお子様でも、姿勢が悪いと起こりえます。これは座る姿勢に限ったことではありません。重たい学用品を小学生から中学生までに背負わせて通学させる過酷な教育方針は、早急に見直す必要があるのではないでしょうか。子供達の身体精神を壊すことにほかなりません。また社会人であっても職業病対策として、首コリの知恵を身に着けておくのは有用でしょう。
たとえば交通事故などを原因とするムチウチ症は首コリの最悪状態であり、首の前側にある自律神経障害を合併します。このような自律神経障害はついにはウツになって、自殺念慮をもたらしかねない、きわめてシリアスなものです。前頚部にある自律神経失調による全身性疲労感から、メンタル面の異常をきたす一連の精神症状が起こることが、極めて緊急性のある問題を含んでいるのです。
首には後述するように自律神経中枢のセンターがあり、頚動脈の拍動する近傍に交感神経と副交感神経である迷走神経が「第二の急所」として存在しています。これらは丁度あごの下の両側にあります。手を当てるとドキドキとするのは総頚動脈です。首の姿勢によるこの部分の交感神経の異常が、後頚部の「のぼせ」を起こし、足の冷えが起こるとは、かつては考えもしなかった経験です。「のぼせ」を更年期障害と同義語にした医者たちの罪は大変大きいと感じています。
また瞳の大きさも首の自律神経系でコントロールされます。交感神経は瞳を開きっぱなしにするし、副交感神経は瞳を縮めようとします。瞳の大きさは本能的に調節されており、過剰な光に対して瞳は縮まって、網膜を守ります。しかしそのまま縮まっていては視野が十分に確保できず、肉食動物に捕食されてしまうので、必要に応じて素早く瞳を開くことができなければ、生存競争に負けてしまいます。
どうしてこのようなことが起こるのでしょうか。まずは心臓と頭の位置関係、さらに心臓と足の位置関係を理解する必要があります。心臓から頭までの高さの差は約40 ㎝あります。心臓は引力に逆らって血液を頭のてっぺんまで放り上げなければなりません。心臓からの血液の量を増加させるようにコントロールしているのは交感神経です。一方で、交感神経は一般的な動脈を収縮、弛緩させて、血液の供給量を調節しています。細かく言うと、いくつかのコメントが必要ですが、ここではこれだけとします。
頚動脈は首の部分で二又に分岐して、内頚動脈は脳内に一定の血液量を送ります。しかし顔や首などへは外頚動脈が血液を送っており、各部分は交感神経の支配で血液量が調節されます。たとえば交感神経のコントロールがゆるむと、首の後ろの部分への血液量が増して、皮膚温度が上がってのぼせ傾向になります。何も更年期障害とは関係ないはずのことが、あたかも科学的として妄信されてしまう良い例です。お風呂から上がった時にのぼせがひどくて倒れてしまう20代の患者様もおりました。
一方、足先は心臓から見るとおおよそ1メートル下にあります。地球の引力で血液量は下方に多くなる傾向です。血液量を減少させないと、うっ血から足にはむくみを起こします。従って、心臓から足へははじめから、少ない血液を配るように交感神経が動脈の直径を狭めています。交感神経系は首から腰まで数珠つなぎのセンターがあり、各レベルでムカデのように神経が末梢に伸びています。首の交感神経の影響は腰から足にまで及んでいます。交感神経は足の血液量を減らすように動脈を収縮させて、血液量を減らすようにコントロールしています。
首の姿勢の前かがみ状態が頚部の交感神経と副交感神経の迷走神経を障害すると、瞳孔の大きさの調節も乱れ、まぶしさに苦しむ患者様もいます。松井式理学療法で、こうした多くの症状はほとんど改善しています。しかしここでお伝えしておきたいのは、さまざまな治療効果は根本原因である「前のめり」姿勢を改善しなければ、完全回復までには至らないということです。もともとの自分の自然体姿勢に戻ることを最終目的にしなければなりません。つまり松井先生の理学療法は対症療法であることを認識する必要があります。さもなくば、治療回数が減らせたとしても、永遠に治療を継続せざるを得ません。
東京脳神経センター(病理/内科)
遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)氏
昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。虎の門病院にて免疫検査部創設・部長、病理/細菌検査部長を務める。その後カナダ マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問・看護学校顧問を経て、現在、東京脳神経センター(病理/内科)。免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、発表した論文は110報以上。
<主な研究課題> 生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、頭痛と首コリの解消、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学
・掲載4 「ホモ バネ仕掛け」の頚と「新型うつ」
・掲載3 首の構造と頭痛=頭皮痛のおこりかた
・掲載2 体験/炎症とは
・掲載1 はじめに
・掲載6 感染症予防には手洗い、うがい、そして免疫をケアしよう
・掲載5 細菌感染と抗生物質:抗ウィルス薬は細菌には効かない
・掲載4 ウィルス感染症の治療と予防:抗ウィルス薬、血清療法、免疫
・掲載3 風邪、天然痘とSARS、MERSそして変異型コロナウィルス
・掲載1 ウィルス感染と免疫システム
・掲載22 自己とは?非自己とは?(22)過敏性腸症候群/食物アレルギー
・掲載21 自己とは?非自己とは?(21) 大腸と腸内細菌
・掲載20 自己とは?非自己とは?(20) Bリンパ球/IgA
・掲載19 自己とは?非自己とは?(19) パイエル板
・掲載18 自己とは?非自己とは?(18) 消化管の蠕動(ぜんどう)運動
・掲載17 自己とは?非自己とは?(17)粘膜免疫
・掲載16 自己とは?非自己とは?(16)腸管免疫
・掲載15 自己とは?非自己とは?(15)免疫と消化管
・掲載14 自己とは?非自己とは?(14)ウィルスと自己
・掲載13 自己とは?非自己とは?(13)妊娠とABO式血液型不適合
・掲載12 自己とは?非自己とは?(12)移植
・掲載11 自己とは?非自己とは?(11)輸血と免疫
・掲載10 自己とは?非自己とは?(10)Ⅲ型アレルギー/自己免疫疾患
・掲載9 自己とは?非自己とは?(9)Ⅱ型アレルギー/血液型
・掲載8 自己とは?非自己とは?(8)抗生物質の発見/一型アレルギー/免疫グロブリン
・掲載5 自己とは?非自己とは?(5)急性炎症:日焼けと免疫反応
・掲載4 自己とは?非自己とは?(4)炎症
・掲載3 自己とは?非自己とは?(3)アレルギー
・掲載2 自己とは?非自己とは?(2)自己の確立②
・掲載1 自己とは?非自己とは?(1)自己の確立①
・掲載6 からだの防御システム(6)特異的免疫細胞たち:リンパ球
・掲載4 からだの防御システム(4)免疫ホメオスタシス/感染症と炎症
・掲載3 からだの防御システム(3)「食-医同源」
・掲載2 からだの防御システム(2)新型インフルエンザウィルス
・掲載1 からだの防御システム(1)はじめに:「病気」、「病態」そして「病 名」
・掲載21 頭頚部がん(2)
・掲載20 頭頚部がん(1)
・掲載19 多発性骨髄腫(3)
・掲載18 多発性骨髄腫(2)
・掲載17 多発性骨髄腫(1)
・掲載16 おとなの進行がんの治療戦略(2)
・掲載15 おとなの進行がんの治療戦略(1)
・掲載14 子宮がん(2)子宮内膜がん
・掲載13 子宮がん(1)
・掲載12 肝細胞がんに対する予防戦略 3)ウイルス排除と抗炎症対策
・掲載11 肝細胞がんに対する予防戦略 2)肝硬変と慢性炎症
・掲載10 肝細胞がんに対する予防戦略 1)肝細胞がんのおこり方
・掲載9 前立腺がんに対する戦略
・掲載8 乳がんに対する戦略
・掲載7 肺がんの予防戦略
・掲載6 環境要因による胃がん予防
・掲載5 大腸がんに対する防衛戦略
・掲載4 生活習慣病としてのおとなのがん
・掲載3 抗生物質から抗がん剤開発へ
・掲載2 現代医学と病理学
・掲載1 はじめに