頭-首-背中-腰の軸と肩・上肢ならびに腰-下肢の解剖生理学的構造と機能にはどのような特徴があるのでしょうか。私たちの体は骨、筋肉、運動神経、からだの津々浦々にひろがる感覚神経 (侵害神経=痛み神経を含む)、自律神経、筋膜などの結合組織そして栄養補給の血管、リンパ管系がものの見事に調和が取れて分布しています。まさにオーケストラ調和ですし、優勝チームのグループスポーツです。
古代の狩猟時代、私たちの祖先は、頭を支えながら背伸びして、周囲を見まわし、怖い動物や敵を見張らなければなりませんでした。そのために重要な身体器官である頸椎 (頚部の骨) は7個あります。その数は哺乳類で保存されており、ヒトでも、「首の長い」で連想されるキリンといえども変わりません。頚椎はゆったりと前弯しているのが特徴で、これを形造っているのが、首全周にある30数個の首コリ筋群です。頚椎の前弯は、ちょうどバネのような役割を果たしていて、重量約4 kg *1の頭部を効率的に支えています。頸椎からさらに下にいくと胸椎は後弯し、腰椎は前弯、下肢は大腿部と下腿部が側方に弯曲しているわけです。ヒトはバネ仕掛けで4 kgの頭部を運ぶ動物であるということができます。
頸椎周辺の多数の筋肉群は、ただ頸椎を背伸びさせているだけではありません。たとえばハエがあなたの方に飛んできた時、即座に対応できるような素早い筋肉群でもあります。4 kgもある頭部を自在に上下左右に動かして、ハエを狙い、払い落とそうとする時の各種神経と筋肉群の瞬時の反射運動を考えると大変な驚きであり、私は奇跡かと思うほどです。これらの筋群の不調がまさに、頚部の構造と機能と密接にかかわる自律神経障害であり、うつ症状であり、頚静脈うっ血に伴う内耳リンパ障害からくるめまいと耳鳴りなのです。
首の後ろには、もう一つ重要な大きな筋肉があります。それは肩こり筋 (僧帽筋) という単純で大型の筋肉で、首から腰に近い部分まであります。首コリ筋群とは対照的です。何をしている筋肉かというと、両耳の間の後頭部の頭蓋骨に付いており、一日中頭を引っ張り上げている「クレーン車」みたいな単純筋です。ところが、この筋肉の頭蓋骨との付着部には左右4対の重要な頚髄神経が通り、その他にも細かい神経が通過する部位でもあります。パソコン仕事などで長時間前のめり姿勢でいると、肩こり筋はこれらの4対の神経と周辺の細かい神経を逆なでしてしまい、それぞれの神経の領域の痛みになって症状が激烈となります。頭痛の本体とは実は、この肩こり筋が起こす神経痛であり、実は頭痛ではなくその周辺部位の「頭皮痛」なのです。他の研究者たちは頸性頭痛という呼び名を提唱しています。*2
4対の頭皮痛の特徴は、大変興味深いです。たとえば、前のめりの姿勢から起こる肩こり筋のツッパリが刺激となり大後頭神経を痛めると、目玉の痛みあるいは重苦しさ、眼精疲労と称する症状が起こります。「眼精疲労」ということばの不思議さとごまかしは理解できません。「目に精神」はありますか?眼科的な定義にある様々な症状はまさに首コリ症状と瓜二つです。わたしは、眼症状のある患者様の頭部MRIを1000例以上観察、診断しましたが、眼球後部自体には全く異常はありませんでした。患者様の訴える目の症状は、実は大後頭神経の広がりによる関連痛を勘違いしているものなのです。大後頭神経は後頭部から頭のてっぺんの方に広がっています。この神経の枝が、目の方から広がる三又神経の眼神経の枝とからまり刺激することにより、関連痛を引き起こしているのです。ですから、目玉の痛みや眼精疲労の症状があれば点眼などせずに、姿勢をよくして後頚部を温湿布で温めることを根気よく毎日繰り返すと、一週間から数週間で改善します。松井法という特殊な低周波電磁波と遠赤外線の理学療法を用いれば、数回の治療で改善します。この「局所温め」治療効果を分析すると、「頭皮痛」も「眼精疲労」も、「炎症」とは全く反対の首コリ筋群内の「微小循環血流障害」だったのです。ということは「大和薬品のNKCP」の微小循環改善サプリも有効という推論は成り立ちますし、実際に臨床データでも効果が確認されています。*3
さらにヒトの解剖学的構造の特徴として、魚のように首と胴体が直接接続しているわけではなく、7個の頚椎骨の長さでせり出しているという形です。これは進化論的には、ヒトや哺乳類の生活習慣として頭部がかなりの長さで伸び出すように頚部が進化するような選択圧を受けた結果なわけです。さて、首の長さの不思議さを考えたとき、付随する様々な身体構造も首に引っ張られる形で伸び切っているのでしょうか。
例えば、副交感神経の迷走神経はどうなっているのでしょう。脳神経系の第10番目の迷走神経は延髄から発して頭のてっぺんから腹部の大部分にまで支配領域があります。首のないイルカやクジラのような哺乳類と、首の長くなった類人猿のような哺乳類とではどのように迷走神経の走行に差があるのかが興味深い点です。あるいは頚部の伸び縮みするカメではどうなっているのでしょうか。類人猿では、声帯に分布する反回神経は頭から発した神経が胸部まで降りて大動脈弓部を潜り抜けた後、再び頭部の方へ上行して、喉ぼとけの高さで声帯にたどり着きます。この神経を胸部外科手術で傷つけますと、しゃがれ声となってしまいます。反回神経の解剖学は、外科手技の基本です。
[注釈]
東京脳神経センター(病理/内科)
遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)氏
昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。虎の門病院にて免疫検査部創設・部長、病理/細菌検査部長を務める。その後カナダ マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問・看護学校顧問を経て、現在、東京脳神経センター(病理/内科)。免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、発表した論文は110報以上。
<主な研究課題> 生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、頭痛と首コリの解消、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学
・掲載7 自律神経障害の症状②
・掲載6 自律神経障害の症状
・掲載5 自律神経障害治療センター
・掲載4 「ホモ バネ仕掛け」の頚と「新型うつ」
・掲載3 首の構造と頭痛=頭皮痛のおこりかた
・掲載2 体験/炎症とは
・掲載1 はじめに
・掲載6 感染症予防には手洗い、うがい、そして免疫をケアしよう
・掲載5 細菌感染と抗生物質:抗ウィルス薬は細菌には効かない
・掲載4 ウィルス感染症の治療と予防:抗ウィルス薬、血清療法、免疫
・掲載3 風邪、天然痘とSARS、MERSそして変異型コロナウィルス
・掲載1 ウィルス感染と免疫システム
・掲載22 自己とは?非自己とは?(22)過敏性腸症候群/食物アレルギー
・掲載21 自己とは?非自己とは?(21) 大腸と腸内細菌
・掲載20 自己とは?非自己とは?(20) Bリンパ球/IgA
・掲載19 自己とは?非自己とは?(19) パイエル板
・掲載18 自己とは?非自己とは?(18) 消化管の蠕動(ぜんどう)運動
・掲載17 自己とは?非自己とは?(17)粘膜免疫
・掲載16 自己とは?非自己とは?(16)腸管免疫
・掲載15 自己とは?非自己とは?(15)免疫と消化管
・掲載14 自己とは?非自己とは?(14)ウィルスと自己
・掲載13 自己とは?非自己とは?(13)妊娠とABO式血液型不適合
・掲載12 自己とは?非自己とは?(12)移植
・掲載11 自己とは?非自己とは?(11)輸血と免疫
・掲載10 自己とは?非自己とは?(10)Ⅲ型アレルギー/自己免疫疾患
・掲載9 自己とは?非自己とは?(9)Ⅱ型アレルギー/血液型
・掲載8 自己とは?非自己とは?(8)抗生物質の発見/一型アレルギー/免疫グロブリン
・掲載5 自己とは?非自己とは?(5)急性炎症:日焼けと免疫反応
・掲載4 自己とは?非自己とは?(4)炎症
・掲載3 自己とは?非自己とは?(3)アレルギー
・掲載2 自己とは?非自己とは?(2)自己の確立②
・掲載1 自己とは?非自己とは?(1)自己の確立①
・掲載6 からだの防御システム(6)特異的免疫細胞たち:リンパ球
・掲載4 からだの防御システム(4)免疫ホメオスタシス/感染症と炎症
・掲載3 からだの防御システム(3)「食-医同源」
・掲載2 からだの防御システム(2)新型インフルエンザウィルス
・掲載1 からだの防御システム(1)はじめに:「病気」、「病態」そして「病 名」
・掲載21 頭頚部がん(2)
・掲載20 頭頚部がん(1)
・掲載19 多発性骨髄腫(3)
・掲載18 多発性骨髄腫(2)
・掲載17 多発性骨髄腫(1)
・掲載16 おとなの進行がんの治療戦略(2)
・掲載15 おとなの進行がんの治療戦略(1)
・掲載14 子宮がん(2)子宮内膜がん
・掲載13 子宮がん(1)
・掲載12 肝細胞がんに対する予防戦略 3)ウイルス排除と抗炎症対策
・掲載11 肝細胞がんに対する予防戦略 2)肝硬変と慢性炎症
・掲載10 肝細胞がんに対する予防戦略 1)肝細胞がんのおこり方
・掲載9 前立腺がんに対する戦略
・掲載8 乳がんに対する戦略
・掲載7 肺がんの予防戦略
・掲載6 環境要因による胃がん予防
・掲載5 大腸がんに対する防衛戦略
・掲載4 生活習慣病としてのおとなのがん
・掲載3 抗生物質から抗がん剤開発へ
・掲載2 現代医学と病理学
・掲載1 はじめに