ホモサピエンスに適した姿勢の重要性
進化した現代のホモサピエンスの姿勢とは、皆さんの10歳だった頃の姿勢です(図1)。
この図のポイントは、背中の垂直ラインを上方に伸ばしていくと、後頭部はラインの後に出っ張っていることです。これは何を意味しているかというと、けん玉の中心の穴が「とんがり部」にスットンと乗っかっていることです。つまり、首はけん玉と同じように頭の中心部を下から支えているのです。これが中心に乗っていないと、海外論文にあるようにスマホ操作の頭部と体幹の角度により、頭部重量はどんどん倍加しているのです(図2)。このことを理解されれば、自分の首と肩に拷問をかけることを避けるはずでしょう。前傾姿勢は「うつむきテスト」という眼圧上昇誘発テストと同じ姿勢となり、緑内障―盲目につながります。
私たちのバネ仕掛けの体で頭部を支えていることは前回までのコラムで既に述べました。頚部は、約4 kgの頭部を支える筋肉(首コリ筋と肩コリ筋)、各種神経(運動神経、感覚神経、侵害神経、自律神経の遠心線維と求心線維)、動脈系と静脈系、毛細血管系という微小循環系とリンパ管系で成り立っています。動脈系では内頚動脈と椎骨動脈の二つが心臓の毎回拍出量の20~25%を脳に送り込んでいます。そして頭に送られた血液の約95%が内頚静脈という太い静脈を通って、頭部から心臓に流れ落ちてくるのです。
内頚動脈と内頚静脈、迷走神経(副交感神経)は頚動脈鞘という筒でおおわれており、この直後にある交感神経幹とあわせて両顎の下(手で触れるとドキドキと脈動する場所)に位置しています。ここは第二の急所ですので、顎を下からかちあげるとヒトは失神します。相撲の決め手にありますが、基本的には邪道の業です。鞘に守られた内頚静脈の頭部方向の上流にはめまいと耳鳴りにかかわる内耳があることは前回のコラムで説明しました。
顎の下の頚部には重要な構造が集中しているので、ここを毎晩温シップすることは元気の回復に役立ちます。交感神経と副交感神経は心臓の機能と動脈の太さを微妙に調節してくれています。心臓より上方には血液をなるべく引き上げるように太さを広げて、心臓から下の方へは引力に逆らって動脈の太さは縮むようになっています。これらの自律神経系は頭のてっぺんから足先までの体全体に張り巡らされており、血液循環に極めて重要です。頭部の動脈系の自律神経のコントロールがうまくいかないと、頭部や頚部の逆上せや起立性調節障害を起こします。
こうした一時的な症状は医学的には「機能障害」といいまして、名前の付くような病気(器質的障害)ではありません。少しの休憩をとれば自力で元に戻りうる病態なのです。慌てて効果の不明な薬を使う必要はありません。姿勢が原因であることが多く、姿勢を改善すればよくなります。理学療法や姿勢改善、有酸素運動により頚コリ筋群内の毛細血管の血流改善を促し、さらに内頚静脈血流改善が内耳のリンパ液量の調整を促します。三日坊主はやめましょう。数か月間は機能障害を繰り返しながら、徐々に治療効果があらわれてくるものだということを念頭に置いてください。身体の機能を調整するのにはしばらく時間がかかるのです。
子どもにみられるストレートネック
頚部は脳とからだのすべての情報の大連絡口であり、栄養補給大通り、老廃物の大排出路です。魚類は頚部が無いから、ヒトのように長い補給路は不要です。哺乳類のからだには首があります。頭部が胴体から抜き出て進化したことは解剖学的に様々な事実があります。大変有名なのは反回神経という神経です。脳から出た反回神経は名前の通り逆転した走行を示しています。この神経は声と関わる声帯を働かす神経ですが、頭から出た神経は下に降りて、頚部を通って胸までおりて、大動脈という大きな血管をぐるりと潜り抜けて上方に向かい、上頚部で声帯に到達します。したがって、心臓から見たら、大脳は何と高い所にあるのだろうと嘆いているはずです。人間の体はバランスよく全体が上手く機能する様にコントロールされているのですが、成長期の子供さんは一挙に身長が伸びていきます。その結果、成長期では、さまざまなバランス異常が起こるのです。その一つが血圧調節の異常から起こる起立性調節障害です。
心臓と動脈系は自律神経を使って話し合っています。特に頭部への血液の供給調節で重要な仕組みは頚動脈小体という血圧センサーです。これは総頚動脈の内外分岐の内壁にある重要な圧力受容体です。10代後半の急速に成長する身体が血圧調整を難しくし、そこに前のめり姿勢からくる首コリが組み合わさることで、自律神経障害の症状として重篤となるのです。これまで私が診察してきた20歳未満の患者さんの頚部レントゲン検査の画像約150例を再検討しますと、例外なしにストレートネックです。その多くで頸椎変形が大変ひどい状態で、前屈しようにも前に十分曲げられない状態であり、後屈しようにも後ろにも曲げられない状態です。
ストレートネックは頸椎の病気ではなく、頚部周囲の筋肉群の強力なこわばりからくる微小循環不全からの神経痛なのです。こうした若い患者たちは、曲がりにくい首を無理やり曲げて、コキコキ鳴らしていますが、これは大変危険なことなのです。首を回すときはなるべくゆっくり回すべきで、NHKのラジオ体操の首回しは速すぎます。首を痛めている人々はなるべく頚は回さないようにしてください。首コリ筋群の微妙なずれは大きな機能障害につながります。
一般的には、起立性調節障害は心療内科の病気の様におもわれているようですが、非論理的です。東京脳神経センターでの治療成績からいっても、これは頚部の自律神経障害であり、原因は学生諸君のスマホのし過ぎ、前のめり姿勢からくる首コリ症候群なのです。松井療法を土台にして姿勢制御を試みていくことで、9割近い子供たちが改善しているのです。
私の患者さんに10歳の男児がおりました。絵を描くことが上手で、5歳くらいから前のめり姿勢で毎日絵を描き始めました。大変な首コリと全身倦怠感、自律神経障害として来院されました。頚部レントゲン検査では典型的なストレートネックでした。自律神経検査でも大変な異常データでした。入院もお勧めしましたが、事情があり無理でした。通院治療3か月くらいから元気を取り戻し、6か月後には通学できるようになりました。1年後の自律神経検査ではほぼ正常まで回復してきました。親御様の笑顔が忘れられません。絵を描く時の姿勢の改善から始まって、前のめり姿勢を治す私の体操と枕を使った頭頚部と体幹部との連携矯正姿勢を徹底しました。けん玉の姿勢です。「困ったら、是非来院してください」といって東京脳神経センターを卒業したままです。
図2出典:Hansraj K . K.: Assessment of stresses in the cervical spine caused by posture and position of the head. Surg Technol Int 2014 Nov 25: 277-9.
(イラストは健康生活マガジン 「健康一番」「けんいち」 Vol.20,31頁に掲載のものを一部加工
ベースボールマガジン社 2019年4月23日 コーチング クリニック 6月号増刊に掲載)